4-3 商店街活性化計画

「うちの商店街が客を招くために様々な企画を行っていることは知っているだろ」

「それはまあ。お化け屋敷にお邪魔したし」


 そういって彰はチラリとマーゴさんを見た。マーゴさんは「あれは美味しくなかったなあ」と顔をしかめている。私にとっては九死に一生体験だがマーゴさんとしてはただの食事らしい。


「俺はここで生まれ育ったし、愛着もある。このまま廃れていくのを見ていられない。だから出来る限り協力はしているんだが……」

「思ったような成果がでないってことね」

 彰の言葉に小野先輩は苦々しい顔をして頷いた。


「事情は分かったよ。でも、何で僕。比呂ちゃん誘拐までして僕に頼む理由は」


 膝の上の比呂君を抱きしめながら彰は小野先輩をにらみつけた。

 それに関しては私も彰と同意見。そういう理由ならば比呂君の前に彰に直接頼めばよかったのだ。現状、なんとか彰を商店街に連れてくることは出来たが、彰の小野先輩への印象は最悪。この状況で頼みごとをして素直に聞いてくれるとは思えない。


「一時的なアドバイスならしてくれるだろうが、継続的な協力となったら彰君は嫌がっただろう」

「彰の性格よくわかってますね」


 思わず言葉が飛び出す。それと同時に彰に思いっきりにらまれた。

 とりあえずマーゴさんを盾にする位置に移動し、彰の視線から逃れる。マーゴさんから非難の目を向けられたがそれはそれ。


「たしかに、継続的にってなったら僕は断るよ。そこまでここに思い入れもないし、面倒だし」


 彰は私を睨んだわりにはあっさり認めた。あれだけ凄まれても彰の隣から動かないリンさんも「だろうなあ」と頷いている。


「そもそもさあ、何で僕なわけ? もっとほかにいるんじゃない。それこそ立派な大人とかさ。こんな高校生のガキじゃなくて」

「立派な大人が利益が出そうにない投資すると思うか?」


 小野先輩は淡々とつげた。その言葉に彰は驚いた様子で目を丸くする。私もまさかの発言に驚いた。


「商店街を存続させようと動いているのは商店街の人間だけ。近隣住民は興味がない。市としてはいっそつぶして、新たな施設を作った方が観光客も見込める。そう思っている」

「それはそうだろうね」


 マーゴさんから話は聞いていたが、立て直しに協力しようなんて発想は私にはなかった。大変だな。そのくらい。

 このあたり出身ではないからというのもあるだろうが、地元出身の生徒たちの間でも特に話題には上がっていない。反応からして私と感覚は変わらないだろう。

 問題視しているのはそこに住み、思い入れを持っているごく一部。


「マーゴとか、クティとか使えばいいでしょ。何ならこの極つぶしも貸し出すし。君ら、こいつらが人間じゃないの知ってるんでしょ」


 極つぶしのところで彰はリンさんを指し示す。それにリンさんは微妙な顔をしたものの、何も言わない。マーゴさんは先輩の適当な扱いを見て、複雑そうな顔をした。


「……昔からこの商店街に住んでいる不思議な住民。マーゴさんたちのことはそう聞いているし、協力もしてもらっている。だが……足りない」

「俺たち、人間社会にあんまり関わらないように生きてきたし、あんまり関わるなって言われてるから、協力するにも限界があって」

「君ら、登録されてるの?」


 彰が驚いた顔でマーゴさんを見ると、マーゴさんは苦笑した。


「俺たちって他に比べて存在が不安定だから、登録してもらって監視下に置かれた方が安定するんだよね。外レてる中でも強いとはいえないし。生き残る条件もなかなか難しいし」

