幕間その二 お化け屋敷に行こう

お化け屋敷に行こう①

 ただ理解ができなかった。


 何で冷たいのか、何で動かないのか。

 呼んでも返事をしてくれないのか。

 お父さんとお母さんが、悲しそうな顔をしているのか。


 何一つ理解が出来なかった。


 お母さんの「ずっと遠くに行ってしまったのよ」という言葉を聞きながら、遠くってどこだろう。と考えた。

 考えて、考えて、それでも分からなくて。

 だから私は「遠く」を探しに行くことにした。


 食べ物と地図と水筒をもって、お気に入りのリュックを背負って。

 あの子が行ってしまった「遠く」を探しに行くことにした。

 そこにいったら、あの子に会えると信じていたんだ。



***



 香奈の様子がおかしい。


 部室に馴染むには日が浅く、慣れるには十分な時間がたったある日の放課後。携帯を操作しながら香奈がしかめ面をしていた。いつもお花が飛んで、ほわほわしている香奈らしからぬ表情だ。


 携帯画面をじっと見たと思えた顔をしかめて、ため息をついて携帯を閉じる。かと思えば、すぐにまた携帯を開いて画面をじっと見つめ、ため息をつくの繰り返し。

 普段の香奈とのあまりの差に様子を見ていたが、そろそろ何か声をかけるべきだろう。ほっといたら香奈は、ずっと同じことを繰り返しそうだ。そう思った私は、彰から押し付けられた部誌を書く手をとめ、香奈へ声をかけた。


「香奈、さっきからどうしたの」

「えっ!?」


 香奈は私の声に大げさなほどに肩を震わせる。私の存在すら気付いていなかった。みたいな反応に傷つく。

 たしかに、私が部室に入ってきたときには既に心あらずだったが、本当に気づいていなかったのか。これは重症だ。


「携帯、何かあったの?」


 何か変な連絡でもあったのかと本気で心配になってきて、香奈の顔を覗き込む。香奈は両手をぶんぶんと左右に振って、慌てた様子で声をあげた。


「何でもない、何でもないの!」

「……なんでもないにしては、ため息つく回数多かったけど」


 部室に来てからもそうだし、教室にいたときもそうだ。寮でも最近では心あらずといった様子で、寮母さんも心配していた。

 悩み事があるのかと気にかけていたが、無理やり聞き出すのもダメだろうと様子をみていたのだが、放っておくのも心配になってきた。


 香奈はのんびりした性格で、気が弱くはあるが悩むことは少ない。落ち込んでも引きずる性格ではなく、次の日、長くても数日でいつも通りに戻る。そんな香奈がずっと悩んでいるという初めての事態に、私も正直戸惑っているのだ。


「何か心配事あるなら、相談のるよ。言いづらいこと?」

「えっと……」


 香奈の目を見ながら問いかけると、香奈は視線をそらした。どうしようかと迷った様子で、視線が動いて、最終的に携帯で止まる。

 その動きで、携帯に何かの答えがある事は分かった。だからといって無理やり奪い取るなんてことはできないので、私は辛抱強く香奈が話始めるのを待つことにした。


 数秒、数分。数十分まではいかないと思うが、しばらく時間がたってから、香奈は根負けしたように息を吐き出した。


「……七海ちゃん、怒らない?」

「……私が怒るような話なの?」


 香奈の行動で私が怒るようなことが、あっただろうか。

 彰に対してだったら常日頃からイラついているが、幼い頃から一緒の香奈にイラつくことなんてない。人に比べてのんびりすぎる所はあるが、そこは個性であって怒るポイントでもない。

 怒るというより、困るであったら香奈の趣味であるオカルト関連だが……。


 と考えたところで、そういえば最近香奈からオカルトの話を聞いていないことに気がついた。前だったら楽しそうにネットの情報や、怪しい雑誌の内容、どこから集めてきたか分からない噂話などを語っていたのにだ。


 新しい部活ということで形だけとはいえ体裁を整えねばならず、最近は忙しかった。彰に押し付けられた「部長」という肩書のせいで、日下先輩、百合先生からもこれ幸いと雑用まで押し付けられた。おかげで香奈と話す時間も減り、気づかなかったようだ。


 こんな重大な変化に気づかないなんてと私は今更になって後悔する。

 今までどんなに止めろといってもやめなかった香奈が、オカルトを口にしないなんて緊急事態だ。彰との出会いで「もういいかな」と気にならなくなっていたとはいえ、ここに来て止めるのは不自然すぎる。


