五話 嘘つきと見え隠れする本音
5-1 溶け込む違和感
岡倉さんが合流すると、彰は私たちを追い出した。「この後は話し合いがメインで手伝ってもらうこともないしカナちゃんと、ナナちゃんは寮生だし、女の子だし。暗くなる前に帰った方がいいよ」といわれてしまえば、無理矢理残るわけにもいかない。
同じ流れで寮生である千鳥屋先輩も、小野先輩に帰れと言われ不満げな顔を彰にむけていた。気づいているだろうに彰は素知らぬ顔で、岡倉さんと話し合いを続けていたのだから面の皮が厚い。
比呂君のことは百合先生が迎えに来ると言われてしまえば、居残る理由も本格的になくなってしまい、私たちは後ろ髪を引かれる思いで公民館を後にした。香奈と千鳥屋先輩はかなり粘ったが「夜道は危ない」と小野先輩に真剣な顔で言われてしまえば、これ以上は無理と悟ったのか渋々頷いていた。
「皆忙しいだろうから送っていくよ」といったのはマーゴさん。まだ夕方だし、そこまでしてもらうほどのことじゃないと断ったのだが「この場にいてもできることないし」と困った顔でマーゴさんは笑った。
真剣に話し合う彰、岡倉さん、小野先輩を見て納得する。
たしかに、やることもないのにこの空間にいるのは気まずい。会話に加わることもなく、胡散臭い笑顔で彰を見ているリンさんの存在もマーゴさんから見れば無視できないだろう。
危険なことなどないとは思うが万が一というのもあるし、せっかくの善意だしと受け入れた。クティさんやリンさんなら何が何でも断ったことを考えると、マーゴさんは人外の中では癒し系なのかもしれない。
当たり前のように肉体労働にカウントされていた尾谷先輩を後目に、私、香奈、千鳥屋先輩の三人は公民館を後にした。
学校へむかうと自然と商店街を通ることになる。夕暮れ、学校や仕事が終わり、買い出しに人が訪れる時間帯。というのに商店街はにぎわっているというにはほど遠い状況だった。
まったく人がいないというわけではないが、数えられる程度。店主と世間話をしている姿をみるに昔なじみというのはわかるが、それだけではどうにもならない。
世知辛い話、商売を続けるにはお金が必要だ。いくら人情があろうが、歴史があろうが、先立つものがなければどうにもならない。
「本当に人がいないんですね……」
つい口に出してしまってハッとした。恐る恐るマーゴさんと千鳥屋先輩の顔を見ると、苦笑しながら商店街を眺めている。
夕日のオレンジ色が二人を撫でる。沈みゆく夕日を背にたたずむ二人はやけに物悲しく見えた。
「私が子供のころはもうちょっと賑やかだったのよ。お店ももっとたくさんあったのに、ここに遊びに来るたびに、一軒、また一軒って畳んでいったの……」
「俺が初めてここに来た時は、この時間でも人がたくさんいたんだ。俺たちみたいな外レた奴らも今よりもっと多くて、おかげで俺は人間。君たちでいう人外、両方の視点を知ることができた」
懐かしそうに千鳥屋先輩、マーゴさんは目を細める。思い出を語る表情はやさしいのに、声は寂しそうだった。
「……すみません」
「あなたが謝ることじゃないわ。これが現実なのよ。それを受け止めなければ、変えることなんてできないわ」
そういう千鳥屋先輩には強い決意が見える。学校で始めて会ったとき、変人だと思った自分が恥ずかしくなってくる。彰という前例があるのに、またしても見た目に騙されてしまった。見た目が個性的。ただそれだけで本質を見ようとしなかったのだ。
千鳥屋先輩は分かりにくいだけで、私よりも広い視野を持っていて、守りたいと思える大切なものを持っている。それだけで、ずいぶんと先を行く大人に見えた。
「花音ちゃん、大きくなったよねー」
マーゴさんが妹や子供を見るような優しい笑顔を浮かべて、千鳥屋先輩の頭を撫でる。千鳥屋先輩がくすぐったそうな反応を見せたけど、振り払いはしない。仲のいい兄妹に見えるのは、今までに築き上げた信頼関係の結果に違いない。
商店街を通り抜けるだけなのに、千鳥屋先輩は少し歩くだけで声をかけられた。持って行ってと果物やらお菓子などの売り物を渡される。一緒にいた香奈と私も、千鳥屋先輩の後輩というだけで、お土産をもらってしまった。
たしかに、この商店街の人たちはあたたかい。小野先輩と千鳥屋先輩が守りたい、なくしたくないと思う理由が分かって、私も何か協力できないかという気持ちが強くなる。
同時に、当たり前のように受け入れられているマーゴさんの姿に驚いた。「マーゴさん久しぶり! 元気だった?」と道行く人が千鳥屋先輩と同じく、それ以上に気軽に声をかけてくるのだ。小さな子供から腰が曲がったおじいちゃんまで。接点もなく、世代も違う人々が、友人、家族のような親し気な態度で接する。
