1-3 不揃いな集団再び

 山のふもとまで降りるのにいつもより時間がかかった。

 香奈が気を使ってくれて、あれこれと話をしてくれるが、それに対する私の返答はどこか上の空。こんなんじゃダメだ。そう思っても、残してきた彰とトキアへいつのまにか思考が移ってしまう。

 そんな私に気づいても香奈は明るく話かけてくれる。何て良い幼馴染だ。と色々な意味で泣きたくなってきた。

 香奈。気を使わせてごめんね。そう謝ろうと口を開きかけたとき、


「予想以上に弱ってんなあ」

 空気のよめない声が響いた。


 彰であったら条件反射で罵倒しそうな声を聞いて、私も反射で怒鳴り散らしたくなる。理性なんて捨て去って、ストレス発散もかねて怒鳴れればどれだけスッキリするだろう。

 そう思いながらも実行に移すことはできず、せめてもの抵抗で私は声の主をにらみつける。


「あーごめん、ごめん。悪かったって」


 悪いとは微塵も思っていなさそうな気安さで、上から下まで真っ黒な不審人物。リンさんは両手をあわせて、形だけの謝罪を述べる。

 学校の周辺にいるにも、緑に囲まれた山のふもとにいるにも、一般的な住宅街にいるにも違和感のある存在。深夜の繁華街、それも裏路地あたりにいるのが正解だろう。なんで当たり前のように太陽光あびているんだ。と理不尽でしかない文句を心の中で思う。

 もちろん、口には出さなかったのだが、感情がよめるらしいリンさんは微妙な顔をした。


「……だんだん彰に似てきてないか?」

「そのような態度をとれば、誰でもそうなりますよ」


 どこか呆れたが言葉と共に、リンさんの後ろから少女が現れた。

 リンさんばかりに意識が向いていた私は、少女の存在に全く気付いていなかった。香奈も同じく気付かなかったららしく驚いた顔で少女を見つめる。


 全体的に黒く、チンピラオーラを放つリンさんと違い、少女は清廉な空気を身にまとっていた。真っ白なワンピースに白いつばの広い帽子をかぶった姿は、リンさんとは対称的。

 リンさんは繁華街で喧騒にまみれている印象だが、少女は避暑地で優雅なバカンスを楽しんでいそうな雰囲気だ。

 あまりにも不釣り合いな組み合わせに私は驚き、ついにリンさん誘拐か。やると思ってました。と邪推したところで、少女の顔立ちが見知ったものだと気付いた。


「こ、子狐様!?」


 私よりも先に香奈が声をあげる。それから慌てて口を両手で押さえて、周囲に視線を向けた。

 人通りが少なかったことが幸いして、香奈の声は他には聞こえなかったようだ。たとえ聞こえたとしても、目の前の美少女が子狐様本人である。そう正確に理解する人がいたとは思えないけれど。


「この姿の時は小鈴とお呼びください」


 子狐様もとい小鈴ちゃんは、ワンピースの裾をもって優雅に礼をする。

 芝居がかったともいえる動作なのだが、小鈴ちゃんがすると違和感がない。着物姿でなくとも人間離れしたオーラは健在だ。着物姿の時もつけていた首の鈴が、動きに合わせて小さな音を立てる。

 名前はそこからとっているのだろうか。

 子狐様。なんて呼んだら、意味は理解されなくても不審がられるのは間違いないのでありがたい配慮といえる。


「着物で歩くのは目立つでしょうから、現代に合わせてみたのですが。どうでしょうか?」


 そういって少々不安げに小首をかしげる姿は、リンさんとは違って可憐だった。それだけで、守ってあげたい。という母性本能がくすぐられて、私と香奈はノックアウト寸前だ。

 香奈は我慢できなかったらしく、可愛い! と思わず駆け寄って、小鈴ちゃんの両手を掴んでいる。


 商店街に行くには場違いな恰好と言えば恰好である。雰囲気、整った容姿、洗礼された立ち振る舞い。全てが普通の、一般的な少女とはかけ離れており、どこの御令嬢だ。とツッコミをいれたくなるが、小鈴ちゃんの場合、私と香奈と同じ制服を着ても同じ結果になる気がする。

