お化け屋敷に行こう③

 半ば無理やり押し込められたお化け屋敷の入り口は、予想通り暗かった。

 外から「三名様ごらいてーん」というお化け屋敷としてはおかしい、マーゴさんの明るい声が聞こえる。どう考えても面白がっている。クティさんに比べたらよい人だと思っていたのに……。裏切られた気分だ。


 それでもここに来て引き返すわけにもいかない。私はとりあえず、予想以上の暗闇で驚いている香奈の手を取り、前を見る。

 最初は何も見えなかったが、少しずつ目が慣れ、周囲の状況が見えてきた。

 浮かび上がったのは暗幕で囲まれた狭い空間で、入り口はこちらと妙にさびれた看板が行き先を示していた。これは手作りなのか。商店街の人たち気合入りすぎでは。


 私が顔をしかめている間に、きょろきょろとあたりを見回していた彰が歩き出す。その動きに一切の迷いがないのを見ると、ここには本物はいないようだ。

 と一瞬安心したが、彰ならば本物がいたとしても動じるはずもない。幽霊なんて彰にとっては、通行人Aくらいの立ち位置だ。


 早くも疑心暗鬼に陥って固まっていると、手をつないだ香奈が私の服を軽く引っ張った。彰君いっちゃったよと視線と手でジェスチャーする姿を見るに、暗闇には慣れたようだ。

 そうなると、私が立ち止まっている理由もなくなる。仕方ないので彰に続いて、真っ暗な狭い空間を進み始めた。


 私たちを置いて先に進んでしまうかと思った彰は、少し進んだ角でまっていた。というかと止まっていた。


 彰の目の前には「運命の導き」と胡散臭い文字がかかれた、これまたさびれた看板がかけられている。その看板の下には薄汚れたドア。

 ここに入れということだろうとは分かるのだが、正直いって入りたくない。


 だが、ここまで一本道。左右には抜けられる場所もない。見事に暗幕で囲まれた空間は、天井にかろうじて青白い蛍光灯があるだけ。今のところ脅かし役の人間すらいない。

 それでも真っ暗な狭い空間というだけで、不気味さは進むごとにましている。何もないからこそ、いつ脅かされるのだろうという恐怖が増す。思ったよりもこわい演出だ。


「ドア開けちゃっていい?」


 私というよりは香奈に、彰は問いかける。いつもの彰だったら遠慮なく開けただろうが、今回は香奈を元気づけるためという目的があるため少しは気を使ったらしい。


 お化け屋敷で元気になる女子高生とはいかがなものかと思いつつも、香奈のテンションは確実に上がってきている。

 暗闇でもわかる輝く瞳で、大げさなほどに頷く香奈を見るとたまには彰もいい仕事をすると褒めたくなった。口に出したら嫌味か罵倒。または両方が返ってくるので黙っておくが。


 彰がドアノブを回すと、ギィという鈍い音がしてドアが開く。わざと立て付けを悪くしているのか開きにくいようで、彰が眉を寄せている。

 ゆっくりと開いたドアの隙間から、白い煙があふれ出てきた。ドライアイスだろうか。ほんとに商店街の皆さん気合入りすぎだろと呆れてしまう。


 隣の香奈は緊張と期待をないまぜにした表情で、じっとドアの向こうを凝視している。香奈が楽しんでいるならいいかと開き直った私が前を向くと、ちょうどドアが開き切り、部屋の全貌があらわになった。


 思ったよりも狭く小さな部屋だ。

 部屋の中央には真っ赤なテーブルクロスがかけられた丸テーブルが置かれ、大きなろうそくが二本、左右に置かれている。それがこの部屋の唯一の光源であり、ゆらゆらと揺れるろうそくの炎が、部屋の中を漂う白い煙を照らして、独特な雰囲気を造り上げていた。


 そんな空間に一人、ローブをかぶった人間が座っていた。すっぽりとローブをかぶっているせいで、性別すらわからず、テーブルの上に置かれた水晶に手をかざしている姿は、古典的な怪しい占い師。

 不気味なのは確かだが、お化け屋敷と占い師という謎の組み合わせに、私は眉を寄せる。


 運命の導き……。ここで占い聞いて、道を選んでねってことか。

 と遅まきながら脳が理解したところで、部屋の左右に入ってきたと同じく、さびれたドアがあることに気が付いた。


「……どっちの道を選ぶか、占い師に聞け。ってこと?」


 私と同じ結論に行き着いたらしい彰が、あきれた顔をする。

 何でわざわざここで分岐点? 一本道で長距離歩かせた方がいいんじゃない? と思う私がドライなのか。


 ほんとに商店街の皆さん。何考えているの。と私が呆れていると、沈黙を保っていた占い師らしき人影が顔を上げた。

 予想外の動作に香奈がビクリと体を硬直させる。私もこれは演出なのか!? と驚いていると、占い師らしき人間がじっと彰、私、香奈を順番に見つめているのが分かった。

 目深にかぶったローブと暗闇のせいでいまだに顔が見えず、意図も分からない。何だ、何が起こるんだと私が香奈をかばいつつも警戒していると、突然占い師が深々とため息をついた。


