1-6 花音の夢

「私の夢は、洋服のブランドを立ち上げることなの」


 困惑して固まる私たちを軽く無視して、千鳥屋先輩は朗々と語る。

 ここが商店街の中であり、周囲には多くの人がいて、その人たちが興味深げにこちらを見て居ることなどお構いなしだ。

 商店街の人々が「花音ちゃん楽しそうねえ」と微笑まし気にみているということは、これも通常テンションなのかもしれない。恐ろしい。


「そのために私服も手作りしているわけだけど、自分用だとどうしてもパターンが出来てしまうのよ」


 千鳥屋先輩はそういって、エプロンや、Tシャツの裾をつまむ。

 もしかしてそれも手作りだというのか。既製品にしか見えないのだが。ってことは、どこで買ってるんだろう。と前々から思っていたゴシック服も手作りなのか。

 千鳥屋先輩すごい……。そこは素直にすごい。と私は関心と困惑が入り混じった妙なテンションのまま思う。


「できたらイメージモデル。試着もしてくれる子がいればいいんだけど、ピンとくる子がいなくて。圭一もたまには付き合ってくれるんだけど、毎回は疲れる。って言われるし、どうしたものかしら。って思っていたときにね、学校にとんでもない美少年がいる。って噂をきいたのよ」


 彰が学校に来るようになった頃の話か。と何とか話を理解した。

 たしかにあの時は大騒ぎになったし、クラス学年を超えて彰を見に来る者がいた。そこに千鳥屋先輩の姿はあっただろうか。と私は記憶を探る。千鳥屋先輩ほど目立つ人間がいたら気付きそうなものだが、もしかしたら今のように印象を変えていたのかもしれない。

 千鳥屋先輩の厨二病はわざとだ。おそらくはオッドアイを隠すための眼帯をする言い訳。周囲を戸惑わせて反応を見るいたずら心。どちらにせよ、意図的なものであれば今のように意図的に周囲に溶け込むこともできる。それくらいの知性や、周囲にあわせられる常識は持っているのが千鳥屋先輩である。


「彰君を初めて見たとき驚いたわ。見た瞬間に着てもらいたい衣装のデザインが何個も浮かんで、何て逸材かしら! って興奮したのよ。ファッション界に降り立った革命児に違いないわ! って私が打ち震えていたら、目が合ったの」


 千鳥屋先輩はそこで言葉を区切り、私を見つめた。

「彰君を守るように宙に浮かぶ、子どもの幽霊」


 その光景が今の私には簡単に想像ができた。長い髪をたゆたわせ、宙にただよう子供。容姿だけみたら、この世のものとは思えない愛らしさを持つ奇跡ともいえる子供。

 だというのに、瞳はどこまでも冷たくて。毒々しい。消して触れてはいけない子供。


「その幽霊を見たときに、私思ったのよ」

 千鳥屋先輩はじっと私の瞳を見て、静かに告げた。


「キッズ服もいけるわって」

 聞いた瞬間に崩れ落ちそうになった。


「その発想はなかった……」


 神妙なリンさんの声を聞いて、その意見には同意します! と心の中で叫ぶ。

 口に出さなくてもリンさんなら私の気持ちは受け取ってくれるだろう。今だけは受け取ってください。このやり場のない心!


「まさか、あの方を見てそういう発想にいたるとは……人間は強いですね」

「ひとくくりにするの止めてください」


 全人類が千鳥屋先輩みたいな発想だと思わないでください! 千鳥屋先輩が規格外なんです! と私が目で訴えると、小鈴ちゃんは静かにうなずいた。気持ちは伝わったらしい。


「残念なのは、幽霊だから衣装合わせができないことよ。イメージはわくんだけど、実際に来てもらえないと分からないこともあるし……」


 悩まし気にため息をつく千鳥屋先輩は容姿も合わせて、絶世の美少女と言える。憂いを帯びた瞳と表情に、会話の意味が分かっていない、聞こえていない周囲の人間が感嘆のため息をつく。なんて美しい少女だと魅了されている方々全員に、伝えたい。

 見た目だけです。この人、中身はだいぶ変人です!


