四話 崖っぷち商店街と立て直し案

4-1 彰の怒り

 暴れる彰をなだめすかし、嫌々ながら私たちは公民館へと移動した。

 

 商店街をでてすぐ近くにある公民館。外見からいっても普通の公民館となんの変わりもない。ただ一つ違いがあるとすれば外「商店街活性化対策本部」と達筆で書かれた看板が置いてあることくらい。


 商店街の人々の本気がうかがえる看板に私は感心しながら、何でわざわざここ? と私は首をかしげる。ほかにも話が出来る場所は幾らでもあるだろうに。


 そんな私の不安をよそに先頭を行く小野(?)先輩はポケットから鍵を取り出し、さっさとドアを開けてしまった。

 何で鍵をもっているんだとか色々言いたい事はあるが、落ち着いてからにしようと私は言葉を飲み込む。


 比呂君を抱きかかえた尾谷先輩は「もう一勝負!」と叫びながら、真っ先に公民館の中へと駆け込んだ。靴をそろえずに脱ぎ捨てる様は行儀がいいとはいえない。それでも比呂君を抱える姿に危なっかしさはないからセーフだろうか。

 動きが楽しかったのか、比呂君がキャーと歓声をあげる。純粋に遊んでもらっていると思っているらしく、その表情に不安も曇りもない。


 が、リンさんとマーゴさんにがっしり両脇を固められた彰は、肉食獣も真っ青な顔で尾谷先輩をにらみつけていた。尾谷先輩が鈍感で良かった。


 玄関から入ってすぐ、右手側に流し場などの台所スペースがあり正面には畳の部屋。尾谷先輩が押し入れを開けて何かを探している傍ら、小野先輩は壁のわきに置いてあった長テーブルを広げた。「私たちに座って待っていてくれ」というと、お茶を用意しに台所へむかう。


 ほぼ強制的に連れてこられたことを思うと、お気遣いなくというのも変な気がして、何となく後姿を見送った。どこからともなく座布団を持ってきた千鳥屋先輩が、すぐさま手伝いに向かったから手伝う必要もなさそうだ。


 小野(?)先輩がコップに注いだ麦茶を千鳥屋先輩がお盆に移して運ぶ。千鳥屋先輩が通りやすいよう、小野(?)先輩は広めに障子を開けて待っている。幼馴染というよりは夫婦にも見える息の合った動きに、私は何だかむず痒い気持ちになった。


「マーゴさんも座ってください」


 テーブルにお茶を並べ終ると、部屋の入口付近で彰を拘束したまま立っていたマーゴさんとリンさんに小野(?)先輩は声をかけた。リンさんのことは知らないのか、ついでとばかりにじっと観察している。

 普段であれば愛想笑いの一つでもしただろうリンさんは、完全に目が死んでいた。不機嫌な彰に先ほどから八つ当たりに蹴られたり殴られたりしているせいだろう。可哀想だが平和のためには犠牲が必要な時もある。


「あああ! オセロもかよ!」


 いつのまにかテーブルの上でオセロを始めていた尾谷先輩が悲鳴をあげた。

 見れば尾谷先輩は両手で頭を抱えてうめいている一方で、比呂君が両手をあげて喜びをあらわにしている。

 盤面は真っ白だった。


「お前、オセロも勝てないのか……」

「いや違う。何かの間違いだ……いくら何でも八歳の子に……」

「フフフフ! 比呂ちゃんは可愛くて、優しくて、賢いからね!」


 呆れ切っている小野(?)先輩に、打ちひしがれている尾谷先輩。両脇を固められた状態で誇らしげに胸をはる彰。

 相変わらずどこから突っ込んでいいか分からないカオス状態に、私はとりあえず目の前に置かれたお茶を飲んだ。遠慮できる精神ではない。千鳥屋先輩が「いい飲みっぷりね。おかわりいる?」と勧めてくれたので、遠慮なくもらった。

 やけ酒ならぬやけ麦茶である。


「それでさあ、どういうことなのこれ」


 全員がテーブルにつき、尾谷先輩が往生際悪くオセロ二戦目に突入すると彰が不機嫌な声をだす。普段の彰よりも低い声に、不機嫌な表情。ピリピリと肌を焼くような怒気に強制的に空気がぬりかわった。

