1-4 頭蓋骨陥没

「でー、お前から見てアイツはどんな印象よ?」


 先を歩くリンさんが顔をこちらに向けて、ニヤリと笑う。商店街についたら。といっていたのは自分だというのに、待ちきれなくなったのか。自由人か。

 だが、この微妙な気持ちのまま商店街まで歩く。というのも気まずい。仕方ないので私は話にのることにした。主語はまったくないが、アイツというのはトキアだろう。


「……怖いですね」

「幽霊だから?」


 リンさんの問いに私は答えられなかった。

 幽霊だから怖いのか、と聞かれれば違う。そう即答できる。じゃあ何で怖いのか? と聞かれると納得のいく答えが出てこない。

 ただの幽霊という条件だったら、唯ちゃんの方が怖かった。折れ曲がった手足を振り回して必死に走ってくる姿は、恐怖と同時に嫌悪感を抱いた。

 おそらくは死というものに対する、本能的なもの。


 しかし、トキアに対してそれを抱いているかと聞かれれば、そんなことはない。

 トキアの見た目はとてもきれいだ。空中に浮かず、地面を歩いていれば生きている。そう錯覚してしまうほどに。

 僕をかばってナイフで刺された。そう彰はいっていたが、それにしてはトキアの体に損傷は見当たらない。折れ曲がった手足を引きずっていた唯ちゃんと比べると、綺麗すぎて死んでいるという実感が薄い。

 それともう一つ不思議なのが、言動がやけにはっきりしていることだ。

 彰が8歳の時に死んだというのなら、唯ちゃんと同じくらいの年数がたっているはず。というのに、トキアは唯ちゃんと違って私と意思疎通がとれている。

 幽霊だというのに幽霊らしからぬ、触れないのに生身の体があるような振る舞い。それがトキアという幽霊にたいして、私が底知れぬ恐怖を覚える一因であるのは間違いない。


「アイツ、異質だろ?」


 リンさんの声が聞こえて、いつのまにか下がっていた視線を上げる。

 意味深な表情を浮かべて、リンさんは私を見つめている。いつの間にか私の足はとまっていて、子狐様は神妙に、香奈は不安そうに私とリンさんの会話を見つめていた。


「お前が恐怖を抱いているのは幽霊にじゃない。アイツの存在の異様さを、理屈は分からなくても本能的に感じ取ってんだよ」

「異様さ……」


 そう言われると納得できる気がした。

 トキアは異様だ。何がと言われると説明できないが、普通の幽霊ではないのは間違いない。

 今まで聞いた話、実際にみた幽霊と何一つ噛み合わない。というのに幽霊としか表現しようがない。何とも奇妙で、未知の存在だ。


「だから私は怖かったの……?」


 意味が分からない存在を前に恐怖を覚えた。そういうことなのだろうか。

 でもそれにしては……。


「違和感あるだろ?」


 私の思考をよんだようなタイミングで、リンさんが声をかけてきた。

 にらみつけると、ニヤニヤと嫌な笑みを浮かべて私を見つめている。私の思考を、おそらく私よりも理解し、原因も分かっているだろうに回りくどい態度にイライラする。


「分かってるなら、教えてくださいよ」


 心の中で悪態をついたところで、リンさんには伝わっている。なら隠す必要もないと私は開き直って、リンさんをにらみつけた。

 リンさんは「おーこわ」とわざとらしく肩をすくめてみせ、私へ背を向けると商店街へと歩き出す。

 結局おしえてくれない。そういうことかと私は苛立ちがふつふつと湧き上がってくるのを感じた。はじめはリンさんへの彰の態度に驚いたが、今なら気持ちがよく分かる。彰の対応は正しい。むしろ生ぬるい。


「……すげぇ、不穏な感情が……」

「リン様が悪いんですよ。勿体ぶらずに教えて差し上げればいいのに」


 小鈴ちゃんが呆れた顔でリンさんを見て、それから私へ同情を視線をむける。あんなのに振り回されてお可哀想に。という意見に対しては、全くです。と同意するけど、小鈴ちゃんもそう思うならリンさんを通さずに教えてくれればいいのに。と八つ当たりじみた思考が増していく。

