3-2 不揃いな集団

 とりあえず、日下先輩の後輩が少女を見かけたという交差点に行ってみよう。そう話がまとまり、私と日下先輩は道すがらクティさん、マーゴさんに事情を説明した。

 改めて話せば話すほどリンさんの適当な指示が浮き彫りになり、日下先輩の眉間の皺がさらに深くなった。

 香菜は移動中も私の後ろから離れず、子供のように私の制服の裾を掴んでいる。それでも視線は二人から外さなかったので、怖いものの興味はあるらしい。


 今回は香奈の気持ちもわかる。何しろリンさんの知り合いだ。名前も見た目も奇抜。リンさんとの関係は未知数。私ですら気になるとこだらけ。好奇心旺盛な香菜が黙っていられるはずがない。


 それに比べ、彰は相変わらず不機嫌そうだ。説明する私たちの数歩後ろを黙ってついてくるが、説明を聞くクティさんたちを見る眼光は鋭い。マーゴさんは気になるのか、チラチラと後ろを振り返っているが、クティさんは完全に無視。

 意外と肝が据わっている。


「なるほどなあ……それでマーゴが呼ばれたのか」


 説明を聞き終えたクティさんは、納得した様子でうなずいた。その後は「めんどくせ」と一言呟いたのを最後に明後日の方向を向いて黙りこんでしまった。一人納得されてもこちらは何も分からないのだが、説明してくれる気はないようだ。


 クティさんは本当にマーゴさんについてきただけで、協力する気はまったくないらしい。完全に私たちを視界から消し去り、興味ないという態度を隠しもしない。

 さすがにイラッとした。


「ごめんね。クティさん、人間嫌いだから」

「人間社会でいきる以上、嫌いと言い切るのはどうかと思いますが」


 私と同じくイラついていたらしい日下先輩が、眉をひそめる。マーゴさんはそれに苦笑した。その笑みが今までとは違って見えて、引っ掛かりを覚える。

 人間が嫌い。

 日下先輩は「人と付き合うのが苦手」と受け取った。普通に受けとるならば、そうだろう。


 だが、私には違って聞こえた。


 言葉通り「人間という種族が嫌い」という意味であり、クティさんは人間ではないのでは。そんな仮説が私の中で生まれる。何しろ人間じゃない。と言いきったリンさんの知り合いだ。日下先輩は冗談だと受け取っただろうが、私はそうだとは思えない。


 確認の意味もこめて彰を見ると、変わらず不機嫌だった。それでも視線はクティさんとマーゴさんに固定している。

 よく見ると、他人に押し付けたリンさんに怒っているというよりは、クティさんとマーゴさんを警戒しての行動に見えた。


 思い返せば、初対面の人間に対して彰が不機嫌をあらわにするのを初めて見た。彰は常に猫をかぶって、いい子を装っている。最初からケンカ腰だった日下先輩にすら、形だけとはいえ敬語は崩していない。

 普段だったら真っ先に主導権を握りに行くのに、会話にすら加わろうとしない。ずっと数歩離れた位置から二人をにらみつけている。


 話したくないのかと最初は思ったが、その割には全く視線を外さない。距離も離さない。彰の立ち位置は二人の動きが見え、何かあったらすぐに止めに入れるものだ。

 そう気づいた瞬間に冷や汗が流れた。彰がここまで警戒するということは、この二人。危険な存在なのだろうか。


「その交差点ってもうすぐなの?」


 マーゴさんが明るい笑顔で話しかけてきた。得たいの知れない存在だと分かってしまったせいか、笑顔すら恐ろしく見える。思わずビクリと体をふるわせ立ち止まると、マーゴさんが戸惑った顔をした。


 私の動きに合わせて、交差点へ向かってゆっくり進んでいた集団の足が止まる。日下先輩も香奈も不思議そうに私を見ているが、私は態度に出してしまった失敗が気になってそれどころじゃなかった。

 マーゴさんの奥で、私の反応を見たクティさんが眉を寄せる。それから何故か彰へと視線を向け、何かを納得する様子でうなずく。


「ずいぶん警戒されてるみてぇだなあ。俺たち」


 意地の悪い顔でそういうと、クティさんはマーゴさんの肩に腕を回す。口元は弧を描いているが、目は敵意に満ちていた。真っすぐに彰を見つめる姿から見て、この中で一番二人を警戒しているのが彰だと分かっているのだろう。


「リンさんとどういう関係かは知らねえけどさ、一応俺たちお前は丁重に扱えって指示受けてんの。あんまり警戒むき出しにされっと、やりにくいんだよ」

「クティさんこの子たちと全く会話してないし、やりにくいも何もないんじゃない?」


 マーゴさんの言葉を聞くなり、クティさんはマーゴさんの額をデコピンした。拍手したいほどに素早いお手並みだったが、ひどい。すごく痛そうな音がしたし、実際にマーゴさんは涙目で額をおさえている。

