お化け屋敷にいこう⑦

「うーん……クティさんのいい、悪いって判断はその時いい。ではなくて、将来的にいい。だから、今の段階では最悪な道だったりするんだよね」

「はあ……?」


 笑い終わったマーゴさんから告げられた事実に、私たちの目は点になった。

 なんだそれは。詐欺ではないか。


「いや、ほんと将来的にはいいんだよ。今回苦労した分、未来は明るい。君たちの将来はバラ色って言ってもいいんだよ。ほんとだから!」


 だんだんと剣呑になっていく彰の視線に、マーゴさんが大慌てて両手を振り、体全身を使ってアピールする。必死だ。

 ここまでくるとマーゴさんが哀れになってきた。事の元凶であるクティさんは説明責任を放棄して、未だに怪しい占い師の真似事をしているのだろう。

 今度リンさんにチクってやろう。


「……じゃあ、悪い道いってたら何もなかったわけ……?」

「詳しくは聞いてないから分からないけど、普通にお化け屋敷を楽しんで帰ったんじゃないかな」

「お化け屋敷を楽しむって……何もなかったけど」


 いくら歩いても真っ暗な空間が続くだけ。おどかし役もいなければ、おどかす罠もない。不安はあおられたし、最後には本物の化け物が登場したわけだが、それはあくまで偶然だ。お化け屋敷としては成り立ってないのではないか。


「いい道を君たちが選んだ時点で、おどかし役のスタッフは撤退してたし、仕掛けも撤去してたんだよ。危ないから」

「……はあ?」


 思わず彰と似たような声が出た。私まで剣呑な視線を向けたことで、マーゴさんがダラダラと冷や汗を流し始める。

 あさっての方向を向きながら「クティさん……この事態も分かってたな……」というつぶやきがもれた。

 そこについてはマーゴさんに同情の余地はあるが、元凶がいない今、鬱憤を晴らせる相手はマーゴさんしかいない。大人しく私たちの怒りを受け止めるべきだ。


「えっと……事前に、君らが来た場合は大物くるから、逃げるって打ち合わせされてて……、ボクが助けにくるのも、君たちをここに連れてくるのも打ち合わせ通りっていうか……」

「商店街の人たちと連携取れすぎだろ……」


 彰の呆れた声に私も同意する。それを当たり前に出来るということは、本当に昔からマーゴさんやクティさんという存在は、この場所に溶け込んでいたようだ。

 まさかの人外を商店街PRに有効活用するとは、ここの商店街の人たち図太い。


「もともとこのあたりは、山の主がいることもあって、俺たちみたいな存在に寛容というか……慣れてるというか。地元民だと、あーいるよね。そんなの。って空気あるんだよねえ」


 マーゴさんの言葉に地元民の筆頭である吉森少年の姿が浮かんで、たしかに。と妙な納得をしてしまった。寮母さんもそうだし、小宮先輩もどこかずれてるし、このあたりの人間は皆そんな感じなのかもしれない。

 恐ろしい……。改めて私はなんてところに来てしまったんだと自分の体をさすった。


「あの……じゃあ、ブラートは?」


 大人しく話を聞いていた香奈が、ついに耐え切れなくなったといった様子で声をあげた。必死な様子から見て、真っ先に聞きたかったのを我慢していたというのが分かってしまう。

 色々と気になることが多すぎて意識の外に出ていたが、気を失う寸前、確かに私は香奈に寄り添うゴールデンレトリバー――ブラートの姿を見た。


 マーゴさんはブラートという言葉がピンとこなかったらしく、首をかしげて私たちを見ている。その反応を見て、見間違いだったのかと香奈が落胆した様子を見せた瞬間、


「カナちゃんが探してたらしいゴールデンレトリバーだったら、今も隣にいるよ」

 彰がマーゴさんに向けていたとは違う、優しい目で香奈、そして香奈の隣の空間を見つめていった。


 香奈は目を見開いて、彰が見ている場所を見る。私も見るが、見えるのは畳だけ。それでも彰が無意味な嘘をつくとも思えないので、たしかにそこにブラートはいるのだ。


「あー、ブラートってその守護霊のこと?」

「守護霊?」


 マーゴさんが納得いった様子でいった言葉に、今度は私が驚いた。


「人間には守護霊が一人はついてる。って話きいたことない? 香奈ちゃんの場合は、その犬みたいだね。転生しないですぐ守護霊になったってことは、香奈ちゃんが相当好きだったんだろうねえ」