「ってことは、部室で始めて顔を合わせたときには見えてたんですか?」

 恐る恐る私が聞くと千鳥屋先輩はあっさり頷いた。


「見えてたというか、あの時には立派な友達だったわ。デザインの意見を聞いたり、普通に雑談したり。週に一度は話してたわよ。トキア君見える人が少ないから、退屈らしくて。条件付き幽霊って言うのも大変よね」


 友達。というありえない単語が聞こえて、私は自分の耳を疑った。

 それからリンさんを確認の意味も込めてみると、リンさんは大慌てで両手をふる。知らないという事らしい。


「実は比呂君誘拐も手伝ってもらったのよ」

「えっ……あああ! トキアが急に僕が一緒にいるって言いだしたの、お前のせいか!」


 リンさんが唐突に叫び声をあげる。

 比呂君誘拐。トキアが一緒にいると言い出した。その単語を拾って私は、どういう事だろうと記憶を探る。

 思い出すのは比呂君の無邪気な笑顔。


『あのねー、お兄ちゃんが今日は僕が一緒にいるからリンはいい。っていったの。僕もお兄ちゃんと一緒は嬉しいから、いいよっていったの』


 あの時は比呂君が見える体質であり、見知った幽霊のお兄ちゃんが一緒にいた。なおかつ幽霊は、「知らない人じゃなくて、彰お兄ちゃんの知り合いだ」と言ったために、比呂君はあっさり信じて尾谷先輩と小野先輩についてきた。

 それが比呂君誘拐が成功した理由である。

 話を聞いたときはなんて偶然に頼った話だ。比呂君がたまたま見える人間だったから成功しただけ。運に頼り切った計画だ。と呆れたが、ここにトキアという要素が入ると全く違うものになる。


 比呂君はトキアが見えている。

 公民館にて比呂君をあやしていたのもおそらくトキア。となると、比呂君にとって比呂君は良く知った幽霊。もしかしたら同じく兄。と認識しているかもしれない。

 そのトキアに言われたことだったら、比呂君はあっさり信じるだろう。

 ということはだ、あれは偶然たまたま成功したのではなく間違いなく成功する計画だったのだ。


 そういえば、香奈と私は千鳥屋先輩の家の執事さんに商店街まで送ってもらったが、千鳥屋先輩実家は遠方らしい。偶然、執事さんが千鳥屋先輩に用があってきていた。というにはタイミングが良すぎる。


「もしかして、執事さんも……」

「七海ちゃんってなかなか勘がいいわよね」


 千鳥屋先輩はそういって優雅に笑う。それは肯定である。全て計画通りだという。

 その笑みは出会ってから振り回されてばかりの彰によく似ている。整った容姿、人をだます演技力。金持ちと言える家柄生まれ。共通点が重なるとここまで似るのか。それともいいとこのお嬢様、お坊ちゃまは皆こんな感じなのか。


「とにかくね、トキア君は話が通じないほど怖い子じゃないわ。だから、そこまで怖がらなくてもいいのよ」


 混乱する頭に、しみこむように言葉が入ってくる。

 思いのほか優しい声に驚いて顔をあげると、声と同じく優しい顔で千鳥屋先輩が私を見ていた。


「たしかに、彰君への執着は異常さを感じるし、見た目が可愛いのに発言は不穏。過激。なかなかにスリリングな存在ではあるけど」

「千鳥屋先輩、フォローするなら最後までしてください」


 半眼で見つめると、千鳥屋先輩はわざとらしく「あら?」と首をかしげる。そのわざとらしい動作も演技する彰に似ていて、外面を作るというのはこういうことなのだ。とイヤでも実感する。

 同時に、こうして外面を作らなければいけない環境で育ったのが千鳥屋先輩。そして彰なのだと察してしまい、複雑な気持ちになった。

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