4-5 因果応報

 やるとなったら徹底的。そうつぶやいた彰は抱えていた比呂君を私に預けた。「比呂ちゃん見ながら尾谷先輩とマーゴと遊んでて」という指示は戦力外通達である。


 小野先輩、千鳥屋先輩、香奈と彰たちはテーブルを囲んで真剣に話しあっている。リンさんは会話には加わらないが、少し離れた位置から様子をながめていた。

 理由は分からないが妙に嬉しそうだ。


「えぇっと……遊ぶっていったって何を?」

「トランプでもするか?」


 ポケットからトランプを取り出して切り始める尾谷先輩。その動きが妙に様になっていて私は感心した。誰でも得意なことくらいあるのだと、失礼な感想を抱きながら見ていると比呂君が目を輝かせる。


 私の膝の上から降りると尾谷先輩へと近づいて、「お兄ちゃんすごいね!」とはしゃいだ声を上げる。子供からするとちょっとしたことでもヒーローのように見えるのだろう。尾谷先輩は満更でもない様子でニヤリと笑うと、慣れた動作でトランプを混ぜて見せる。トランプを半円の形までしならせ混ぜるやり方はなかなかカッコいい。


 トランプに釘付けな比呂君の相手は尾谷先輩に任せて、私は彰たちの話し合いへと意識をむけた。戦力外通達はされたものの、どういう流れになるのかは気になる。このあと手伝えることが出てくるかもしれないし、話を聞いていて損はないだろう。


「ちょっと……パンフレットも何も作ってないの? 案内看板は? 各店舗のおススメ商品のリストは?」

「そういったものは特に……」

「あのねえ、一次的に人を集めるだけじゃダメ。そう分かってるんなら、はじめて来た人が次も来たい。そう思えるような工夫しなきゃダメなんだよ。分かってる?」


 彰が苛立った様子でテーブルをたたくと小野先輩は首をすくめた。


「今時、商店街でしか手に入らない。そんな物ないんだよ。ショッピングモールいった方が色んな商品があるし、いろんな施設がある。何より屋内だから夏は涼しく、冬は暖かく、雨風だって防げる。ちょっとした暇つぶしにも最適。それに比べてここの商店街は夏は暑いし、冬は寒いし、雨がふったらずぶ濡れ。商品は今時ネット通販でも手に入る。さあ、わざわざここに来る意味は!?」


 知ってはいたが、ほんっとに容赦なく人の心を折っていく。しかも正論だから言い返すのも難しい。

 私は思わず小野先輩に同情の視線を送る。小野先輩の眉間にはドンドン皺がより、千鳥屋先輩の瞳から光が消えた。そこまで叩かなくてもというのが空気から透けて見え、ゴスロリ服に眼帯という恰好のせいか、妙に怖い。

 香奈は何とかフォローしようとしているようだが、言葉が出てこないらしく困った顔でこちらを見てきた。残念ながら私に出来ることはない。


「ハッキリいうねえ……」

「そこが彰のいいとこだ」


 引きつった笑みを浮かべるマーゴさんに対して、リンさんが陽気にいう。今日も元気で何よりみたいな反応を見ていると、リンさんは彰に対してだけ評価がデロ甘なのだと分かる。

 改めてどういう関係なのかと疑問が浮かぶが、今聞ける空気でもない。


「たしかに商品についてはショッピングモールには負けるが、地元と協力して新鮮なものを安く提供できる伝手はある。働く人たちの人柄だった負けてはいない」


 自分たちが守りたい場所を批判された小野先輩は不満げに答えた。それに対して彰は上機嫌に笑う。先ほどまで怒り沸騰でテーブルを叩いていたとは思えない笑みに、リンさん以外の全員がポカンとした顔をした。


「ちゃんと利点分かってるじゃない。だったらさ、それを生かす戦略を考えるべきなんだよ」

「生かす?」

「いくら安く商品を提供できるっていっても、それを周囲が知らなきゃ意味がない。いくら店主の人柄がよくったって、そもそも人が来なければどうにもならない。野菜の安さはともかく、店主の人柄なんて一回、二回で知ってもらえるとも思えない。だから、まずは優しい空間を作る!」

「優しい空間……?」

「そう! 初めてきた人でも一目でわかるパンフレット! 案内板! 子供を預けたり、道を聞いたり、迷子を保護したりできる案内所。休憩スペース、ゴミ箱なんかも各所にあるといいね。空気も大切。始めてきた人に対しても親切で居心地がいい。そんな場所ならまた行こうって思えるでしょ」


 彰の言葉に小野先輩は驚いた顔をした。千鳥屋先輩と顔を見合わせる二人にその考えは全く思い浮かばなかったらしい。私も言われて、なるほどなあと思うが、自分で思いつくかと言われたら話は別だ。


「だが、それを作るにも資金が……」


 真剣な顔で考えていた小野先輩が、眉を下げる。どうにもできない問題にぶち当たったと分かる悲壮な表情を見て、私はどこにでも運営資金。お金の問題というのはついてくるのだと世知辛い気持ちになった。


「それに関しては、まず現状の運営状況も確認してからじゃないと……。資金源を確保できたとしても、使い方が下手じゃあっと言う間になくなっちゃう。それじゃ意味がないからね」

 

 そこで言葉を区切った彰は振り返る。戸惑う私を無視して、視線はリンさんへと移動した。


「るい呼んで来い。すぐに」

「え? 俺?」

「お前以外に誰がいんだよ。さっさと行け!」


 最後の彰の怒鳴り声でリンさんは転がるようにして部屋を、そして公民館を出ていった。「障子ぐらいしめろよ」とブツブツいいながら立ち上がった彰を見て、理不尽なくらいアンタ怖かったからねと言える度胸がある人間などいなかった。

