三話 でこぼこ集団と待ち合わせ

3-1 待ち人来ず

 次の日の放課後、私たちは山のふもとに集まった。私と香奈に彰、日下先輩という異色のメンバーだ。小宮先輩は気にしてはいたが「玲菜さんとデートなんだ」と笑顔で帰っていった。

 ちょっとだけ殴りたくなった。


 リンさんに指定された場所で待っていると、下校する生徒の視線を感じる。日下先輩と彰は目立つ。方や生徒会長。方や有名な新入生。そんな二人が一緒というだけでも目をひくのに、背を向けるようにお互い無言で立っている。


 お前ら仲悪いのか? ケンカか? と興味本位の視線がいくつも向けられ、ついでとばかりに一緒にいる私と香奈もじろじろと観察された。

 居心地が悪くて仕方ない。


 そのうえ、隣に立つ彰がいつになく不機嫌だ。人目があるから表情には出さないが、オーラが苛立っている。いくら表情をとりつくろっても、素を知ってしまった私には分かりやすい。

 香奈も分かるらしく、ピリピリした空気に落ち着きがない。ちらちらと彰に視線を送っているが、彰は気づかず遠くを見ていた。


 日下先輩は彰との付き合いが浅いから気付かないのか、それとも気づいても無視しているのか。香奈の隣に姿勢正しく立っている。お手本のような姿勢は見ている分にはいいが、隣にいると妙な緊張感がある。先生や親に挙動を見つめられている心境というべきか……、とにかく、下手なことはできないという気持ちになるのだ。


 そんな二人に挟まれて、私と香奈は早くも疲弊していた。待ち合わせの場所に来て三十分もたっていないのだが、時間が長く感じる。

 私は腕時計で時間を確認しながら、早く待ち人が来てくれと願った。


 昨日の放課後リンさんは、子狐様が逃亡してすぐに「じゃあな」と手を振って帰ってしまった。口を挟む余地もあたえない素早い行動。おそらくは彰からの質問攻めを見越して、逃げたのだ。

 彰も逃亡したリンさんを追いかけて、すぐに祠の前からいなくなってしまった。

 結果、あの場には私と香奈だけが残された。


 難解な問題をこれでもかと提示され、ヒントも与えられずに放置された気分。考えようにも一体どこから手を付けていいのか分からない。しばらくは私はリンさんと彰が消えていった方向を見つめていたが、二人が戻ってきて説明してくれる気配もない。


「……帰ろっか……」


 どのくらい時間がたってからかは分からないが、香奈がぽつりと言った。困ったように眉を下げた香奈は、私と同じく混乱しているようだった。同じ心境の仲間がいることにホッとしたが、それだけ。事態は何も解決していない。


「明日の放課後になってみないと、どうにもならないか……」


 ポツリと私がつぶやくと、香奈は気が抜けた声で「そうだね」と答えた。私も心境としては似たようなものなので、私たちはやけにゆっくりと寮に帰り、考えすぎて味のしないご飯を食べた。


 そんなわけで、私からすれば待ち望んだ放課後がやってきたのだが「放課後集合な」と一方的に決めたリンさんは未だに姿を現さない。時間をキッチリ守るタイプには見えなかったが、見た目通りの行動をとる必要はない。

 むしろ、ここで早めに来ていたら好感度が上がったのに。彰の評価も少しぐらいは上がったかもしれないのに。


 そう思いながら隣の彰を見ると、先ほどよりも目が座っていた。これは時間がたてばたつほど、まずいやつだ。ただでさえ印象が悪いのに、さらに印象の悪いことをしてどうするつもりだと関係ない私が本気で心配してしまうほどには。


 反対方向にいる日下先輩も、時間がたつにつれて表情が険しくなっている。

 真面目な優等生である日下先輩から見て約束を守らない。時間に遅れてくる人間へのイメージは悪いに違いない。彰に対しての発言を見ると、印象悪いどころか巨悪の根源と思っている可能性すらある。


 香奈が左右からの不機嫌オーラを感じて、私の背後へと少しずつ移動し始めた。

 香奈、気持ちは分かるけど私も逃げたいんだ。私の逃げ道を残してくれ。そう心の中で念じてみるものの、伝わるはずもない。


 私は乾いた笑みを浮かべる。

 お願いだから、リンさん早く来てくれ!


