3-4 収拾不可

 たどり着いた商店街はざわついていた。平日ということもあり人の姿はそれほど多くないというのに空気が落ち着かない。

 前にお化け屋敷に訪れた時よりも人は明らかに少ないのに、この違いは何だろう。そう私は商店街を見つめながら考えてみるけれど、答えは見つからない。


 千鳥屋先輩が執事さんに何かをいうと、車は動き出す。このまま止まっていては目立つから、どこかで待機するのかもしれない。

 さびれた商店街と高級車という組み合わせはアンバランスだし、そろそろ人が増えてくる時間帯だ。この商店街が平常時どれほどにぎわっているのかは知らないが、変に目立つことは良くない気がする。


「彰君はどこに……?」


 目に見える範囲に、あの目立つ容姿は見えない。それほど広い場所でもないし、歩いていればそのうち見つかるかと思っていると、千鳥屋先輩が颯爽と歩き出した。迷いない足取りに、私は思わず後姿を見送ってしまう。


 どこにでもある普通の商店街。その中を堂々と歩くゴシックロリータ。絵面だけみれば浮いている。場違いにもほどがあるのだが、千鳥屋先輩があまりにも慣れた様子で歩いているために自然なことのような錯覚を覚える。

 何度か来たことがあるのだろうか? そう私は不思議に思いつつ、とりあえず千鳥屋先輩の後を追うことにした。


 しばらく進むと、広い空間にでた。おそらくは商店街の中心ほど。何か催し事をするときにでも使われるのだろう。広間のような場所だ。そこに何故か人だかりができている。若い人よりも年配の方が多いのを見るのに、商店街の人間なんだろう。

 落ち着かない様子で顔を見合わせている一団が、近づいてくる千鳥屋先輩に気づくと目を見開く。


「花音ちゃん! いいところにきた! 大変なのよ、圭一君が!」


 数人固まって話していたおばさんが、千鳥屋先輩に向かって手をふりながら叫ぶ。

 花音ちゃんという慣れ親しんだ呼び方と、圭一君という名前に私は驚き、思わず足をとめた。千鳥屋先輩はというと足を止めた私に構わず、自然におばさんたちの輪に入ってしまう。


「圭一がどうかしたの?」

「どうかしたじゃないわよ。いきなり可愛い男の子連れてきて、誘拐してきたっていうのよ」

「たしかに誘拐したいくらい可愛い子だし、礼儀正しい子だったけど、ダメなことだからねえ。返してきなさいって言ったんだけど、その前に兄を名乗る子が乗り込んできて」

「え? あの子、お兄ちゃんなの? お姉ちゃんじゃなくて?」

「制服は男の子だったしお兄ちゃんじゃないの? たしかに女の子みたいに可愛い顔してたけど。髪も長かったし……」


 ポンポンと途切れることなく続く会話を聞きながら、私と香奈は顔を見合わせる。間違いない。間違いなく比呂君はここにいるし、彰はすでに乗り込んできている。

 ということは、もしかして、この人だかりは……。


「お前ら、ぜってぇ許さねえからな! 比呂ちゃんに傷一つつけてみろ! 細切れにして豚の餌にして、出荷してやる!」

「彰! 落ち着け! それやったら、お前の方が罪重くなるから!」

「そうだよ! 落ち着いて!」


 私の考えを肯定するように聞こえてきた怒鳴り声。わざとらしい高い声ではなく、男らしすぎるドスの聞いた声。それを必死にとめようとする悲痛な声が二つ。

 彰がいるのは間違いないとして、止めているのは誰だろう。そう思いながら私は、「すみません」と周囲に声をかけ、人をかきわけ前と進む。


 人込みを抜けた先には少し高い壇があった。ステージのようなものなのだろう。その上に、今まさに見世物となっているやけに目立つ集団。

 

 羽交い絞めにされているのは私たちの探し人、佐藤彰。長い髪を振り乱し、普段の彰からは想像できない低い声で、罵り続けている姿は正直怖い。

 その彰を必死に止めているのはリンさん。前に会った時と同じく真っ黒な服。着けているアクセサリーも変わらずシルバー。太陽光をやけに集める色合いは大変暑苦しい。


 もう一人、彰の腰あたりにしがみついて必死に止めているのはマーゴさん。やっぱりパッと見大学生ぐらいにみえるので、高校生に縋り付いて必死に止めている図は奇妙としか言えない。