 香奈が困った顔で、彰、それから千鳥屋先輩、小野(?)先輩に視線を動かす。


「もう知っているだろうが、自己紹介させてもらう。俺の名前は小野圭一」

 そういって小野先輩は改めて自己紹介をした。それに対して彰は苛立ちを隠さず舌打ちする。


「僕はさあ、千鳥屋先輩から幼馴染の小野先輩が、駄犬に付きまとわれてて迷惑してるから、原因究明と駆除をお願いされたんだけど」


 当の駄犬こと尾谷先輩は、「た、たんま!」と学習能力のない叫び声をあげている。さっき始めたばかりなのに、もう負けてるのか。

 

「駆除をお願いしたかったのは本心よ。利用できるといったって、圭一にあれがまとわりついてるのはよい気分じゃないし。彰君が協力してくれたらお役御免となるわけだし、私の気持ちは本物。ただ、内容がちょっと違っただけ」

「ってことは、僕に協力してほしいがために比呂ちゃんを巻き込んだってこと?」


 彰の声が一段と低くなる。マーゴさんが青い顔をして慌てて彰の腕を掴んだ。押さえつけているというよりは、お願いだから暴れないでください。そう縋り付いて見える姿は哀れに見える。

 リンさんはというと、悟りを開いたような無表情で天井を眺めている。


「比呂君を巻き込んだことは謝罪する」

 そういうと小野先輩は深々と頭を下げた。


「本来であれば誠心誠意で説明し、協力を仰ぐのが一番。そう思っていたのだが、何分時間がなかった……。確実に彰君に協力してもらえる方法となると、彰君が溺愛しているという弟君。比呂君に協力してもらうのが一番だと」

「比呂ちゃんは僕にとって宝だし、生きがいだけど、それどこで知ったわけ。学校じゃ弟がいるなんて一言もいった記憶ないんだけど」


 彰は苛立ちをあらわに吐き捨てる。弟大好きですと恥ずかしげもなく語る内容と、怒気がにじんだ声が不釣り合いすぎて怖い。


「私が相談に言った日、比呂君が学校に来てたでしょ。あの時の様子を見て、今回の作戦に変更したの。本当はもう少し時間をかけて、様子を見てから切り出そうと思ったんだけど、あの溺愛っぷりを見たら比呂君からの方が早いだろうって」


 千鳥屋先輩の言葉に彰が殺気を飛ばした。それに千鳥屋先輩はササっと小野先輩の背後に移動する。表情が変わらないから分かりにくいが、怖いとは思っているらしい。


「だから弟がいるって秘密にしてたのに……」

「あの時は比呂がお前の学校行きたいっていうから連れてったんであって、るいは悪くないからな。最後まで家で待とうってアイツ説得してたし」


 岡倉さんに矛先がいくと可哀想だと思ったのか、リンさんがフォローをいれた。彰以外に気を回すことが出来るのかと私は失礼なことを思ったが、彰はリンさんに鋭い視線を向ける。千鳥屋先輩、小野先輩に向ける以上の殺気。瞬時に顔を引きつらせて脂汗をにじませるリンさん。


 彰なりに、何とか感情を抑えようと努力はしていたのだと私は気付いて、冷や汗が流れる。我慢してあれということは、本当に比呂君に何かあったら人を殺しそうな視線ではすまず、本当に犯人を手にかけてしまったかもしれない……。


「そんなの分かってるよ。るいが僕が不利になるような行動するはずがない。アイツはそういう奴だ。でもな、リン。お前はどうなんだ?」


 彰はそういうとマーゴさんに掴まれていた腕を乱暴に振り払う。暴れていなかったことで油断していたマーゴさんの拘束をするりと抜けて、自由になった手でリンさんの胸倉をつかんだ。

 鼻がくっつきそうなほどリンさんに顔を近づけるが、甘い空気などかけらもない。男にしては大きな瞳を見開いて、じっとリンさんの瞳を睨み付ける。

 青い瞳の奥に濁り切った水が見えるような気がした。底が見えない、全てを飲み込んでしまうような深い深い、海の底。その深みに、見ているだけだというのにゾッとして、香奈は私の腕をギュッと掴む。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る