お化け屋敷に行こう⑥
次に意識が戻ったとき、ずいぶん周囲は騒がしかった。
聞きなれない声が「本当に大丈夫?」「病院つれていかなくていい?」と頭上で話している。何の事だろうと考えながら目を開くと、「目が覚めた!?」という言葉が耳に届く。そこでやっと、私に対するものだったのだと気がついた。
焦点が合わずにぼやけていた視界が明るくなり、心配そうに私をのぞき込む知らない女性たちの顔が見える。片腕に「お化け屋敷スタッフ」という腕章をつけているのを見て、私は何となく状況を理解した。
視線をゆっくりと動かすと、どこかの和室に横になっていた。隣には香奈と彰も寝ている。枕代わりにタオルがしかれ、体にはブランケットがかけられていた。
穏やかに眠る香奈と彰を見る限り、最悪な事態は避けられたようだ。
開け放たれた障子の向こうでは、机やモニター、何に使うか分からない機械が並べられ、知らないおじさん、若い男性やらが忙しく動き回っている。
私たちがいる場所は休憩スペースのような場所らしく、機械などが置かれた空間より奥まった場所のようだ。「次のお客様入りまーす」という若い男性の声で、ここがお化け屋敷の裏側なのだと分かった。
「とりあえず水持ってくるから、寝てなさい」
私の意識がハッキリしたのを感じ取った女性が、バタバタと和室を出ていく。他の女性も「とりあえず、安静にね」と言い残して部屋を出ていった。
きっと持ち場に戻るんだろう。そう思うと、仕事の邪魔をしてしまったようで申し訳ない。
間近で話し声がしたせいか、彰がうぅーんと声をあげ、ゆっくりと目を開いた。
周囲をきょろきょろと見まわして状況を確認している彰を、未だにぼんやりした思考のまま眺める。
「……全員無事みたいだね……」
さすが彰というべきか、私よりも早く状況を飲み込んだらしい。
上半身を起こすと、両手を開いたり閉じたりして、体の調子を確かめている。その後、横でぐっすり眠っている香奈の肩を揺さぶり起こす。
起こされた香奈は私と同じくぼんやりと宙を見つめていたが、気絶前の状況を思い出したのか、急に焦った様子で周囲を見渡した。
「大丈夫。もう安心みたい。あの黒いやつもマーゴが食べてたし」
あっ食べたんだ。ていうかそれ彰見たんだ。とは口に出して言えなかった。事細かに詳細を語られても困る。見なくて済んだんだから、知らないままにしておきたい。
「マーゴさんが食べた……。でも、じゃあ……ブラートは……?」
香奈が不安げにそう呟いたとき「あっ目覚めたんだ」という声とともに、マーゴさんが顔を出した。あまりにも普段通りの口調なため、一瞬私は何もなかったのでは。さっきまでのは夢だったんじゃと混乱した。
だが、隣の彰を見ると「てめぇ。知ってること全部はけ」というヤクザみたいな顔で睨みつけているので、夢ではないらしい。
彰の殺気のこもった視線に引いたマーゴさんが、部屋に入りかけていた動きをとめ、一瞬逃げたそうな顔をした。それにより、逃がしてなるものかと増した彰の怒気で、渋々靴を脱いで上がってくる。
こうなると可哀想だ。
「体調どう? 瘴気にあてられたのも短い時間だったから、すぐに回復すると思うけど」
「瘴気……?」
日常会話みたいに専門用語を出されても、こちらは理解できない。
首を傾げると「あっ通じないんだ」とマーゴさんに驚いた顔をされた。驚いているのはこっちである。
「ああいう、魂が混ざって原型をなくした悪いモノっていうのは、生きてる人間は近づくだけでも毒なんだ。君たち、魂の質が高いから余計に悪いモノに敏感であてられやすいんだよねえ。気をつけた方がいいよ」
にこりと笑ってアドバイスされるが、何をどう気を付ければいいのか。彰ですらきつそうだったのに、一般市民である私がどうこう出来るはずないだろ。
案の定彰も眉間の皺を深くしている。「何度も経験して慣れれば、何とか……」とごり押しで何とかしようという恐ろしいプランが聞こえた気がするが、触れないでおこう。
可愛らしい外見のわりには、脳筋思考なのはいかがなものか。