しまいには「最近ご飯食べてるの?」とマーゴさんたちの体質を分かったうえで心配する声もあって、思わず私は千鳥屋先輩を見た。
千鳥屋先輩は「ここでは普通なのよ」と苦笑する。最初は千鳥屋先輩も戸惑ったといっていたが、当たり前のようにこういう会話をされ、それを聞き続けていれば慣れてしまうというのも分かる気がした。
人ではない存在が目の前にいるというのに、それに対して商店街の人たちは恐れていない。そういうものであると自然と受け入れている。
香奈が何かを聞きたそうにマーゴさんと商店街の人たちを見ていた。それでも会話に入りはせず、じっと会話に耳を傾けている。
私も聞こえてくる会話に意識をむける。クティさんたちの存在を知らなければ、普通の世間話に聞こえる。ちょっとした違和感を覚えても、事情を知らなければすぐに流れて意識から消えてしまうだろう。
オカルト民はこの場所のことを探していたようだが、今まで見つからなかった理由が分かった。住人たちは隠していない。秘密として隠そうと思えばボロがでるものだが、それが当たり前と住人たちが受け入れているのだからボロが出るはずもない。
木を隠すなら森の中という言葉通り、堂々と紛れてしまえば分かりようがない。マーゴさんもクティさんも、見た目だけなら普通の人間と変わらないのだから。
「マーゴさんって、しばらく商店街に顔出してなかったんですか? 皆さん、久しぶりっていってましたけど」
香奈の質問にマーゴさんはうなずいた。
「上の人にね、ちょっときな臭いからしばらくじっとしといてくれって言われちゃって。保護されてる立場だから、逆らって目つけられても困るし。ご飯は蓄えあったから」
上というのはマーゴさんたちを保護している組織。つまり国。そうとらえていいのだろうか。だとすると、きな臭いというのは国家がらみ?
規模の大きな話に私は眉を寄せ、千鳥屋先輩も初耳だったのか興味深げにマーゴさんを見る。
「きな臭い……?」
「詳しくは教えてくれなかったんだけど、上の人たちが長年監視してた大物が、なんか今までにない動きをしたとか。ボクたちまで好き勝手に動かれると困るってさ」
同時多発的に人外が活性化したら困るのは想像がつく。だから比較的話を聞いてくれるマーゴさんたちに大人しくしてくれと頼んだのも分からないではない。だが、そこまでするほどの大物とは? マーゴさんだって私からすれば十分厄介なのに、大物というからにはさらに上ということだ。
「大物っていったい……?」
香奈が首を傾げて質問すると、マーゴさんも首を傾げた。
「さあ?」
答えを期待していた私は思わず脱力する。千鳥屋先輩が仕方ないというように私の肩を軽くたたいた。付き合いが長いだけあってマーゴさんの天然気味な反応にも慣れているらしい。
「クティさんも教えてくれなかったし、確証はないけど……」
さすがにその返答じゃダメだと思ったのか、マーゴさんは眉間にしわを寄せて腕を組んだ。何とか記憶を絞り出そうとしているらしく、珍しく険しい顔でポツリとつぶやく。
「たぶん、リンさんのことじゃないかな……」
「え?」
意外な人物の名前に私は驚いた。香奈も大きな目をパチパチと動かして、それから私と視線を合わせる。千鳥屋先輩はリンさんと初対面なせいか、怪訝な顔をするだけだった。
「っていっても、ボクが知ってる大物に当てはまるのがリンさんだけって理由なんだけど」
そうマーゴさんは眉をさげて笑った。条件に近い身近な存在をとりあえず当てはめるというのはよくあることだ。根拠もなければ、言いがかりにも近い話。
だが、本当にそうだろうか。
妙な胸騒ぎがして私は腕をさする。香奈はいつのまにか手帳を取り出して、何かをメモしていた。おそらくは先ほどのマーゴさんの言葉。
「のんびりしてると暗くなっちゃうね」
マーゴさんは空を見上げてそういって、何事もなかったかのように歩き出す。妙な引っ掛かりを覚えたのは私と香奈だけで、マーゴさんにとってはただの世間話に違いない。
「どうかしたの?」
千鳥屋先輩が不思議そうに私と香奈を見る。それに何か答えようかと思ったが、答えがみつからない。私は「何でもないです」そういって首を左右に振った。
確証はない。根拠もない。それなのに彰と無関係ではない。そんな確信があった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます