お化け屋敷に行こう②
学校のふもとにある商店街。
ショッピングモールの登場により客足が遠のき、古くから続く店舗は軒並み廃業の危機に陥っている。ということはこのあたりの出身ではない私でも、容易に事情が想像できる。
実際、彰に肝試しのチラシを見せられるまで商店街というものがあったことすら知らなかった。買い物に行くなら駅前か、隣駅の大型ショッピングモール。近場の商店街に行く機会も、知る機会もない。
そういった現状をどうにかするため、とにかく人を集めようという理由で始まったのが、今回のイベントなのだろう。商店街に寄り付かない若い世代の確保を狙うのであれば、悪くない手段のように思える。
その後、固定客になってくれるかは商店街の人の努力によるだろうが、とりあえず人を集めるという点では成功だ。
お化け屋敷とチラシと同じくおどろおどろしい字でかかれた看板の周辺に、同世代の子達が集まっているのを見て、私はそう確信した。
「思ったより、いっぱい人がいるね」
香奈もこんなに人がいるとは思っていなかったらしく、目を丸くしてお化け屋敷前の人だかりを見ている。
お化け屋敷といったら暗がりだろうし、動きにくい服装だと困るだろう。ということで、Tシャツにパーカーという雑な恰好。そんな私とは違い、香奈は七分丈のパンツに夏を意識した薄目のブラウス。
女子力の高い幼馴染の服装に、女として気にならないわけではないのだが、香奈と同じ格好をしても似合わないのは実証済みだ。何しろ身長も違えば、顔立ちも違う。
女よりも男の恰好をした方が似合う。そう言われて腹が立ったことも多いが、事実だから反論できないのがさらにイラつく。
制服ではない可愛い恰好をした香奈は目立つらしく、ちらちらと同学年らしい男の視線が集まっていた。
だが香奈から隣にいた私に視線がうつると、一様に顔をしかめる。
なんで? と私が疑問に思っていると「可愛い女の子とイケメン男子のカップルだ。いいなー」という女子の声が聞こえてきた。そんなベストカップルがいるのか。どこだと視線を動かすと、女子たちは明らかに私と香奈を見ている。
まて……可愛い女の子は香奈として、イケメン男子は私か!
ってことは、さっき男たちに顔をしかめられたのは「なんだ、彼氏持ちか」ってことか!
納得いかない!
「なに一人で百面相してんの。注目あびてるんだけど」
この不条理にたいして、私はどうすればいいんだと内心でうめいていると、背後から聞き慣れた声が聞こえた。
その声が聞こえたと同時、周囲の視線が一斉に声の主に集まった気配がした。
さすが、見た目だけは美少女なだけある。
声で誰だかわかった私は、そう思いながら振りかえる。予想通り、周囲の視線を一身に浴びた彰がそこに立っていた。
邪魔だからか、長い髪を今日はポニーテールにしている。男子制服を着ていても女に見えるというのに、髪までアレンジされると完全に女の子だ。
パーカーにホットパンツ。黒のレギンスとシンプルな格好なのだが、それ故に彰の本来もつ整った容姿が強調されている。
どこからどう見ても活動的な美少女だ。私と香奈以外に彰を男と認識しているものはこの場にいないだろう。
さきほどまで香奈チラチラ見ていた男集団は、頬を染めて彰に見とれているし、女子たちからも「可愛い」という声が聞こえる。
だが、一言だけで周囲の視線をかっさらった本人は周囲に興味はないようで、つかつかと私と香奈のところに歩み寄ると上から下まで私たち二人を観察した。
「カナちゃんは今日もかわいね。ナナちゃんはもっとお洒落気にしたら。若いからって気を抜いてると、あっという間にふけるよ」
カナに微笑みかける姿と、私を罵る姿の差が激しい。
話を聞いていた周囲の女子の何人かが、真顔で自分の服装を確認した。おそらくは私と同じく、妙な焦りを感じたのだろう。
「……べ、べつに……モテたいわけじゃないし」
「何いってんの。お洒落はモテるためじゃなくて、自分を磨いて輝かせるためにするの。流行とか異性受けなんて意識しなくても、自分を輝かせる恰好をすれば勝手にモテるんだよ」
彰がいうと妙な説得力があり、私は何も言えずに口をつぐんだ。今度は女子だけでなく、男たちも真顔で自分の恰好を確認している。
彰の影響力はすさまじい。
「ナナちゃんのファッションセンスをどうにかするのは、またの機会で。今日の目的はお化け屋敷」
彰はそういうと改めて「お化け屋敷」と書かれた看板に向き直った。
両手を腰に当て、挑戦的な視線で看板を見上げる彰は妙に楽しそうだ。というか気合が入って見える。