「ていうか、何であんなものが普通のお化け屋敷にくるわけ。おかしいでしょ」
鈍っていた頭の回転がやっと通常運転に戻ったのか、彰が怒気を隠さずマーゴさんをにらみつける。
今回に限っては私も同意なので止めない。助けに来てくれたことは感謝するが、タイミングからいって、というかクティさんの存在を考えると、出るのが分かっていて放っておいたのは間違いない。
何がいい道だ。どう考えても悪い道だろうが、あの野郎。
「いや、落ち着いて。ボクだってクティさんから直前に言われたんだから。あのタイミングでいったら、まずいけど量は食えるぞって」
「私たちを助けろ。じゃないんですか……」
あくまで食事の提案か。確かにクティさんは人間に対しては冷たいし、マーゴさん贔屓だけど、それにしたってひどすぎる。私たちは食事のダシに使われたってことか。
「勘違いしないでほしいけど、クティさんやボクが狙って呼んだわけじゃないからね。まあ、きちゃった条件にボクたちも入っているのは確かだけど……」
最後の言葉は、おもいっきり目をそらしながらマーゴさんはいった。どういう意味だとにらみつけると、彰が不満げに鼻をならした。
「マーゴにクティ、僕、カナちゃん、ナナちゃん。ってあいつらからすれば上質な餌が一か所に集まったうえ、暗いし恐怖の感情が渦巻いてるっていう動きやすい環境がそろっちゃったわけね」
「そういうこと」
彰の言葉にマーゴさんがさすがというように手をたたいたが、彰は不機嫌な一睨みで黙らせた。今回に限っては、いいぞ。もっとやれ。って心境だ。
「上質な餌……?」
「君たち自覚ないだろうけど、カナちゃんもナナちゃんも汚れてないし、純度高い魂してるんだよ」
彰の言葉に私と香奈は自分の胸の辺りを見る。見たところで魂なんて見えないし、胸のあたりにあるかなんてわからないが、あるとしたらそこら辺だろう。お腹とかにあったら何となくがっかりだ。
「ああいう、混ざって自我を失った存在からすると、汚れてない綺麗な魂って羨ましいの。だからどうにか取り込もうとするんだよ。今更そんなの取り込んだって、元に戻れるわけじゃないのに」
「……あの黒いのって……?」
「現世にとどまり続けた執着の成れの果て」
恐々聞いた香奈の言葉にマーゴさんがあっさり答える。マーゴさんにとっては当たり前のものらしい。食べ物だと考えると当然だが、改めてあんなの食べるのかと気分が悪くなってきた。
「現世にとどまり続けると、消えるんじゃないんですか?」
香菜の言葉で、そういえば唯ちゃんの時に聞いた話と違うと気づく。
どういうことだと不満を込めて睨むと、マーゴさんは困った顔で頬をかいた。
「だいたいの場合は消えるんだけど、執着が強いと残っちゃうのもいるんだ。残っても魂は壊れてるから、人の形は上手くとれない。けど輪廻転生の輪にも入れないから、現世を漂い続けて……寂しさのあまりにああやって、似たような存在どうして固まって混ざっちゃうんだよ」
「つまり、あれは一人じゃないってことですか?」
「そう。時代も性別も人種も超えた、複数の人間の成れの果て」
一瞬視界にうつった、沢山の顔と手足を思い出してゾッとする。
私の反応を見た彰が眉を吊り上げ、一言「忘れなよ」と厳しい声を出した。
私だって一秒でも早く忘れたいが、あのおぞましい姿は一瞬だろうと記憶にこびりついて消えてくれない。しばらくはうなされること確定だ。今回は私が香菜に一緒に寝ようという番かもしれない。
「あれが来ちゃった理由は分かったけど、あれのどこがいい道? あのパッションピンク野郎。頭までピンクなの」
一瞬彰が何をいっているのかわからなかったが、遅れてクティさんのことだと気づいた。マーゴさんは肩をふるわせて「パッションピンク……」と呟いている。ツボにはいったらしい。
確かに初対面の時に着ていたピンクは印象に残るけど、ピンクに罪はない。着ていた奴が罪深かっただけだ。
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