 リンさんは彰からの電話で慌ててきたのだろうが、マーゴさんはどういう事だろう。商店街とは協力関係にあるといっていたから、たまたま巻き込まれたのだろうか。

 マーゴさんがいるということはクティさんも? と思って周囲を見渡してみると、それらしい姿はない。運よくいわせなかったのか。それとも危ないから事前に逃げたのか。クティさんの性格からいうと後者な気がする。


「お前、散々なこといってくれてるけどよぉ。いいのかよ、そんな態度で」


 怒り狂う彰があまりにも衝撃的だったため気づかなかったが、壇の上にはほかにも人がいた。

 知らない高校生ぐらいの男が一人。下は私たちと同じ学校の指定ズボンをはいているが、上はTシャツ。袖を肩までめくりあげ、赤いバンダナを頭にまいている姿は高校生というよりは工事現場にいるお兄さんという雰囲気。

 この人が小野圭一先輩なのだろうか? と私は千鳥屋先輩を見るが、千鳥屋先輩は怒り狂う彰を興味深げに眺めている。

 

 千鳥屋先輩が何もいってくれないので仕方なしに、私は声の主。小野(?)先輩の奥に座っている尾谷浩治先輩に視線を向ける。

 初めて会ったときの安っぽい金髪は色が抜け、プリン頭になっている。壇の上でガラ悪くヤンキー座りをし、人を小ばかにした顔で彰を見る姿は相変わらず典型的不良。

 しかし、微妙に足やら手やらが震えている。目もちょっと泳ぎ気味。ヤンキーよろしく偉そうなことを言ってみたはいいものの、彰の鬼の形相に怯えているのはすぐに分かった。リンさんとマーゴさんが必死に彰を押さえつけていなければすぐさま逃げ出したに違いない。


 子狐様、彰、百合先生とそれぞれにお灸をすえられただろうに学習能力が全くないのか。アホなのかと私は呆れた顔で尾谷先輩を見上げる。

 だが、尾谷先輩が祠の事件と同じく犯人であるならば、事はそれほど難しくはない。その気になれば彰が殴って終了だろう。殴りすぎそうなのでリンさんとマーゴさんが必死に止めているのだろうが、彰を何とか冷静にすればいい。


 問題は尾谷先輩の前で怯えた様子も見せず、彰を見つめている小野(?)先輩。

 猫を脱ぎ捨てて暴れる彰を見て顔色一つ変えない度胸。表情や態度からうかがえない思惑。どう考えても尾谷先輩よりも小野(?)先輩の方が格上。

 どうしたものか。そう私が顔をしかめると、


「王手!」

 という元気な声が周囲に響いた。


 鬼の形相だった彰の表情が緩んだのを見るに、比呂君の声なのは間違いない。が、姿が見えない。

 いったいどこに? と私が不思議に思っていると、尾谷先輩と向かい合うように座っている小野(?)先輩の膝の上に子供がいることに気がついた。


 尾谷先輩の体で見えなかったが、よく見ると尾谷先輩と小野(?)先輩の間には将棋盤が置いてある。安っぽい板ではなく、ちゃんと足がついている高そうなやつだ。

 

 見える位置に移動すると、小野(?)先輩の膝の上にいるのは間違いなく比呂君だった。誘拐されたとは思えない楽し気な様子の比呂君は子ども特有の無邪気な笑顔を浮かべて尾谷先輩を見上げる。

 彰へ形だけの威嚇をしていた尾谷先輩は比呂君の言葉でギョッとし、盤上へと視線を向ける。そして一気に顔が青ざめた。


「た、たんま!」

「何回目だ」


 冷静に突っ込んだのは比呂君が膝から落ちないように抱きかかえる小野(?)先輩。それに対して尾谷先輩は焦った様子のまま盤上をにらみつけ、んーとかあーとか唸り声をあげている。