 マーゴさんは微笑まし気にそういって、香奈とブラートがいるであろう空間を見つめる。香奈は泣きそうな顔で、彰とマーゴさんが見つめる空間をじっと見つめた。


「……ずっと、隣にいてくれたの?」


 香奈が呼びかけても当然ながら返事ない。いや、返事をしているかもしれないが、私と香奈には聞こえない。それでも、生前と同じくしっぽを大きくふったブラートが、ワンッと鳴く姿が、私の脳裏に浮かんだ。


「カナちゃんが心霊スポットいっても無事だったのは、ブラートが守ってたからなんだね」

「ブラートが……?」

「ナナちゃん、ここ危ないなって思ったとき、犬の唸り声聞こえなかった?」


 彰の言葉に私は頷く。何だか嫌な気配がするときは、必ず犬の唸り声が聞こえた。その声を聞くと、帰らなきゃと強く思って、香奈を半ば引きずるようにして帰ったことだってあった。


「その子、今はおとなしくカナちゃんの隣にいるけど、危なかった時はずっと唸ってた。カナちゃんとナナちゃんに危険を教えてたんだよ。たまたまナナちゃんの方が聞こえる力があったから、直感とあわせて危険を回避できてたんだね」

「じゃあ、彰は最初からブラート見えてたの」

「たまにね。守護霊って常に見えるものじゃないから。だいたいは危険な時。前にハッキリ見えたのは子狐様のとき」


 なら教えてくれてもという視線を向けると彰は肩をすくめた。


「あなたの守護霊は犬ですね。とか急に言われても、はあ? ってなるでしょ。カナちゃんが飼い犬探してるなんて話知らなかったし」


 もっともすぎる反論に、私は何も言い返すことができなかった。

 私だって、あなたの守護霊は百年前になくなったご先祖様です。なんて言われても何言ってんだこいつという感想になる。

 ピンチの時しか現れない。そのうえ見えないのであれば、わざわざ本人に教える必要もないという彰の考えは正しい。


「瘴気の中でも香奈ちゃんが僕らよりも平気だったのは、その子が守ってくれたんだよ。だから皆気絶ですんだ。最悪なパターンだと生きたまま仲間入りだからね」


 笑顔でさらりと怖いことをいうマーゴさん。

 私は改めてブラートに感謝せねばと、彰の視線の方向へと体を向けた。彰も同じことを思ったのか、顔をしかめてブラートがいるらしい方向を見ている。


「……香奈、会わなくていいの?」


 マーゴさんの赤い空間なら、守護霊であるブラートにも会えるかもしれない。

 そう思って私は香奈に問いかける。マーゴさんが否定しないということは、私の考えは間違いではない。

 彰はちらりと私を見て、それからブラートがいる場所を見つめている香奈へと視線を移した。


「……いい」


 しばらく間を開けてから、香奈はゆっくりとそういった。じっと一点を見つめていた視線を私へ向け、晴れ晴れとした笑顔を浮かべる。


「隣にいるって分かったから、十分」


 そう香奈が言った瞬間、嬉しそうな犬の鳴き声が聞こえた気がした。彰とマーゴさんが目じりをさげたから、聞き間違いではない。

 その一声だけは香奈にも聞こえたのか、香奈は目を見開いた。それから、本当に嬉しそうに笑った。


「七海ちゃん。遠くって、隣のことだったんだね」


 この日香菜は、幼い頃から探し求めた答えを、やっと見つけたのだ。

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