 比呂君が「あれ? リンお兄ちゃんいなくなった?」とのん気な声をあげたので、少しだけ癒される。


「何で、るいさん?」


 戻ってきた彰にとりあえず質問する。小野先輩は誰なのかすら分かっていないし、私は誰かは分かっても理由が分からない。千鳥屋先輩がなぜか納得した顔をしているのも気になる。


「るいは経営学勉強してるから、そのあたりは僕よりも専門的なアドバイスできるし」

「け……経営学……」


 私には理解も及ばないし、欠片も勉強しようとは思えない学問だ。いったいどんな勉強をするんだろうと想像を働かせてみようとしたが、数字とかグラフとかありそうという我ながら頭の悪い結果になったので、すぐさま思考を放棄した。


「あと、ちょっと資金源の調達にも協力してもらおうかと思って。千鳥屋先輩だけじゃ弱いし」


 唐突に名前があがった千鳥屋先輩がじっと彰を見つめる。小野先輩がどういうことだと彰をにらみつけるが、彰に動じた様子はない。


「市からも銀行からも調達できないってなったら、新たな資金源を得るしかない。手っ取り早くいうとスポンサーね」

「いや、それが簡単に得られたら誰も苦労しないんだけど……」


 市や銀行からも匙を投げられた、廃れた商店街に援助してくれる物好きがどこにいるというのだ。そういう人間がいたら商店街の人たちだって、とっくの昔に頭を下げに行っていただろう。


「僕が協力する前だったら難しかったと思うよ。千鳥屋家っていうのは関西では強いけど、このあたりじゃそこまでもないし。貸し借りの面で考えても、花音先輩ってたしか三女でしょ?」

「ええ。私は三女だから、継承権も三番目。次期当主は姉たちの夫がなるでしょうね」

「ってなると、千鳥屋家に貸しって点でも薄いんだよね。花音先輩まだ未成年だし」


 当たり前のように続く会話に口を挟める間がない。私だけでなく小野先輩も虚をつかれたような顔で、彰と千鳥屋先輩の会話を聞いている。

 

 継承権。次期当主。私には縁遠い話すぎて、この二人が別の世界で生きているという事実を突きつけられた気持ちだ。

 同時に彰は千鳥屋先輩と同じ側。私が一生立つことのないだろう、金持ちという立場にいることが確定した。


 隠し子という言葉が頭にちらついて離れない。


「……なるほど、それで岡倉さんを呼んだのね。彼ならば岡倉家直系の次期当主。大学に入ってから一部の権利を譲渡されたって聞いたし、交渉にはちょうどいい」

「そういうこと」


 岡倉家という単語の出現に私はチラリと香奈をみた。いつの間にか手帳を取り出した香奈は、何かをメモしている。おそらくは岡倉、千鳥屋という彰にまつわる真相を探るための言葉。


「えっと、つまり、権力をちらつかせて強制的にスポンサーにしようってこと?」


 マーゴさんが腕を組み、そうつぶやいた。「君たち可愛い顔してあくどいね」と苦笑する姿に全面同意しつつ、彰の返答を待つ。


「そういうこと。運よく、揺すれそうなのがいるし」


 にっこり笑う彰は表情だけみると誰もが振り返る美少年だが、言っていることが全くかわいくないし、恐ろしい。揺する前提なのかと私は引きつつ、そんな相手いるのか? と首をかしげる。

 私が一般人だから分からないだけで、千鳥屋先輩はわかるのだろうか。そう思ったが、千鳥屋先輩も分からないのか首をかしげていた。


「ねえ、彰……そんな都合のいいやついるの?」

「いる、いる。ナナちゃん忘れたの。お金はそこそこ持ってて、僕のいう事が無視できない弱みを握られてて、家柄的にも岡倉、千鳥屋よりも格下」


 そんな相手いるか? と私は再び首をかしげる。家柄の上下関係は一般庶民である私には分からない。注目すべきは彰に弱みを握られているだが……。


「重里……!」


 香奈がハッとした様子で顔をあげ彰を見る。香奈の言葉でその存在を思い出した私は、表情が引きつった。

 たしかに揺するにはちょうど良すぎる弱みを握ってはいるが、お前……。そう思って彰と見ると、正解とばかりに満面の笑みを浮かべている。「よく気付いたねー」と拍手する姿に頭が痛くなってきた。


「因果応報っていうやつだね。世の中上手く回ってる」


 愉快気に笑う彰に対して、小野先輩と千鳥屋先輩は顔を見合わせ、マーゴさんは不思議そうな顔をする。事情をしっている私と香奈は冷や汗を流しながら、表面上は美しい重里玲菜の姿を思い浮かべた。


「直接重里さんに連絡とったら警戒されるだろうから、まずは小宮先輩に相談しないと。小宮先輩に言われたら無下にできないでしょ」


 「持つべきものは頼れる先輩だね」と笑う彰は重里玲菜に負けず劣らず、いやそれ以上に中身は真っ黒に違いない。

 小宮先輩の事件の時は複雑な心境を抱いた相手だが、ここに至っては同情するしかない。いや、小宮先輩にしたことを思えば彰の言う通り因果応報なのかもしれない。


 人に弱みを握られるような悪い事はしてはいけない。「これから忙しくなるよ」と楽し気に笑う彰を見ながら、私は人生の教訓を胸に刻んだ。

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