 正論に言い返す言葉がなかったので、実力行使に出たのだろう。大人げない。


「うるせえ。俺はお前のおもりで来てんだから、口出さなくていいんだよ」

「ちょっとぐらい手伝ってくれても! 生きてる人間と話すの久しぶりで緊張してるんだよ!」

「どこがだ! さっきからヘラヘラ笑って、いつも通りじゃねえか! つうか、幽霊はお前の専門。俺は専門外だ!」


 ギャーギャーと騒ぐ年上男性二人に、私たちは口をはさめない。日下先輩が不機嫌そうに腕を組んでいるし、彰は何かを考えているようで無言。香奈はひたすらおろおろしている。


 すれ違う人の視線が集まっているが、止める手段を持たない私は疲れた顔をしているだろう。

 会話の中に「生きてる人間と話すの久しぶり」とか「幽霊の専門、専門外」とか、ツッコミたいところが多いのもつらい。

 突っ込み待ちなんだろうか。だとしても突っ込みたくない。藪をつついて蛇を出すなんて馬鹿な真似したくない。


「とにかくだ! お前の機嫌そこねたって知られたら、俺たちがリンさんに怒られんだよ! 形だけでいいから機嫌よくしとけ!」

「クティさん……それは幾らなんでも……」


 マーゴさんの言うことの方が最もなのだが、クティさんは「うるせぇ」と怒鳴って再びマーゴさんの額にデコピンする。先ほどと同じくよい音が響いて、マーゴさんが「痛い!」と涙目で叫んだ。

 何だこの茶番。


「あのバカ、僕の機嫌とれとか言ったわけ?」


 おかしくなりかけた空気を引き戻した。いや、張り詰めたものに変えたのは彰の声だった。先ほど以上に不機嫌そうな空気をまとって、クティさんとマーゴさんをにらみつける。

 正確にはマーゴさんとクティさんから連想される、リンさんをにらんでいたのかもしれない。それでも空気を重く感じさせる眼力と、いつもよりも低い声。騒いでいた二人はピタリと動きを止めた。


「顔も出さないくせに何様のつもりなの。殴り倒してから簀巻きにして沈めてやる」


 可愛い顔に似合わない呪詛じみた声と、物騒な言葉に香奈がひぃと悲鳴を上げた。日下先輩も心なしか顔が青い。

 そういう私もおそらく似たような顔色だろう。


「……まって……彰君。殺人はまずい」


 子狐様の攻撃を素手で防ぎ、自分よりも大きな男を軽々とぶん投げる彰だ。本気で殴ったら冗談ではなく殺人事件になってしまう。いくらリンさんでもそれはまずい。フォロー出来る要素も、同情出来る要素もないが、殺人はまずい。


「人じゃないから大丈夫。罪ではない」


 彰は私に向き直ると、とても良い笑顔でそういった。香奈とマーゴさんが同時に悲鳴を上げた。

 その気持ちはよくわかる。


「えっと……お前ってリンさんのお気に入りなんだよな……」


 クティさんが引き気味で、恐る恐る彰に問いかける。先ほどの高圧的な態度が嘘のようだ。逆らったらまずいと察したらしい。


「お気に入りとか、気持ち悪い表現やめてくれない? あいつが一方的に僕のストーカーしてるだけだから。僕とリンの関係に一番近いのは、加害者と被害者だね」


 その場合の加害者はリンさんでいいのか……彰も十分加害者な気がする。リンさんに対しては一切の容赦も配慮もないし。


「リンさん会わないうちに、何かあったの……?」

「俺に聞かれたって知らねえよ。サドからマゾに方向転換したのか?」


 ひそひそと青い顔でささやき合うマーゴさんとクティさん。サドからマゾになることを方向転換と言っていいのかは分からないが、とりあえずリンさんに劇的な変化があったことだけは分かった。

 その変化に彰は少なからず関わっているのだろうが、彰とリンさんの関係も、リンさん自身についても知らない私には想像すら限界がある。


「めんどくさいし、つべこべ言わずに協力してくれない? リンに何かされたら僕のところに来ればいいよ。二度と太陽拝めなくしてやるから」


 先ほどと同じく綺麗な笑顔でいう彰に、クティさんとマーゴさんは青い顔で頷いた。力関係ができあがった瞬間だった。


「えぇっと……じゃあ、クティさんも協力してくれるってことでいいの?」


 硬直しかけた空気を変えるため、私はクティさんに確認をとる。一瞬嫌そうな顔をしたクティさんだったが、彰の存在を思い出したのか、ものすごく嫌そうな顔のまま頷いた。分かりやすい人だ。