 だって、やめる必要なんてないのだ。

 私が止めていたのは、オカルトなんて信じていなかったから。そんな存在しないものに時間を使わないで、もっと別のことをしようと言っていただけだ。実在することを知った今では、自己防衛のためにも少しぐらい勉強した方がいいかと思い始めたほどだ。

 彰にかかわっていたら、今後も巻き込まれ続ける気しかしないし。


 香奈からしても今の状況は願ってもないことで、存在事態がオカルトな子狐様に彰。霊感がある百合先生や吉森少年。さらに趣味は加速しても仕方ない。そう思っていたのに、どんな心境の変化だろう。


 驚いて固まっている私の前で香奈は両手を膝の上に乗せ、下をむいている。落ち込んだ様子からみても、相当気にしているのが分かって、私はさらに混乱した。


 何でだ? 何でここにきて香奈がオカルト趣味を気にしてるんだ? 今まで全く気にしなかったのに?

 何か香奈の意識を変えるようなことがあったかと、記憶をたどる。

 香奈からオカルトの話を聞いたのは思い出せる限り、日下先輩の事件が最後だ。あの事件の解決後は、香奈から新たな話を全く聞いていない。じゃあ、原因は日下先輩の事件? と考えたところで、私はあることを思いだした。


「もしかして香奈、クティさんに言われたこと気にしてる?」


 私の言葉に香奈はビクリと肩を震わした。分かりやすすぎる態度に、なるほどなと私は苦笑する。

 クティさんに言われた言葉は、思った以上に香奈にショックを与えたらしかった。


「気にしすぎだよ。クティさんのことだから大げさにいっただけだって」


 人間は嫌い。そういった態度を隠さなかったクティさんだ。関わってくるなという意味も込めて、大げさに香奈が怯えるような言い方をしたんだろう。


「今まで大丈夫だったんだから、今度も大丈夫でしょ。彰もいるわけだし」

「……彰君がいるから、まずいってクティさん言ってた……」


 香奈の気持ちを軽くするために明るくいったのだが、返ってきた言葉は予想外に重かった。香奈らしからぬ低い、落ち込んだ声音。わざと明るくした声が白々しく感じて、私は口を閉じた。


 ああ、見誤った。

 香奈の表情が消えたことと重たい声で私は悟る。私が思った以上に、香奈はクティさんの言葉を重く受け止めている。


「あのあとね、今まで行ったことがある心霊スポット、もう一回調べてみたの。本当に危ないから近づかない方がいいって書かれてたところも何個もあった……。よく使う掲示板で今まで行ったとこの話をしたら、それで一回も怪奇現象に遭遇してないのは奇跡だって驚かれちゃった」


 香奈はそういって、困った顔で笑った。

 私自身、そう言われるほどの場所にいっていたという事実に驚いて反応ができない。私と香奈の認識からすれば、高校に入る前までに言ったオカルト関連の噂はすべてガセネタ。毎回でかけていっては、「今回も嘘だったんだね」と香奈は落ち込み、私は「また嘘か」と呆れていた。

 その前提が覆る話に、私は何も反応ができない。


「彰君と百合先生に聞いたら言われたの。そういった場所に行くとき、先頭は七海ちゃんだろって」

「……そうだね」


 香奈に前を歩かせるといつ暴走するか分からないため、危ない所に行くときはいつも私が前を歩いていた。いざとなったらすぐ逃げられるよう、常に香奈の手を引いて、周囲に気を配っていた記憶がある。


「七海ちゃん、ものすごく勘がいいから、まずいって思ったところには一切近づかなかったんだろうって言ってた。それ聞いて思い出したの。本当に危なさそうなところは、七海ちゃん必死になって私を止めて、帰ろうって言ってた。あの時は何でって思ってたけど、おかげで私今まで無事だったんだって気付いたら、七海ちゃんいつも危険な目にあわせてたんだって……」


 じわりと香奈の大きな目に涙がたまる。私は慌てて香奈に近づいて、涙をぬぐおうとするけど、香奈は下を向いて首を振る。ほっといてくれという初めての拒絶に私はどうしていいか分からない。


「でもそれって結果論だし、本当にそうか分からないから! 勘だけで全部回避できるわけないし、たまたま。偶然!」


 必死でそういうけど、今の香奈には何をいっても届いていないようだった。スカートに、ポツポツと涙がしみこんでいって、胸が苦しくなる。

 大事な幼馴染なのに、何を言っていいか分からない。何て私は無力なんだと、私まで泣きたくなってきた。


「えっなに、修羅場?」


 場違いな声が部室の中に響いて、私はのろのろと顔を上げた。入口には顔をしかめた彰が、ドアを中途半端に開けた状態で立っている。私は彰に対して反応する余裕がなく、彰に向けた視線をそのまま下におろした。