「君たちが、リンさんが言っていた子たち?」


 私の願いが通じたのか、背後からそう声がかけられた。やっと来たのか! と私は勢いよく振り返り、私の動きに釣られて香奈も振り返る。

 目の前には昨日と同じく全身真っ黒のリンさん……。


「協力しろって言われたから来たんだけど、何すればいいの?」


 ではなく、まったく知らない二人組が立っていた。

 どちらも年上に見える。大学生くらいだろうか? 話かけてきたのは赤みがかかった茶髪の、人懐っこそうな青年。上はジャージ、下は白のチノパンとラフというかべきか、適当というべきか。悩む姿である。それでも悪い印象を受けないのが、少年の雰囲気が明るいためだろう。初対面だが見ていて安心する、人の好い笑顔だ。


「さっさと帰りてぇんだけど。早くしてくんねぇ?」

 それに比べて、明るい青年の隣に立っている男のイメージは悪かった。


 見るからに不機嫌そうで、値踏みするように私たちを観察している。何だこいつと私は眉をひそめた。態度もそうだが、恰好もなかなかの個性派。


 初夏ともいえる時期にピンクのファー付きダウンジャケット。寒がりなのかと思えばその下はタンクトップと季節感が完全に迷子。リンさんと同じくジャラジャラとアクセサリーを付けているが、リンさんに比べると色彩が華やかだ。

 華やかすぎて目に痛いともいえる。

 一言でまとめると、お近づきにはなりたくないタイプ。


 発言からしてリンさんの知り合いだが、彰は知っているのだろうかと視線を向ける。これでもかってくらいに眉間にしわを寄せていた。

 全く知らないらしい。


 知らないうえに、彰の中での印象は最悪らしい。 

 先行き不安すぎる。


「クティさん……リンさんの頼みなんだから、そういう態度だと後が怖いよ……」


 ニコニコ笑っていた青年が、怯えた様子で目じりを下げる。クティと呼ばれた派手な男はかすかに顔をしかめたが、あきらめた様子で息をついた。


「マーゴ……、リンさんに関しては考えるだけ無駄だ。あの人は俺たちが正しい行いをしようと、しなかろうと、機嫌が悪かったら食う」


 クティさんの発言にマーゴと呼ばれた青年は、顔を青くした。冗談を言っているようには思えない、真剣なクティさんの様子に、マーゴさんの顔はさらに青くなる。


 クティ、マーゴ。あまり聞きなじみのない名前だ。

 外国人なのか? と思って見ても、顔の造りは私たちと変わりないように感じる。ハーフなのか。はたまた、あだ名なのか。いくら想像しても答えは出ない。

 

 それにしても、クティさんの発言はあまりにも理不尽に思える。だが、マーゴさんの反応を見るにあり得る。と思っているらしい。

 リンさん、そんなに理不尽なのか。彰と一緒にいるところを見ると、残念な感じだったのにな。


 そう思ったところで、子狐様へのリンさんの態度を思い出す。 

 あっちの方ならば、そのくらいの理不尽くらい言い出しそうな雰囲気だった。俺が上で、お前ら下と態度が告げていた。

 

 二面性があるというか、彰とそのほかに対する態度が違いすぎる人だ。

 それにしたって食う。とは。比喩にしたって、いったい何をしてるんだ。リンさん。

 本気で危ない人という認識が強くなり、今度会っても距離を置こう。香奈は近づけないようにしようと私は決意をした。


「ねえ、リンは? もしかして、僕らとは何の面識もない君たちにぶん投げて、来ないとか言わないよね」

 背後からイライラした彰の声が聞こえる。声だけでも分かる怒気に、私はゆっくりと振り返る。


 腕を組んだ彰は鬼のような形相で、クティさんとマーゴさんをにらみつけていた。

 その形相は叔父である百合先生を思い出させる。ああ、ちゃんと似てるんだと嫌なところで血のつながりを感じてしまった。


 香奈は完全におびえているし、日下先輩は戸惑った様子で私たちを順番に見ている。どう反応すべきか困っているようだ。分かる。私もすごく困っている。


「えぇっと……一言でいうと……」

「その通りというか……」


 彰の迫力に、心なしか後ずさりながらクティさんとマーゴさんは答えた。

 視線をそらし、怒られるのを怯えながら待つ様子は、理不尽な上司に振り回される新人にしか見えない。初対面の印象が強かった分だけ、小さくなっている二人は可哀想に見える。


