お化け屋敷に行こう④
クティさんと別れてからも、これといった変化はなかった。おどかし役がいるわけでも、仕掛けがあるわけでもない。ただ真っ暗な廊下を進む。
真上で光る蛍光灯は青白く、切れかかっているのか着いたり消えたりを繰り返す。それだけで何もないのに勝手に怖くなってくるのだから、灯りとは本当に大事なものだ。
いつもだったら私にぴったりくっついてくる香奈は、先ほどから何か考えているようでずっと下を向いている。おそらくというか、確実にクティさんの言葉の意味を考えているのだろう。
そんな香奈の様子を、前を歩く彰も気にかけていた。彰なりに心配しているようだ。前を歩いているのも、私たちを守るため。直接言いはしないが、彰は態度とは裏腹に人に対して甘い。
きっと今回のお化け屋敷も、最初から香奈を元気づけるつもりだったのだ。
何もなければそれでいい。何かあってもオカルト好きな香奈なら、気持ちを切り替える切っ掛けになるかもしれない。そう彰は思ったのかもしれない。
どうしよう。と悩んで動けない私に比べると、彰はいつだって行動的だ。
そう考えると悔しいような、頼もしいような。複雑な気持ちになって、私は顔をしかめた。
「前々から思ってたんだけどさあ……」
いくら進んでも暗いだけで何の変化もない現状。いい加減それに飽きたらしい彰が、足を止めて振り返った。この空間には、私たち三人しかいない。話をするにはちょうどいい。そう思ったのかもしれない。
「カナちゃんって、何でオカルト好きなの?」
「え?」
彰の急な質問に、考え事をしていた香奈は顔を上げ、目を丸くした。
いまさらとも言える質問だが彰からすれば疑問だろう。幼馴染の私でさえ、何でそこまでと常日頃から思っていたのだから。
何度か聞いたことはあるが、気になることがあってとしか香菜は答えなかった。その時の言葉と表情がやけに真剣だったため、私もそれ以上聞くことができなかった。
その結果が今だとすれば、そろそろ私も踏み込むべきなのかもしれない。
「何で……」
彰の問いかけに香奈は戸惑った顔をして、視線を泳がせる。
自分の中の答えを整理しているのか、単純に言いたくないのか。それは分からないが、なかなか口を開かない。
「だってさあ、普通に考えたらカナちゃんの性格とオカルト。ホラー。って結びつかないじゃない。怖がりで引っ込み思案、人見知り。それなのに、何でオカルト関連だけ行動的? 前から実は気になってたんだけど、聞く機会がなくてさ」
彰のいうことはもっともだ。香奈の性格、印象とオカルト好きという特徴はどうも結びつかない。
噂話を聞いて心霊スポットに行っても暗闇で驚いて、びくついていた。参考資料といってホラー映画を見ても、私の服を掴んで離さない。怖い噂を耳にすると寝れないから、一緒に寝てといってくる。
行動がちぐはぐだ。何で怖いのに見たがって、探しまわるのか。ふだん怖がっているのに、いざ本物の心霊現象に遭遇すると目を輝かせるのもよく分からない。
物心ついたころからの付き合いだが、オカルトに関する香奈の考えだけは理解できたことがない。
その答えが今日分かる。そんな期待もあって、私は下を向いて考えを整理しているらしい香奈をじっと見つめた。
「……私……大きな犬と一緒に育ったの」
しばらくして呟かれた言葉は、その場にも、彰の問いにも全くかみ合わないものに思えた。彰がきょとんとした顔で香奈を見つめている。私は何を言い出すんだと眉を寄せていた。
だが、香奈はあくまで真剣な様子で、ぎゅっと両手を胸の前で握り締めた。
「お父さんとお母さんが犬好きでね、お母さんが飼っていた犬も一緒に嫁いだんだって。その犬が私にとってはお兄ちゃんみたいな存在で、物心ついたときには側にいたの」
香奈の小さな独白に、私は記憶の蓋があくのを感じた。
小さい頃、たしかに香奈は大きな犬と一緒だった。たしかゴールデンレトリバーという犬種だったその子は、大人しくて、ふわふわの毛並みをしていて、遊ぶ香奈と私を少し離れた場所でいつも見ていた。
それでいて香奈や私が危ないことをしようとすると、いつの間にか前にいて邪魔したり、後ろから吠えるのだ。それはやっちゃいけないこと。そう教える姿は確かに、兄のようであった。
記憶の奥にしまわれていたあいまいな記憶が、だんだんとハッキリしたものになる。懐かしい。そう思うと同時に、私は思い出したくない感情を思い出す。
香奈の兄として育ったあの子は……。
「でもね、私が五歳のとき、あの子は遠いところにいっちゃったの」
泣きそうな顔で香奈はさらに両手を握り締めた。
香奈の表情と言葉で、当時のこと思い出した私は下を向いた。
ある日香奈の家にいくと、いつもだったら誰よりも先に出迎えてくるあの子が出てこなかった。鳴き声も聞こえない、姿も見えない。不思議に思った私が香奈のお母さんに聞くと、お母さんは言った。
あの子は遠いところに行ったのよ。と。
「その時の私はまだ小さくて、死ぬってことがよくわからなかった。お母さんに遠い所って言われて、私は言葉通りに受け取って、あの子を探しに行ったの」
香奈が一日、行方不明になったことがった。
香奈の両親が血相をかえて私の家に飛び込んできて、香奈を見ていないかと叫んだからよく覚えている。事情を聞いた私の両親も慌ててどこかに電話したり、車を出したり。あっという間に騒ぎになった。
私はその状況がよくわからず、ただ何か大変なことが起こった。それだけを察して、母の「大人しく家で待っててね」という言葉を守って家で待っていた。
様子を見に来たおばあちゃんと一緒に遊んでいたのだが、その日は一日落ち着かない気持ちだったことを思い出す。
夕方ぐらいに見つかった香奈は泣いていた。どこかで転んだのか膝はすりむいているし、いつも綺麗に結われていた髪もぐちゃぐちゃだった。けれど、香奈はすりむいた膝が痛くて、一人が心細くて泣いていたわけではなかった。
見つからない。どこにもいない。遠くってどこ? どこにいったら会えるの? そういって、お母さんに抱き着いて泣いていた。
私はその姿を、母の手を握り締めながら見ていた記憶がある。
わんわんと泣き続ける香奈。いつもは香奈の泣き声を聞くとすぐにやってきて、泣かないでというように香奈にくっついて顔をなめてくれたあの子は、いくら香奈が泣いても来なかった。
それで香奈は余計に泣いた。私もわけがわからないのに涙が出た。
「その後も私はあの子が死んだって理解できなくて、あの子を探し続けたの。もしかしたら迷子になってるかもしれない、探さなきゃって両親をずいぶん困らせた」
今まで忘れていたのが嘘みたいに、鮮明になった記憶。私はあの時のことを思い出して泣きたくなった。
当時の私は香奈と同じく死というものを理解しておらず、あの子が死んだと気付いたのはそれからしばらくたってからだ。
理解すると同時に、もう一生あの子には会えないんだ。そう気づいてしまって、寂しさを埋めるように忘れたのだ。
けれど香奈は、あの時から一度もあの子の事を忘れられなかったんだ。
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