「……ちょっと、空気が重いんだけど。何があったのさ……」


 メンドクサイといった様子でため息をつきながら彰はずかずかと部室に入ってきて、机の上に乱暴に鞄を置いた。いつもの彰だったらもうちょっと丁寧に扱うので、空気を変えるためにわざとなのかもしれない。

 気遣いには感謝するが、残念ながらそのくらいで空気は変わらない。


 何の反応もしない香奈と、香奈が反応しないために何もいえない私を見て、彰が眉間にしわを寄せた。


「君たちケンカするんだ……」

「ケンカってわけじゃ……」

「じゃあ何、この状況。部活になってそうそう仲間割れとか面倒なんだけど。やめてよねえ。女子ってこじれると本気でこじれるしさー」


 心底めんどくさそうに彰はそういって、イスをひいて座る。腕と足を組み、こちらを不機嫌に見つめる様子は、私よりも小さな人間だというのにやけに威圧的だ。


「君たちの場合、男がらみはないだろうし、何があったわけ?」

「何て言ったらいいのか……」


 私は香奈の様子を伺った。相変わらず下を向いて、ぽろぽろと涙をこぼしている香奈は何の反応もしない。状況の変化に心が追いついていないのかもしれない。


「この間カナちゃんが聞いてきた、七海ちゃんの神回避の話が関わってる?」

「あんた、実は本当に心読めるの?」


 少ない情報からピタリと言い当てた彰に、驚き以上に恐怖を覚える。本当に人間離れしてるな、こいつと彰を見つめると、フンッと鼻で笑われた。


「心読めなくても、君たちがもめるのなんてオカルト関連くらいでしょうが。僕がいえた義理じゃないけど、君たちの青春暗すぎるよ。春は無理でもせめて秋くらいまで明るくしなよ」

「暗くしてる原因の一つに言われても……」


 彰に出会わなければ、春、夏は難しくても秋にはなっていたはずだ。冬どころか氷河期まで入る現状はなく、何事もない平穏無事な生活だっておくれたはずだ。

 もしかしたら、彼氏だってでき……いや、この想像は不毛だからやめておこう。


「カナちゃん。この間もいったけど、結果的には無事だったんだから気にすることじゃないよ。今後ちょっと気を付けて、控えめにすればいいだけの話」

「そ、そうだよ香奈! 今後気を付ければいいんだよ!」


 彰の言葉に便乗して、私は香奈の前にしゃがみ込み、膝の上に置かれた両手を握り締めた。下を向いた香奈の表情をじっと見つめるが、涙は止まったものの表情は暗い。


「でも……私、七海ちゃんみたいな直感ないし……クティさんみたいに、選択肢なんて分からないし……」

「いや、ナナちゃんとクティがおかしいだけで、それが普通だからね」


 私だって普通だ。私もおかしい分類みたいにいうなと、おかしい存在筆頭の彰をにらむがあっさり流された。

 今は言いあうよりも香奈を元気づける方が優先だと分かってても、ちょっと腹立つ。


「普通だったら経験で補えるものなんだよ。いきなりラスボスに突っ込むみたいなことしなければ、ちょっとした怪奇現象ならカナちゃん知識あるし、何とかなったはず」


 そのラスボスにいきなり突っ込むのが中学時代の香奈だったというと、話がややこしくなるので私は黙って、彰の言葉の続きを待った。


「なったはず……なんだけど……、何で全部回避したのか……ナナちゃんが勘がいいにしたって、限度があると思うんだけど……」


 彰は今度は何かを考え込むように眉を寄せて、口元に手を置いた。

 彰の疑問に関しては私も知りたい。クティさんにも言われたが、勘がいいと言われても実感がわかない。

 それにいくら勘がよく立って、百発百中なんてするものか? 勘というのは経験則によって補強されるもので、経験があればあるほど鋭くなる。が、私の場合オカルトに関しては全部ガセネタだと思っていたので、経験も何もない。

 実際、回避できないレベルの天災彰と出会ってからは、巻き込まれっぱなしだ。


「うーん……今後のことも考えてちょっと、試してみようか」


 しばし考えていた彰は、そういうとにっこり笑った。笑顔と言葉の内容がミスマッチすぎて、私は嫌な予感を覚える。


「ちょうどいいイベントあるんだよね、今度三人でいこうよ」


 そういって彰が、制服のポケットからなにかを取り出す。折りたたまれたチラシのようだ。「じゃーん」という彰のお手製効果音付きで広げられたのチラシには、「お化け屋敷」とおどろおどろしいフォントで書かれていた。

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