「……出来ることがあるなら、協力しないでやらなくもないけどな」

「クティさん、めんどくさい」


 マーゴさんが言った瞬間、クティさんが無言で指を構える。マーゴさんはすぐさま黙った。額を隠すのを忘れないあたり本当に痛かったらしい。


「いっとくけど、リンさんがマーゴに頼んだのは適材適所ってやつだ。俺は幽霊関係は専門外」

「さっきも専門がどうとか言ってたけど、そもそも専門って何なわけ」


 苛立った様子で彰が問いかける。それは私も気になっていたので、彰ナイスという気持ちだ。すっかり後ろに隠れていた香奈も、興味をそそられたのか顔をのぞかせた。香奈は本当に自分に正直だ。


「……リンさんについて、どこまで知ってる?」


 一瞬黙り込んだクティさんは、探るような視線を彰に向ける。先ほどに比べて表情が真剣だ。笑顔に涙目と真剣には程遠い態度だったマーゴさんすら、表情を引き締めている。真面目な話だ。そう察したらしい彰は、かすかに目を細めた。


「知ってるってそれは、あいつの食事事情のこと?」


 固い口調で言われた予想外の言葉に、私は正直気が抜けた。食事事情とはいったい何の話だ。今の話で出る話ではないだろう。そう思って香奈や日下先輩を見ると、私と同様に戸惑った様子だ。私がおかしいのではないと知りホッとするが、それだけに真剣な表情を崩さない彰やクティさんが異様にみえる。


「僕はあいつの食事事情とかどうでもいいから、詳しくは知らないよ。何を食べるかくらいは知ってるけど」

「あの人の食い方えぐいから、詳しいことは知らなくていいけどよ」


 顔をしかめるクティさんの言葉は本心らしく、何かを思い出したのか血の気が失せたように見えた。マーゴさんもクティさんほどではないが、顔をしかめている。

 いったい何をしたんだリンさんと私は何度目か分からない疑問をいだく。


「じゃあ、リンさんと同じような存在が、意外といるってのは知ってるか?」


 クティさんの言葉に彰が驚いた顔をした。元々大きな目をさらに見開いて、じっとクティさんとマーゴさんを見つめ、大きなため息をついた。


「あーそういうこと……。あいつも自分の食べるものには詳しいし、専門ってそういう……」


 納得したと同時にブツブツつぶやく彰に、クティさんが何ともいえない顔をし、マーゴさんは苦笑する。彰はクティさんの言葉で、だいたいを理解したようだ。

 私は何が何だか全く分からない。香奈と日下先輩は分かるだろうかと視線を向けるが日下先輩は眉間の皺を深くしていたし、香奈に至っては考えすぎて思考がショートしたのか、らしくない険しい顔をしている。


「どういうことですか?」


 ついに黙っていられなくなったらしい日下先輩が口を挟む。もともとは日下先輩に納得してもらうのが目的だというのに完全に日下先輩をのけ者にしている状況。納得いかないのも当然だろう。

 彰も日下先輩の気持ちは分かるのか、一瞬まずいという顔をしてから困った顔をした。


「説明したい気持ちはあるんですけど……」

「けど?」

 変な所で言葉を区切った彰に、日下先輩はさらに表情を険しくした。


「幽霊以上に信じてもらえる気がしません……」


 その言葉に真っ先に反応したのは意外にも、クティさんとマーゴさんだった。顔を見合わせて、互いに苦笑する表情には納得と諦めの色が混じっている。


「信じるかどうかは話次第です。それでも、佐藤君には説明責任があると思うのですが」


 眉を吊り上げていう日下先輩の意見ももっともだ。このまま交差点に行ったとしても、問題が解決するとはとても思えない。ただでさえ面倒な状況なのだから、彰が理解したことぐらいは説明してほしい。

 彰も日下先輩、私と香奈の気持ちが分かるのだろう、本当に困ったという顔をしつつも、重い口を開けてくれた。


「世間には知られていませんが、この世界には特殊なモノしか食べられない人の形をした存在がいます」

「特殊なもの?」


 香奈のつぶやきに彰はうなずいた。それからクティさんとマーゴさんへと視線を向ける。後は自分で説明しろという無言の訴えにマーゴさんは困った顔をしつつ、それでも先ほどに比べると柔らかい表情で答えた。


「ボクの場合は、幽霊しか食べられないんだよね」

「は?」


 私と香奈、日下先輩の声が重なったのも、仕方ない事だったと思う。

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