「今の社会じゃ、昔みたいに好き勝手するとすぐに対策ねられて、殺されるか、閉じ込められるかだからなあ」


 「昔はもっと楽だったのになあ」とリンさんが遠い目をする。その昔というのは一体いつを指すのだろうと私はうすら寒さを覚えた。


「彰君、登録って?」

「政府に、僕は無害な人外ですって自己PRして保護してもらうことだよ」

「政府に……!?」


 まさかの発言に香奈が驚きの声をあげる。私も驚いて、マーゴさんとリンさんを交互に見た。


「俺はされてない。認知はされてるだろうけど、保護されるほどやわじゃねえし」

「ボクは元が人間だから、保護された時点で登録されちゃってるんだよね。だからあんまり目立つことできないんだ。怒られちゃう」


 片手を胸の高さにあげ、自己申告するリンさん。それに続いてのほほんと語るのがマーゴさん。あまりにも穏やかに語られたため私は衝撃の事実を聞き逃しそうになる。


「元が……人間!?」

「あれ? いってなかったっけ?」


 おかしいなと首をかしげるマーゴさんをみて、いや聞いてないです。そんな衝撃的事実知らないです! と私は慌てて周囲の反応を見た。

 まさか私だけが知らなかったのか!? と思うと香奈は固まっているし、小野先輩と千鳥屋先輩も驚いた顔でマーゴさんを凝視している。彰は何となく察しがついていたのか「だろうねえ」とのんびりとした口調で頷き、比呂君はなぜか空中を見て笑っていたのでそっと目をそらす。


「……え? 元人間? 人外? んんんん?」


 オセロを片づけていた尾谷先輩が、頭に大量のはてなマークを浮かべて、百面相をし始めた。その姿を見て私は落ち着く。

 自分よりも混乱している人間を前にすると、人間は冷静な思考を取り戻せるらしい。

 だが、尾谷先輩に説明するのは面倒くさいので私は気付かなかったことにした。後で小野先輩がヒマだったら教えるだろう。


「とにかく、俺たちが表立って協力するの無理なんだよ。つうか、協力できることとかほとんどねえしなあ……せいぜい客寄せくらい。それじゃ足りねえんだろ」


 詳しい説明をしてくれる気はないらしく、リンさんは話を強引に戻した。

 気にはなるが、話がそれてしまうので私は渋々納得する。香奈がずいぶんソワソワと聞きたいそぶりを見せたが、何とか耐えたようだ。偉いぞ香奈と私はとりあえず頭をなでておいた。


「クティさんとマーゴさんのおかげで、この間のお化け屋敷も大好評に終わった。だが、それでも足りない。一時的に増えるのでは意味がない。長期にわたって、安定しなければどうしようもない。それに企画を繰り返すのにも……」

「資金が足りない?」


 彰の言葉に小野先輩は重々しく頷いた。


「市からの応援は見込めないし、銀行からの融資も絶望的。しまいには土地売却についての打診がくる始末……」

「思ったよりも絶望的状況じゃないですか……」


 お化け屋敷やらなにやらやってるからにぎわっているかと思ったら、表面上に見える部分とは違い、裏側は厳しい現状だったらしい。マーゴさんはともかく、人間嫌いのクティさんですら強力していた時点で気付くべきだった。


「それで僕に資金調達してほしいって? そこにいる千鳥屋さん家のお嬢さんの方が適任じゃないの」


 彰は苛立ちもあらわに千鳥屋先輩を見る。小野先輩の背後から様子をうかがっていた千鳥屋先輩はムッとした。


「私だって協力できるならしたい。だけど私は未成年……。今の学校に入るのだって強引に親を説得したから折り合いが悪い。協力してって頼んだけど、何の見返りもないっていわれたわ」

「それはそうだろうね」


 返答を予想していたのか、彰はさらりと答える。それに千鳥屋先輩がきついまなざしを彰に向けたが、彰は知らん顔。

 ちょっとした意趣返しなのかもしれない。


「ある程度事情はわかったけど、だからって僕に協力もとめるのおかしくない? 僕だって未成年。どこにでもいる高校生」

「白猫カフェのオーナーが彰君だという話は掴んでいる」


 小野先輩の言葉に彰はハッとした顔をした。だが、すぐにしまったと顔をしかめる。その反応は事実だと認めるようなもの。このまま無力な高校生を演じるのであれば、知らぬ存ぜぬを貫き通すのが最善だった。そう思ったのだろう。

 だが、その彰の考えは甘い。すでに小野先輩は確信を持っているようだった。


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