「……何してんの?」


 状況を理解した私の唇から零れ落ちたのは、まぎれもない本音である。まて、何だこの状況。意味が分からない。そんな私の声が耳に入ったのか尾谷先輩が吊り上がった目をさらに吊り上げた。大げさすぎる動作で私を指さす。


「見て分かんねえのかデカ女! 将棋だよ! 男と男の真剣勝負だよ!」

「お兄ちゃん、王手だよー」

「あっいや、それはちょっと、まって。三手前くらいからやり直そう。頼む。お願いします!」

「真剣勝負はどうした」


 目の前で繰り広げられる漫才に私は言葉もでない。思わず香奈を見れば、香奈も意味が分からないという顔で、尾谷先輩、それから羽交い絞めにされている彰を交互に見ている。


「比呂ちゃんダメだってば! そんな馬鹿と一緒にいると馬鹿がうつるから! 早くお兄ちゃんとこ帰っておいで!」

「おいこら! 失礼なこというんじゃねえ! 男だか女だか分かんねえような見た目しやがって!

「うるせぇんだよバカが! 今は外見とかどうでもいいんだよ! そんなことも分かんねえから、バカなんだっての。つかえねえ脳みそすり下ろすぞ!」


 彰に倍の罵倒を返されて言い返せない尾谷先輩。そんな尾谷先輩に「お兄ちゃん続きは?」と純粋なまなざしを向け、首をかしげる比呂君。その比呂君の頭をなでながら「頭がいいなあ」と孫を前にしたお爺ちゃんみたいな反応をする小野(?)先輩。「気安く比呂ちゃんにさわんじゃねえ!」と暴れる彰と、必死にとめるリンさんとマーゴさん。


 カオスである。

 未だかつてここまでのカオスはあっただろうか。えっなに。これどこから手をつければいいわけ? 帰っていい? 誘拐されたってわりには比呂君元気そうだし、見なかったことにした方が平和じゃない?

 そうだ! 帰ろう! 巻き込まれないうちに!

 そう私は強く意思を固め、香奈の手を取り、このカオス空間から逃走。

 しようと思ったのだが、そううまくいくはずもない。


「圭一、ちゃんと全員連れてきたんだから、説明した方がいいんじゃない?」


 彰の観察に飽きたのか、千鳥屋先輩が涼しい顔でそういうと、香奈の手を取った。驚いた香奈の視線を涼しい顔で受け流して、それでも手を放す気配はない。逃がさないという強い意志。


「千鳥屋先輩……香奈の手離してくれません?」

「離したら帰るでしょ?」


 出来る限りの怖い顔で睨みつけたつもりだが、千鳥屋先輩はあっさり受け流した。一歳しか年が変わらないというのに、この度胸や風格は何なのか。何でそれが良い方向に行かされずに、こんなわけ分からない状況でいかされているのか。


「えっと、先輩?」

「坂下さん……香月さん……あなた達を巻き込んだのは悪いとは思っているわ……。でもね、仕方なかったの。彰君の協力を得るにはあなた達の力が必要。人質も必要。人手も必要」


 そういいながら千鳥屋先輩は香奈の手をぎゅっと握り。ついでとばかりに私の手も掴んだ。その言葉と行動で、私は状況にやっと気づく。

 ようするに、はめられたのである。


「あああ! 勝てねえ! 八歳だろ!? 強すぎんだろ!」


 どうしても勝てないらしい尾谷先輩が頭を抱え、叫びながらつっぷした。「比呂君は勝てたー」と無邪気に笑っているし、彰は「さすが比呂ちゃん!」と羽交い絞めにされながら喜んでいる。

 意味が分からない状況に、背後にいる商店街の人たちは「どういうこと?」「さあ?」と首をかしげながらも、思い思いに好きなことをいって楽しんでいるようだ。

 渦中の小野(?)先輩は千鳥屋先輩よりも何を考えているのか分からない、表情の抜け落ちた顔で周囲を見渡して


「何だか大変なことになったなあ」

と、事の元凶とは思えないマイペースな言葉を発した。


「いや、あんたのせいだから!」


 思わず私は叫ぶ。

 その声に気づいた比呂君が「七海お姉ちゃんだ」と無邪気に手を振ってくれたのが唯一の癒しだった。

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