 彰は舌打ちすると、「あの野郎。後でつぶす」と鬼の形相でつぶやいた。

 関係ない私たちがすくみ上るほどの重圧に、私と香奈は思わずお互いに抱き着いた。

 

 私たちのように寄り添う相手がいなかった日下先輩、クティさん、マーゴさんはそれぞれ半歩後ずさっていた。

 さすが、彰。怖い。


「リンの処刑は僕が個人的にやっておくとして、問題は君たちだよ。リンに言われてきたんだよね」


 気持ちを切り替えたのか、強い視線で二人を射抜く彰。マーゴさんは大げさなほど首を上下に振って、クティさんは先ほどより警戒した様子で彰を見ている。

 子猫だと思って近づいたらライオンだった。そんな態度の変化に苦笑する。彰の外見は本当に詐欺だ。


「自己紹介させてもらうと、ボクの名前はマーゴ」


 そういうとマーゴさんはにこりと笑って頭を下げた。つられて私と香奈、日下先輩も頭を下げるが、彰は相変わらず固い顔でマーゴさんとクティさんを見ている。


「こっちが先輩のクティさん。本当はボクだけがリンさんに呼ばれたんだけど、心配だからってついてきてくれたんだよ。優しいでしょ」

「余計なこと言ってんじゃねえ」


 クティさんが顔をしかめて、マーゴさんの頭を小突く。痛いとマーゴさんはいうものの、笑っているのでそれほど力は入っていないようだ。ただのじゃれ合い。仲良しか。


 話をまとめると、クティさんは特に関係ないが、後輩のマーゴさんを心配してついてきたらしい。最初に私たちに警戒心むき出しだったのは、何者だお前ら。という私たちとほぼ同じ心境だったのかもしれない。


 マーゴさんは「俺たち何をすればいいの?」と言っていたし、私たち同様、リンさんに何の説明もされていないのだろう。そんな状況じゃ、クティさんが警戒するのも分かる。

 なんかマーゴさん、人懐っこすぎてホイホイ知らない人についていきそうな雰囲気あるし。俺がしっかりしなきゃと最初から警戒態勢だったのだろう。


 そう考えると現金なもので、悪い印象しかなかったクティさんが途端にいい人に見えてきた。人は見かけによらないとは本当の事らしい。

 ただし、リンさんに関しての印象は悪化の一途をたどっている。あの人に関しては見かけ通りだ。

 最終的には人によるという身もふたもない結論に至ったところで、クティさんが口を開いた。


「自己紹介も済んだところで、聞きてぇんだけど。リンさんは俺たちに何させようとしてたんだ? 明日の放課後、山のふもとにいって高校生に協力しろ。としか言われてねえんだけど」


 リンさん……それはいくら何でも適当すぎるぞ……。


「放課後って何時くらいか分からなくてさあ……ごめんね。待たせちゃった?」


 マーゴさんはそういって両手を合わせる。彰以外は一斉に「そんなことないです」と答えていた。マーゴさんは悪くない。すべてはリンさんが悪い。


「山のふもとがどこなのか探すのも時間かかったしな……。つうか、あの人いつの間にこっちきたんだよ。ずっと魔女のとこに引きこもってたのに」

「出てきたって噂は聞いてたけど、本当だったんだねえ。一度くらい顔見せてくれればよかったのに」


 のほほんと答えるマーゴさんにクティさんが顔をしかめた。お前本気か。本気でそう思っているのか。という気持ちが私にまで伝わってきた。

 マーゴさんは本当に良い人というか、良い人すