4-6 活動方針
「重里のことは小宮先輩と相談してからじゃないと無理だから、るいが来るまで方針を決めようか」
彰はそういうと小野先輩と向き直る。
「方針?」
「そう、方針。商店街の一番の魅力。それが分からないとPRも何もないでしょ」
彰の言葉に小野先輩と千鳥屋先輩は顔を見合わせた。
「人が優しい……」
「それで離れた地元民、観光客呼び込めると思う?」
「野菜が美味しくて安い」
「さっきも言ったけど、それくらいだったらもっと安い場所も、美味しい場所もあるから」
彰の指摘に小野先輩と千鳥屋先輩の表情が険しくなる。何かないかと小野先輩は腕を組み考え、千鳥屋先輩も畳をにらみつけている。考えているのだろうが、顔立ちが整っているだけに迫力がある。
「ちょっと……何も考えずにがむしゃらに企画立ててたの? それじゃ効果的に人が集められるわけないでしょ」
彰の呆れた視線に小野先輩が顔をしかめた。そんな小野先輩を見ながら、私も何か協力できないかと考えてみる。が、そもそも私は地元民でもないし、商店街に興味もなかったため何があるのかもわからない。訪れたのはこの間のお化け屋敷、今回と二回だけ。魅力は何ですかと聞かれても、どこにでもある普通の商店街ですとしか言いようがない。
香奈は何かないかと視線を向けると、真剣な表情で考えているらしい。真面目でやさしい香奈は商店街の危機を他人事だと思えなかったようだ。
「……あの、前から気になってたんですが、マーゴさんたちってこの商店街に昔からいるんですよね?」
ポツリと呟かれた香奈の言葉に小野先輩は目をまたたかせる。何を急にと思ったのかもしれない。自分の名前が聞こえたのか、マーゴさんが不思議そうな顔をした。
「俺の親父、じいちゃん、その前の代からいたらしい」
「つい最近ってわけじゃないんですね……」
「よくもまあ、君たちの先祖も受け入れたねえ」
彰が呆れた様子で小野先輩を見る。小野先輩のおじいちゃん、そのまたおじいちゃんの話だから、小野先輩は直接は関係はない。そう分かっていても言いたくなる気持ちは分かる。
クティさんやマーゴさんのような存在に気づいているだけでも驚きなのに、当たり前のように商店街の企画に参加させている。その受け入れ具合は部外者である私には理解できない。
「俺からすれば当たり前だからなあ……」
小さい頃からこの場所で生まれ育った小野先輩は困った顔をした。父親、お爺ちゃんが当たり前として、周囲もそれが普通という態度をとっていたらそうなるのも仕方ないのかもしれない。
「私は最初驚いたけど、圭一も含めておば様もおじ様も普通の事って雰囲気だったから、そういうものかと思って」
「洗脳されちゃったのね……」
彰の言葉に千鳥屋先輩は少し考えて「そうともいえるかも」とあっさり認めた。
「それ、利用できるかもしれない……」
小野先輩と千鳥屋先輩の話を聞いて、何かを真剣に考えていた香奈がぽつりとつぶやいた。どういうこと? と驚く周囲の反応には答えず、香奈はポケットから携帯を取り出す。何かの操作をしてから、香奈はテーブルの上に画面が見えるように携帯を置いた。
「……妖怪の住む里、考察サイト……?」
画面に表示されたタイトルらしき文字。それを読み上げた私は顔をしかめる。
何だこの怪しげなものは。
「えっと、カナちゃんこれは?」
さすがの彰も分からなかったらしく、戸惑った様子で香奈に話かける。香奈の行動になれている私と彰ですらそれなのだから、小野先輩と千鳥屋先輩は完全に困惑している。マーゴさんは不思議そうだ。
「オカルト好きの間では有名なサイトなの」
周囲の困惑、戸惑いを無視して、香奈は自信満々にいった。前よりは自信をもって発言を出来るようになった香奈だが、やはりオカルトの話となると輝きが違う。
この頃オカルトモードの香奈を見る機会も減っていたから微笑ましいような、やっぱり困るような。複雑な気持ちで私は香奈の次の言葉を待った。
「この国のどこかに、妖怪が隠れ住んでいて、人と共存している町がある。しかし、その場所は政府と、地域住人、謎の力によって場所が特定できなくなっている。その場所がいったいどこにあるのか色んな人の知識を動員して探しているのがこのサイト」
