1-5 不思議な繋がり

 そのまま放置してもよかったけど、リンさんは全身真っ黒の不審者。通報されたりしたら、対応しなくてはいけない警察官が可愛そうだ。

 仕方ないから、早く立ってください。と冷たく声をかけると、扱いがひでぇ! と叫ばれた。

 彰だったら容赦なく引きずっただろうから、私は優しい。


 商店街は少しずつとはいえ活気を取り戻していた。初めて来たときは馴染みと分かるお客さんの姿しか見かけなかったが、最近では同じ学校の生徒を見かけることも増えた。

 彰のパフォーマンスの効果は出ている。インパクトは抜群だったし、早朝で限られた人しか見られなかった結果、噂に尾ひれがついて広がっている。あの時参加していたクティさんとマーゴさんも、外見だけならイケメンといえる部類なため、それ目当ての生徒もいるらしい。

 香奈によるネットの掲示板からの宣伝もあり、地元民以外の姿を見かけることもある。

 少しずつではあるが商店街の知名度は増している。そう分かる状況だった。


 私と香奈に気づくと、すっかり顔なじみになった駄菓子屋のおばあちゃんが笑顔で手を振ってくれる。おいで、おいで。と手招きされたので近づいていくと、手にチョコレートがのせられた。

 当たり前のようにこうしてお菓子をくれるので、経営は大丈夫なのか。と心配になるのだが、これがこの商店街の流儀らしい。

 小鈴ちゃんは当然として、リンさんにまでお菓子をあげるおばあちゃんの器の広さは海以上。


「で、こっからどうすんの? ブラブラ歩いて決めんのか?」


 迷うことなく包み紙を破き、チョコレートを口に放り込んだリンさんがいう。

 せっかくもらったんだから、もう少し味わえ。と思っている間に、リンさんはチョコレートを食べ終えたらしく口の端をなめた。

 その様子をみながら、そういえばリンさんって人間の食べ物たべれるの? という疑問が浮かぶ。平然としているから食べれるのだろうけど、どういう構造をしているのか。

 本当に未知の生命体である。


 リンさんと違い、すぐに食べることはせず小鈴ちゃんはじっとチョコレートを見つめていた。リンさんの言葉で顔をあげ、そういえばというように周囲を見渡す。


「花音さんが、候補地を案内してくれるそうなんですが……」

「千鳥屋先輩が?」


 確認の意味を込めて香奈を見ると、香奈も頷いた。

 私たちだけで見て回るよりも千鳥屋先輩がいた方がいいのは確かだ。商店街の人たちにだって都合があるだろうし、勝手にここ。と候補地を決めるわけにもいかない。手間を省くためにも私たちよりは詳しく、現在店を開いている商店街の人たちよりは時間がある千鳥屋先輩が適任と言える。


 しかし、千鳥屋先輩はどこにいるのだろう?

 周辺を見回してみるが、千鳥屋先輩のトレードマークともいえるゴシック服は見当たらない。見える範囲にいればいっぱつで分かりそうな派手な衣装。高い位置のツインテールも見当たらず、まだ来ていないのかと香奈を見た。

 香奈は携帯電話を取り出して時間を確認し、首をかしげている。約束の時間ではあるらしい。


「もしかして、忙しいのかな。最近は商店街のお手伝いしてるって聞くし」

「たしかにヒマとはいえないけれど、約束を破るほどではないわ」


 香奈が困った顔をすると、思いのほか近くから声が聞こえた。

 いつのまに!? と私が驚き振り返ると、そこには千鳥屋先輩だが、千鳥屋先輩ではない者がいた。

 具体的にいうなら、千鳥屋先輩のトレードマークであるゴシック服。眼帯。ツインテールをしていない千鳥屋先輩がいた。

 私服はシンプルだとつい先日知ったばかり。しかし、学校帰りということもありゴシック服だと思い込んでいたので、予想外のところから殴られたみたいな感覚。


「そっちの方が似合うなー」


 千鳥屋先輩との接点が薄いためか、元々の性格か、一足先に衝撃から抜けたリンさんが軽口をたたく。それに対してクールに「ありがとう」と返す千鳥屋先輩は隙が無い。このくらいのお世辞は言われ慣れていると分かる態度は自意識過剰にも思えるが、千鳥屋先輩の場合は納得だった。


 高校生としては少々幼く思えるツインテールをポニーテールに買えただけで、印象がガラリと変わる。それに加えて、服装はシンプルなTシャツに動きやすいハーフパンツ。商店街の人から借りたであろうエプロンを付けると、慣れ親しんだ空気も合わせてお店の看板娘。そう言われても違和感のない風体だ。