「えぇ……まじかよ……ほんとに来たし……」


 思ったより若い男の声が占い師から発せられて、私は拍子抜けした。占い師といったら老婆というのが一般的イメージだ。男性の占い師は聞いたことがない。

 しかも、その声に聞き覚えがあるというか……。


「……クティ?」


 彰がつぶやいた言葉に私は「ああ!」と思わず声をあげた。

 「バレるよなあ……」と呟いた占い師は、先ほど以上に大きなため息を吐き出しながら、フード部分をずらした。

 フードの下から現れたのは、暗闇効果をぬきにしても疲れ切ったクティさんで、何でお前らがくんだよと不満をあらわに私たち、主に彰をにらみつけている。


「マーゴもいるから、もしかしてとは思ったけど」

「ここには昔からよくしてもらってんだよ。潰れられると俺たちも困るんでね」


 ふてくされた口調でそういうと、クティさんはテーブルに肘をついた。完全に職務放棄である。


「そういうなら、もう少しやる気を出した方が……」

「ネタしってる人間に何を本気でやれと。意味もなく水晶玉見てるふりすんのも疲れるし、そもそもこの恰好あちぃし、ねえだろ! 全身真っ黒とかどこのリンさんだよ!」


 クティさんはそういうと、忌々し気にローブの胸元を引っ張り手で仰いで空気を送る。見ただけでも重たそうだし、熱そうだが、着ると本当にそうらしい。

 ピンクのジャケットなんて着ているクティさんからすれば、全身真っ黒というのはファッション的にはいただけないらしい。

 ピンクもどうかと思うが。


「リンとお揃いって考えると、屈辱的だね」


 彰はリンさんと一緒という点に対して同情したらしく、いつもよりもクティさんに向ける視線が生暖かい。

 そこまで嫌われるようなことをリンさんはしたのだろうか。と考えたところで、日下先輩事件の一連の流れを思い出し、あれは嫌われるなと納得した。

 短い付き合いだが、悪いところしか思いつかない。


「で、どっち行きたい? いい道と、悪い道」


 クティさんはテーブルに肘をついたまま、面倒くさいという態度を隠しもせずに私たちに問いかける。

 いや、私たちというよりも、視線は真っすぐに香奈に固定されている。香奈が戸惑った顔をするのにも構わず、クティさんは言葉をつづけた。


「ここに来たのはお前のためだろ」


 ここに来るまでの流れを知っているかのような言葉に私は目を見開くが、考えてみれば分岐が見えるクティさんには当然の事だ。

 先ほどの、本当に来たという言葉からも、来る分岐をクティさんはあらかじめ知っていたのだろう。知っていたうえであの反応だったのは、単純に会いたくなかったのだ。

 主に彰に。


「職務放棄もいい加減にしてよね。君の役割は運命の導き。ちゃんと導いてくれなきゃ、こっちだって選びようがないでしょ」

「選びようがないって、簡単でしょう。いい道と悪い道っていってるんです。それだけで情報としては十分」


 彰の言葉に、最低限の敬語でクティさんが答える。それで敬ってるつもりなのか。適当すぎるだろと私は思うが、彰も同じようなことを思ったようで、眉間の皺が深まっている。


「えっと……もっと具体的に教えてもらうことは……?」


 選択肢を与えられた香奈が恐る恐るクティさんに話しかけた。つないだ手に力が入っているし、かすかな震えが伝わってくる。

 香菜の中でクティさんは、苦手な人に分類されてしまったらしい。それでも聞かなければと勇気を振り絞る姿に成長を感じて、私は頑張れという言葉の代わりに香奈の手を強く握り返した。


「具体的になあ……聞いてどうする?」

 そんな香菜の頑張りを前に、クティさんがあくまで愉快気に香奈を見返す。


「たとえば悪い道に、お前が日頃から見たがっている本物の幽霊がいます。って言われたら、お前はいい道選ぶか?」

「えっ……」


 クティさんの言葉に、香奈の瞳が大きく揺れた。


「今までのお前だったら、すぐ選んだだろ。悪い道。それで隣にいる幼馴染がどれだけ苦労しようと、危ない目に会おうと選んだだろ? だったら、知らねえほうがいいんじゃねえか。知らずに、いい道。そう聞かされた方歩いた方が、お前にとっても幼馴染にとっても平和じぇねえ?」