 何というか、にじみ出るオーラが別格なのだ。


「どうせなら、もっと遊べばいいのに。俺のかすか?」

けがれるのでご遠慮します」


 手につけていたブレスレットを外して、小鈴ちゃんの前でひらひらと振るリンさん。それに対して小鈴ちゃんは侮蔑をあらわに、少し距離をとる。

 けがれる。というのはひどい気もするが、リンさん相手だと間違っていない気もするから不思議だ。

 言われたリンさんは「お前も彰に似てきた気がする……」と複雑そうな顔をして、ブレスレットをはめ直した。


「えっと、何でリンさんまで?」


 一通り小鈴ちゃんを堪能し、満足した香奈が不思議そうな顔をした。

 香奈から聞いたのは小鈴ちゃんだけ。リンさんに関しては一言もいっていなかったし、この反応から見るに香奈も知らなかったらしい。

 小鈴ちゃんはリンさんに対して良い印象を持っていない。先ほどのやり取りから見ても間違いないはず。

 彰もいないのに、なぜこの組み合わせなんだ。そう私が思っていると、小鈴ちゃんは不本意です。という顔をしながらため息をついた。


「香奈さんから相談されたことを考えると、私よりもリン様が適任かとおもいまして」

「適任?」


 どういう意味? と思いながらリンさんに視線を向けると、リンさんはじっと私の顔を覗き込んできた。心の奥底まで見好かれそう。いや、比喩ではなく実際に見ているであろう赤い瞳に、私は射すくめられる。


「見えるようになったんだろ?」


 少しの間をあけてから、リンさんが口角をあげる。何を。とは言わなかったが、トキアのことだというのはすぐに分かった。


「見えるようになるだろうなとは思ってた。思ったよりも遅かったな。お前だけってのも、予想外。そっちの奴も見えるようになるかと思ったんだが……」


 そう言いながらリンさんは香奈を見る。香奈は私? と不安げな顔をして、私とリンさんを交互に見た。


「……関心は十分にある。でも分散してるって感じか……。なるほどなあ」


 香奈を見ながらひとり納得したようなことをつぶやくリンさん。完全な独り言なのだろう。意味深すぎる発言をするわりには、説明する気は一切ないから性質が悪い。


「あ、あの……! 七海ちゃんは一体何が見えるようになったんですか!」


 1人だけ話がみえない香奈が焦った様子でリンさんに声をかけた。

 前の香奈だったらリンさんに直接声をかけるなんてありえない。必死な香奈の様子を見てリンさんはニヤッと笑う。相変わらず彰に対して意外は食えないというか、つかみどころがない。


「それは商店街にいってからにしようぜ。ここで立ち話する話でもないだろ」


 リンさんがそう言って周囲に視線を向ける。同じように視線を動かすと下校途中らしい生徒の何人かと目があった。目があうと慌ててそらして速足で歩き去る。その顔には「関りたくない」とデカデカと書いてある。

 ちょっとまて。リンさんはともかくとして、私まで危ない人扱いか。たしかにリンさんは怪しさ満載だが、私は普通の女子高生だろう。


 そう思って改めて自分がいる集団がを見る。

 怪しさしかないチャラい系チンピラ、リンさん。この世のものとは思えない純白の美少女、小鈴ちゃん。この2人と比べたら間違いなく一般人である香奈。そして私。

 

 たしかに、客観的に見たら関わりたくない。歩き去った生徒の判断は何も間違っていなかった。


「祠の場所も決めなきゃいけねえしなあ。どうせならいい場所に、ドーンと作ってもらえよ。いつまでも大狐の庇護下じゃかっこつかねえしな」


 リンさんはケラケラとわらって、商店街の方へと歩き出す。

 小鈴ちゃんが不満げな顔をしたが、言葉には出さずに黙って後に続く。

 その後ろを香奈が、私にチラチラと視線を向けながらついていく。


 また奇妙なパーティーが出来上がってしまった。


 そういえば、小宮先輩の事件で百合先生と合流したのも、日下先輩の事件でクティさん、マーゴさんと会ったのも山のふもと。

 ここで落ち合うと、変なパーティーが出来上がる呪いでもあるのだろうか。

 そう思いながら見上げると、いつもとかわらない山がそこにある。山に意思があったなら「責任転嫁はやめてくれ」とでも言っただろうな。そんなことを考えて、私は思った以上に疲れていると自覚する。


 ここはおとなしく流されよう……。

 抵抗する気も失せた私は、黙って珍妙なパーティーに加わった。

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