 そして一番目を引くのは、普段眼帯で隠されていた片目。前から見えていた瞳は透き通った青色。眼帯に隠されていた方も、当たり前に青だと思っていた私は驚いた。


「緑色……?」


 新緑を思わせるその色は確かに緑。

 左右で目の色が違うそれは、名前だけは聞いたことがある。オッドアイ。そう呼ばれるものだ。


「カラーコンタクトじゃないですよね?」

「天然ものよ」


 思わず聞いてしまってから不躾だったか。と私は反省したが、千鳥屋先輩は気にした様子もなく答えてくれる。

 香奈は目を輝かせて、すごくきれいですね! と千鳥屋先輩に近づくとその瞳を覗き込んだ。少し驚いた顔をした千鳥屋先輩だったが、まんざらでもなさそうにほほ笑む。


「千鳥屋先輩が眼帯してたのって、オッドアイを隠すためだったんですか……?」

「一番最初はそうね。最近は趣味の意味合いの方が強かったけど」

「趣味……?」


 私が首をかしげると千鳥屋先輩はフッと意味深な笑みを浮かべて、

「我が両目には古の竜が封印されていたが、先日訪れた世界の危機に対して封印を解き、世界を破滅から救ったことにより、長きにわたる呪いからも解放されたのだ!」

 と、いきなり謎のポーズをとりながら高らかに宣言した。


 周囲にいた人間は一同にギョッとした顔をするが、商店街の人たちは「花音ちゃん今日も元気ねえ」と和やかな空気。完全になれている。なれるくらい商店街でもこのテンションなのか。と私は冷や汗が流れた。


「この通り、驚いてくれるから面白くて」


 すぐさま素のテンションに戻った千鳥屋先輩は、集まる視線など一切気にせず淡々と告げる。

 そ、そうですか……。と引きつり笑いを浮かべる私とは違い、リンさんは謎のツボに入ったらしくケラケラ笑っていた。

 ポカンとする香奈と小鈴ちゃんは可愛かった。


「それに、この容姿が商店街の役に立つなら、使わないのは損でしょ」


 そう千鳥屋先輩はいいながら、綺麗な笑みを浮かべて周囲に手を振る。

 先ほどまで千鳥屋先輩に不審な目を向けていた人々は、それだけで目の色をかえ、興奮気味に振り返す。何という手のひら返し。と私は思うが、そうなってしまうのも仕方ない。そう思うほどに千鳥屋先輩の容姿は整っている。

 彰と同タイプ。そう私が思った瞬間、彰と共に背後にいるトキアのことも思い出してしまって、つい顔をしかめる。


 彰とトキアは別の存在だ。切り離して考えるべきだ。

 そう分かっているのに、彰を思い浮かべるとトキアが頭に浮かぶ。そのせいで彰とまともに目も合わせられず、会話もできていない。この現状をどうにかすべきだと思っているのに、トキアが目の前にいなくてもこのざまだ。


 私の変化に気づいたのか香奈が不安げに私をのぞき込んでくる。

 リンさんの呆れた視線、小鈴ちゃんの心配そうな視線。それを感じても私はどう取り繕えばいいのか分からない。隠そうにも3人には私の不調の原因は知られている。そして、この問題は私が自分で解決するほかなく、誰かに協力してもらえるものでもない。

 私がトキアという存在を克服しなければいけない。


「怖がられているって聞いたから、今回の件も引き受けたんだけど、思った以上ね」


 ただ一人事情を知らないはずの千鳥屋先輩が、そういった。

 すべてを知っているかのような言葉に私が驚き、千鳥屋先輩を見る。先輩は眉を寄せ、何とも言えない顔で私を見ていた。


「トキア君はそれほど悪い子じゃないわ」

「えっ?」


 その言葉に私は目を見開く。

 私だけじゃなく、香奈も小鈴ちゃんも、リンさんですら予想外という反応を見せる。


「千鳥屋先輩……もしかして……」

「トキア君から聞いたんだけど、トキア君が見える条件って彰君に一定量の興味を持っていることでしょう? それならば、私は最初から条件を満たしているわ」


 千鳥屋先輩はさらりと、衝撃的告白をする。


「私ね、初めて見たときから彰君に私が作った服を着せてみたかったのよね」

 ついでとばかりに、自分の性癖まで暴露した。

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