 クティさんは楽し気だ。追い詰めた得物をじわじわと追い詰めるように、目を細めて香奈の動向を伺っている。

 私はとっさに香奈をかばおうとした。それよりも先に、香奈がつないだ手を強く握りしめる。大丈夫。そういうように。


「たとえ、悪い方に私が見たいものがあったとしても、いい方を選びます。誰かを傷つけてまで自分の願いを叶えたいとは思いません」


 いままでの香奈にはない、強い意志を感じる声と目だった。いつも私の後ろに隠れてびくついて、オカルトの時だけ目を輝かせる。そんな香奈は、もうそこにはいなかった。

 流されるのではなく、自分の意思でよいものを見定め選ぶ。そんな強い決意が現れた表情に、彰が驚いているのが見える。

 きっと私も似た反応をしているのだろう。


「ふーん、そうか……お前はそれを選ぶか……」


 クティさんが目を細めて、意味深につぶやいた。いいのか? お前はそれで本当に後悔しないか? と追い打ちをかける姿は本当に意地が悪い。

 道が分からず迷う人間を上から見下ろして楽しんでいるような、性質の悪さ。

 実際クティさんからすれば、私たち人間はバカにしか見えないのだろう。答えは明らかなのに悩み苦しみ、真逆の道を選んだり、正解を選んでも正解だと気付かなず戻ったり。そんな姿を見てきたクティさんが「人間ごとき」とバカにするのは、自然の流れなのかもしれない。


 それでも、今の香奈だけは馬鹿にしてほしくない。そう思って私はクティさんをにらみつけた。香奈は今日大きな一歩を踏み出した。分岐が見えなくても、答えが分からなくても、それだけは分かる。それを誰にも邪魔してほしくない。


「では、お客様はそちらのドアをどうぞ」


 急にかしこまった言い方をしたクティさんが、笑顔を浮かべて私たちからみて右手のドアを指示した。

 私の威嚇は完全に受け流されている。


 作り笑いだと丸わかりの笑みを浮かべたクティさんを見ると、本当にそっちが良い道か? と疑問に思う。口に出さず態度で不信感をあらわにしたがクティさんは胡散臭い笑みを浮かべるばかり。

 

 これは説明する気全くないなと気付いた私は息を吐き出し、ドアの方へと進む。どういう結果にしろ、進んでみなければわからない。いざとなったら彰が何とかしてくれるだろうし、後でリンさんにチクってやろう。


「あっそうだ、ちゃんと選んだ子には特別サービス」


 笑顔をひっこめ、ニヤついたクティさんがフードをかぶり直しながら上機嫌にいう。胡散臭さにどんどん拍車がかかっているが、ここまできたら最後まで聞いてやろうと私は足を止めた。

 彰も似たような気持なのか、ドアノブに手をかけたままクティさんを振り返っている。直接声をかけられた香奈だけが戸惑いつつも、どこか緊張した面持ちでクティさんを見返す。


「お前が探してるものだけどな、答えは身近にあるぞ」

「えっ……」


 クティさんの言葉に香奈は一瞬ぽかんとした後、意味を理解するにつれて目を見開く。話を黙って聞いていた彰が、何の話? と私に視線で訴えかけてくるが、私もクティさんがいっていることの意味わからない。

 香奈が何かを探している。そんなのは初耳だ。


「お前は探すのに夢中になりすぎて、肝心なところ聞いてねえし、見てねえんだよ。遠くばっかりみすぎだ、物を探すならまずは手の届く範囲からだろ」


 クティさんはそれだけいうと、フードを完全にかぶり、テーブルの下に手を伸ばした。何かを押した動作の後、ブーっという呼び出し音のような音が響く。おそらくはこれが次のグループを呼ぶ合図なのだろう。


 ドアの前で固まっている私たちに、散れ。と手でジェスチャーするとほぼ同時、クティさんの背後から白い煙が噴き出される。

 どういう仕組みだと私は何度目か分からない疑問を抱きつつも、これ以上ここにいると次の客と鉢合わせしそうなので、渋々ドアへと近づく。


 彰が先にドアを開けて薄暗い廊下へと歩き出す。その後に続きながら香奈を振り返ると、香奈は何かを考えるようにじっとクティさんを見つめていた。

 クティさんはそんな香奈の視線に気づくと、ドアが閉まるギリギリのタイミングで笑っていった。


「今回の選択は正解だ」

 

 声が終わるとほぼ同時に、音を立ててしまるドア。

 狙ったとしか思えないタイミングと言葉に、人外ってこれだから……。と私はため息をつくほかなかった。

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