 私の思考を長年の経験で感じ取ったらしい小鈴ちゃんは、申し訳なさそうに眉をさげた。


「私がお教えできれば一番なのですが、アレが何であるかは分かっても、どうしてああなってしまったのかは私も分からないのです」


 小鈴ちゃんはそういうとリンさんをチラリと見た。

 リンさんは私たちの会話を聞いているだろうに、振り返りもせずに鼻歌を歌っている。

 今すぐ背後から鈍器で殴りたい。頭蓋骨が陥没しても死ななそうだし、一発ぐらいはいいだろう。

 その思考が伝わったのか、リンさんが慌ててこちらを振り返った。

 人外であろうと、頭蓋骨陥没の危険性は怖かったらしい。


「早まるな……! 俺を殴っても何も解決しない!」

「なら、回りくどい事しないで教えてくださいよ。何者なんです! トキアは!」


 トキアという言葉に、おろおろと事態を見守っていた香奈が目を見開いた。

 彰の双子の弟がトキアという名前だった。それは香奈も知っている。そして彰の後ろに今もいて、見るには条件が必要。そのことも知っている。

 香奈は私の挙動不審の理由を察したらしく、先ほどよりも真剣なまなざしをリンさんに向けた。


 私と香奈の視線を受けて、リンさんはどうしたもんか。という表情で頭をかいた。

 首につけたブレスレットがジャラジャラと音をたてる音がやけに響く。

 子狐様も見守る姿勢に入ったらしく、静かにこちらの様子をうかがっている。


「トキアは彰の双子の弟。でもって、8歳の時に幽霊になった」

「それは私たちだって知ってるんですけど」


 バカにしてんのか。という気持ちを込めてにらみつけると、リンさんは困った顔をした。今までの答えをはぐらかそうとする態度に比べると、それは本当に困っている。そう見える表情だった。

 どう伝えたものか。どこまで伝えればいいのか。そう悩む表情は、リンさんらしくない。正確にいうなら、彰以外に向ける反応としてはおかしい。


「トキアに関しては本当にそれで間違いないんだよなあ……。トキアは8歳で死んで、そのまま幽霊になって、今も彰のそばにいる」

「でも、幽霊って長い間現世にとどまれないんですよね?」


 香奈の言葉にリンさんは顔をしかめた。


「トキアは幽霊と言っても特殊っていうか……そもそも幽霊とも言い難いというか……」

「つまり、どういう存在なんですか!」


 ハッキリしない物言いにイラついて、私は大股でリンさんとの距離を詰めた。香奈も小走りで近づいてきて、リンさんの顔を覗き込む。さすがのリンさんもそれには参ったのか、先ほど以上に焦った様子で頬をかいた。


「あんまりベラベラ話すと、俺がトキアに何言われるかわかんねえんだよ……」


 やけに弱々しい声で言われた言葉に、私と香奈は顔を見合わせた。

 これは演技ではなく本心だ。そう私は直感する。

 だからこそ、ここまでリンさんを弱らせるトキアという存在が何なのか、余計に分からなくなる。

 

 リンさんという人外は、クティさん、マーゴさんより上。子狐様よりも上。子狐様の母親であるお狐様より上かは分からないが、同格ではあるはずだ。そんなリンさんが怯えまで見せるトキアはただの幽霊ではない。それだけは確か。


 なんて人外の中でのヒエラルキーが分かったところで、問題は何も解決しない。

 要するに、ヤバい奴。そういう結論に至ってしまって、私は額を抑えた。真相を知ろうと思って、嫌な事実にだけ行きつくなんて最悪な結果だ。


「ただ、そうだな。見える条件くらいは教えても怒んねえだろ」


 これで終わりはあんまりだ。という人間らしい情がリンさんにあったかは分からないが、リンさんは私と香奈に顔を近づける。ちょうど内緒話をするような体制。


「トキアはな、彰に一定量の興味を持った人間しか見えない」

「一定量の興味……?」


 小声でささやかれたリンさんの言葉に私と香奈は顔を見合わせる。


「マイナス感情でもプラス感情でも、彰に興味関心をもったらトキアが見えるようになる。お前らのクラスメイト全員が見えてないので分かる通り、ちょっとした興味。くらいじゃ無理だ。ってことはな……」


 リンさんはそこで言葉を区切り、私に妙に生ぬるい視線を向けてきた。


「お前、彰のこと結構すきなんだな」

 そういってポンポンと私の肩を叩くリンさん。

 私はその言葉を一拍間をおいて理解して、


「はあああああ!?」


 たまらず叫んだ。

 大声に驚いてバタバタと飛び立つ鳥の音。ギョッとした顔でこちらを見る通行人の姿が視界に入ったが、そんなことはどうでもいい。

 感情が言葉にならずに、口をわなわなと動かすと、リンさんは相変わらず生ぬるい視線を私へと向けている。


「いやー、自分の気持ちには正直になった方がいいぞ」


 やっぱり、頭蓋骨陥没させよう。そう私は固く決意し、とりあえず拳を握り締めて思いっきり殴りかかった。

 ケンカ慣れしていないにしては綺麗にはまったストレートに、リンさんが腹部を抑えてしゃがみこむ。それとほぼ同時に「アホですねえ……」という小鈴ちゃんの冷たい声が聞こえた。

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