「妖怪なんて、隠れるも何も堂々と混じってるけど?」
マーゴさんが当たり前のように不穏な言葉を発したのは無視して、私は香奈がいった内容を考える。考えても、だから? という感想しか出てこないのは、私がバカなせいか。
「妖怪……もしかして、それって……」
不思議そうな顔をしていた彰の目が次第に見開かれる。香奈は彰の反応から自分の言いたいことが伝わった。そう確信したらしく、満面の笑みを浮かべた。
「たぶん、ここの事だと思う! お狐様、子狐様、それにマーゴさんやクティさん……は、妖怪ってくくりにしていいのか分からないけど。昔からいる不思議な存在。そう思えば全く外れているわけでもない……と、思うんだけど?」
香奈は最後にいくにつれて自信がなくなったのか、声がだんだんと小さくなる。私からするとマーゴさんたちが妖怪かどうかという分類はどうでもいい。ひとくくりに珍妙生物という扱いでいいと思う。
「つまり、このサイトが探している場所がこの商店街。というか山周辺のこの地域だと香奈は言いたいわけね?」
大げさなほどに頷く香奈。大発見だと気分が高揚しているらしいが、私はオカルト好きでもないのでいまいち分からない。私だけでなく小野先輩たちも分からないらしく、当事者であるマーゴさんは「俺たち妖怪扱いなの?」と微妙な顔をしている。
やっぱり当人からすると不満らしい。
「香奈ちゃんよくやった! えらい! PRの方向性が見えてきたね!」
「彰君もそう思うよね!」
首をかしげる私たちを無視して香奈と彰は謎の盛り上がりを見せる。いや、何でだ。どういうことだと私は口を挟もうにも、一体どこから挟めば。
「分かりやすく説明してもらいたいんだが」
黙っていられなくなったのは依頼主である小野先輩。腕を組んで眉間にしわを寄せる姿は高校生とは思えない貫禄があるが、盛り上がっている彰と香奈にはそんなことはどうでもいいらしい。
「つまり、この土地はオカルト好きにとっては長年探しもとめた桃源郷! この世界には不思議な存在がいるって証明している場所ってこと!」
「噂になっている場所と違ったとしても、十分興味を惹かれる場所だと思う! 実際にマーゴさんやクティさん、子狐様だっているもの!」
「だよね! 実際にいるわけだから嘘じゃないし! マーゴが保護対象なら、面倒なことは政府が何とかしてくれるだろうし」
「いやいや、ちょっとまって!」
何かあったら国に丸投げしようというとんでもない発言をし始めた彰を無理やり止める。彰と香奈だけで盛り上がられても、こちらには何も伝わってこない。
「えっと……つまり、この商店街をオカルト方面で売り出そうってこと?」
「現状だと一番人を呼び込める案だと思うよ」
「マーゴさんやクティさんの存在を公にするってこと!?」
それは流石にまずいんじゃないかと私は焦る。
マーゴさんはともかくとして、クティさんがものすごく嫌がりそうだ。本気でクティさんを怒らせてしまった場合、選択を食べるという能力から考えて、どうなるか想像がつかない
リンさんのように記憶が抜かれるという分かりやすい結果でもないために、予想がつかなさ過ぎて怖い。
「安心してよ。あくまで噂をまくだけ。本当にマーゴさんたちの存在をバラすなんてしないよ。そんなことしてパニックになっても困るし」
あっさり答えた彰に私は胸をなでおろす。
「でも、それでPRになるの? 噂だけでしょ?」
「ナナちゃん、忘れたの?」
私の疑問に対して彰はとてつもなく出来の悪い子をみるような、見ているだけで腹が立つ視線を私へと向けてきた。
「子狐様の祠が壊されたとき、君たちを祠へ来たきっかけは?」
「……香奈が面白い噂があるって……あっ……」
私の言葉に彰が目を細めて口角をあげる。
「そう。噂。僕が祠に様子を見に行ったのも、子狐様が犯人を捜しているっていう噂を聞いたから。その後だってカナちゃんが聞いてきた情報。噂で僕らは何度も行動を決めている。子狐様が最初に比べて安定したのは噂が広まって、参拝者が増えたから。つまり、噂は人を動かせる」