今更ながら、何でこんなに楽しそうなんだろうと私は疑問に思った。
日頃から幽霊。どころか神様。まだまだ私が知らない謎の生命体を知っていそうな彰が、今更お化け屋敷ではしゃぐのはおかしな話である。
もしかしてここ、何かあるのか……。と私は改めて嫌な予感がして、恐る恐るお化け屋敷を見上げた。
古い店を改装して作られたらしいお化け屋敷は、出入り口以外は完全にふさがれて中の様子は見えない。先ほどまで話していたから気付かなかったが、よく聞くと中から物音やら、悲鳴のような音が漏れている。その声を聞いて香奈が肩を震わし、私も少し怖気づいてきた。
「なに怖がってんの。こんな子供だましで。もっと怖いのいっぱい見てきたでしょ」
彰は軽くそういって、受付の方へと歩き出す。
たしかに怖いものはいっぱい見てきたし、目の前に怖い存在もいるが、それとこれとは別である。
作り物だから安全性が確保されていると分かっていても、彰に誘われたことを考えると、本物が混ざっていても不思議ではない。
浮かれる中学生ぐらいのグループの後ろに並んで入場を待つが、どうにも落ち着かない。周囲の遊びにきましたという雰囲気になじめず、私だけが戦場にいく心意気だ。
香奈も私と似たような感覚らしく表情が硬く、両手を胸の前で握り締めている。
ただ一人彰だけは楽し気な様子で周囲を観察していた。
「あれー?」
もう少しで自分たちの番。というところで、気の抜けた声と同時に目の前に男の人が現れた。「お化け屋敷スタッフ」という腕章が目に入ったため、関係者だとは分かるが、声をかけられた理由が分からない。
何だと思いながら視線をあげると、そこには驚きと、嬉しさをないまぜにした表情を浮かべる、大学生ぐらいの男性が立っていた。
「ま……マーゴさん…!」
相変わらず遊び人風の髪型なわりには、ジャージという分けわからない恰好。そのうえ腕にはスタッフの腕章。訳のわからなさに磨きをかけたマーゴさんが、目を輝かせて私たちを見つめている。
前の中学生グループが不思議そうにこちらを見つめていた。気持ちは分かる。
「わー偶然、こんなところで会えるなんて!」
子供みたいなはしゃぎようで、私の手を取るとブンブンと上下にふるマーゴさん。
会うのは日下先輩の依頼以来だが、マーゴさんの中で私はそれなりに親しい部類になっているらしい。
それとも誰に対してもこのテンションなんだろうか。あり得る。
マーゴさんはその後、隣の香奈の手も上下にふった。上機嫌に見てたが、彰に視線を移すと一瞬体を硬直させた。すぐに何事もなかったかのような笑みを浮かべたが、彰には笑顔で挨拶した。手どころか距離を近づけようとする気配もない。
あきらかな差に彰は不満げに眉を寄せ何事か言おうとしたが、それにかぶせるようにマーゴさんが彰に声をかける。
「最近どう?」「元気?」と矢継ぎ早に繰り出される質問に彰は目を丸くし、ペースを完全に持っていかれていた。
彰は理由がわからずに戸惑っているようだが、私にはマーゴさんの意図が分かる。
子狐様に脅しをかけたくらいだ。マーゴさんとクティさんもただではすまないだろうと思っていたが、本当にそうだったらしい。
自然なように見えて不自然なやりとりに、自然と眉がよっていく。隣の香奈も何ともいえない表情で彰とマーゴさんを見比べていた。
マーゴさん自身も、当たり障りない質問で場を濁しているが本当に聞きたいことは別だろう。
君は何者で、リンさんとはどういう関係なんだ。そう聞きたいに違いない。それでも、マーゴさんはそれを口にすることはできない。
それは私と香奈も同じである。
「それで、なんで君はこんなところにいるわけ」
行き着く暇のない質問攻撃に、先に根をあげたのは彰だった。列に並んでいなければとっくに逃げていたであろう、嫌そうな顔で少しだけマーゴさんと距離を開ける。
マーゴさんは彰の質問に一瞬きょとんとした顔をしてから、人懐っこい笑みを浮かべた。
「見てのとおりお手伝い」
そうして私たちに見えるように腕につけた腕章を見せる。
腕章とマーゴさんの言葉通りならば、お化け屋敷のスタッフと分かるのだが、分かるからこそ情報がつながらない。
何ふつうに商店街になじんでんの、あんた。って感じだ。
彰も同じことを思ったのだろう。盛大に顔をしかめている。
「人間に溶け込みすぎじゃない……?」
「俺たちみたいなのこそ、人間に溶け込まなきゃ生きていけないから。ここの商店街には昔からお世話になってるんだ。無くなるのは困るんだよね」
ちょっと困った顔でいうマーゴさんをみると、商店街が無くなるのはマーゴさんにとって他人事ではないらしい。
隣の香奈が落ち着かない様子で両手を動かしている。詳しい話を聞きたいのを我慢しているのだろう。
前の香奈だったら後先考えずに聞いていたと考えると、成長を喜ぶべきなのかもしれない。それなのに、寂しい。好きなものに全力な香菜が見れない。今後、香菜に振り回されることもなくなる。それは何だか違う気がする。
私は案外香奈に振り回されるのを楽しんでいたのだと今更自覚してしまった。
同時に、彰にあってすぐのころに散々バカにされた理由にも気づいてしまった。
あの頃は本気で彰に腹が立ったが、彰からすれば本気で嫌なわけでもないのに、建前でイヤだと否定していた私は滑稽で、腹のたつ存在だったのだろう。
気づいてしまったら無性に恥ずかしい。過去の自分殴りたい……。
「本当にそれだけ?」
私が過去の所業に心の中で悶絶していると彰が不審げにマーゴさんを見上げた。
マーゴさんは彰の視線にきょとんとした顔をしてから、困った顔をする。やっぱり誤魔化せないかという表情の変化に私は嫌な予感がした。
「ここだけの話なんだけどね」
そういってマーゴさんは私たちに身を寄せた。ひそめられた声に、周囲に聞かれては困るのだと分かり、私と香奈もマーゴさんに近づく。
「こういう薄暗くて人がいっぱい集まる賑やかな催しって、本物も来ちゃうんだよね」
小さな声でつぶやかれた言葉は、私だって聞いたことがある話だ。
怪談話をしていると本物がよってくる。肝試しをしていると本物が混ざっている。よくある話であり、怪談話では定番。
なのだが……、それをいうのがマーゴさんというのがまずい。
私はマーゴさんの顔をじっと見つめた。それは本当かという意味合いの視線に、マーゴさんはにっこり笑った。笑顔だけ見ると癒し系なのに、まったく癒されない。むしろ怖い。
香奈は先ほど以上にソワソワしだした。
いくら反省したといっても根っからのオカルト好きは変わらないらしい。いや、それでこそ香奈だ。と今は少し安心すらある。
だが、問題は彰だ……。
そう思って視線を向けると、彰は口元に手を当てていた。一見すると何かを考えているように見えるが、細められた目と、少しだけ見える口元が弧を描いていることで、私は察した。
「彰……この事態を想定して誘ったでしょ……」
「何のことかなー」
小首をかしげて可愛いポーズをする彰。それで誤魔化せるのは彰の内面を知らない一般多数だけである。私の場合は誤魔化されるどころか殺意しかわかない。
すでに前の中学生グループは中にはいっており、次は私たちの番だ。
相変わらずかすかに聞こえる悲鳴で、それなりに怖いのだと察せられる。というか、本物が混ざっているならそりゃ怖い。マーゴさんがいるのなら間違いないと分かるだけに、私は恐怖が倍増だ。
「それなら……帰った方が……」
そういいながら香奈は、お化け屋敷の入り口を凝視している。本音は入りたいのだろうが、クティさんに言われたことを気にしているため、本心と間逆なことをいっているとわかった。
そこまで気に病ませてしまったのかと罪悪感にかられるが、ここで私が香奈に言える言葉はない。私がいったところで、香奈は余計に気にするだけだ。
香奈の中で今の私は、危険な目に合わせてしまった被害者なのだから。
「むしろ今後のために入っておいた方がいいって。本物交じってるっていっても、大したやつじゃないし。大したやつだったらマーゴが何とかしてくれるし」
彰がちらりと視線をむけると、マーゴさんはにっこり笑った。
「それがボクの仕事だしね」
笑顔で告げられた衝撃の事実に私は固まった。
自主的にお手伝いしているという意味だと思いたいが、商店街の人がマーゴさんの能力を知った上での配置だとしたら、商店街の人はマーゴさんたちの存在を知っているということになる。
いったい何者なんだ、商店街の皆さん。
彰もマーゴさんの言葉は想定外だったらしく、目を丸くして固まっている。
いや、そうだよね……びっくりだよね……と私が何から突っ込めばと悩んでいると、無慈悲にも「次の方どうぞー」という私たちをよぶ声が聞こえた。
一瞬私と彰は顔を見合わせ、帰るべきか悩んだが、
「楽しんでおいでー」
マーゴさんが実によい笑顔で背中を押してきたので、逃げる機会を失ったのだった。
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