彰はそういうと、小野先輩と千鳥屋先輩をみた。
「ただし、オカルトスポットって扱いになるとマイナスイメージにもなりかねない。変わった観光客が増えて、トラブルになるかもしれない。それでも、いいならだけど」
これは最終確認だ。
真剣な顔した彰。その彰の言葉を受け止めた小野先輩は、千鳥屋先輩を見る。千鳥屋先輩はため息をついた。
「もっと明るい宣伝文句が見つかればいいのだけど、私はそれ以上に人が呼び込めそうな案が思いつかないわ」
「俺もだ……。だけど、マーゴさんはいいのか」
「ボク?」
黙って話を聞いていたマーゴさんは首をかしげた。
「オカルト関係で呼び込むとなると、マーゴさん達は今までのように平穏に生活できないかもしれない。それでもいいか?」
「ボクは別にいいかな。クティさんは嫌がるかもしれないけど。でも、本気で嫌ならクティさんは逃げるだろうし……ボクは生きてる人間は食欲わかないから好きだし、商店街に人が増えるのは嬉しいかな」
のほほんと癒しオーラを放ってマーゴさんは笑った。表情は癒し系なのに、発言がまったく笑えない。そのギャップにも慣れてきた。
相変わらずだなあと私が苦笑していると、私以上に付き合いが長く慣れている小野先輩が「そうか」と頷いて、少し考える。
「クティさんやほかの商店街の人にも相談してからになるが、俺は悪くない案だとは思う。現状、ほかに観光客の興味が引けそうなものもないし、何よりも俺はマーゴさんたちが今のように隠れて暮らすのはどうなのかと思っていた」
小野先輩の発言にマーゴさんが目を見開いた。
「さすがに公には出来ないだろうが、噂くらいは存在しててもいいんじゃないか。そのうち気づかないうちに消えてそうで怖いって親父も爺ちゃんも心配してたぞ」
「……もう、そこまで不安定じゃないけどさあ」
マーゴさんは困ったような顔をして、それでも嬉しそうにほほ笑んだ。
もうという言葉から、昔は不安定だったのだと察してしまった。子狐様も放っておいたら消えてしまうほど弱っていた。その事実を思い出して、目の前にいる人の形をした存在が、見た目よりもずいぶん儚く弱い存在なのだと突き付けられたような気がする。
「妖怪と暮らす商店街……なかなかいんじゃないかしら」
千鳥屋先輩が穏やかな表情でいうと、マーゴさんが「妖怪かあ」と苦笑する。
「問題はクティさんをどう説得するかかな……」
「それなら俺が話しておくから大丈夫だ」
自信満々な声と同時に障子がスパーンといい音をたてて開く。驚いて振り返ると、そこにはドヤ顔をしたリンさん。後ろには大きめの鞄をもった岡倉さんが息を切らしてたっていた。
彰がよんでいるからと走ってきたのだろうか。どんな忠誠心だ。
「クティはなあ、遊び心ってのが足りねえんだよ。若いんだからもうちょっと遊ばねえとなあ」
「クティさん三ケタは超えてますよね」
「おめぇは遊びすぎなんだよ。少しは大人の落ち着き身に着けろ」
マーゴさんが眉を寄せ、彰が忌々し気に舌打ちし、岡倉さんが冷めた目でリンさんを見つめる。それぞれに友好的とは言えない対応をされたリンさんは微妙な顔をした。
「なんだよ……クティの説得請け負うっていってんのに」
「説得で終わらせてくださいね……」
マーゴさんが真剣な表情でいうあたり、リンさんの信用度の低さがうかがえる。やはりリンさんは残念な人。そういう印象を強くしつつ、私は今後の事を考えて気持ちを入れ替える。
「忙しくなりそうだなあ……」
そうつぶやく私に香奈が、そうだね。と力強く頷いた。
「オカルト……? 妖怪……?」
どこから持ってきたのか、積み木で比呂君と遊んでいた尾谷先輩が未確認生命体でも見たような顔をして弱々しくつぶやいた。「積み木~のせ~のせ~」とおそらくオリジナル楽曲を歌う比呂君との差がありすぎてシュールだが、そんなことには気付かないふりをする。
決意の前では置いて行かれている尾谷先輩の存在など些細なものなのだ。
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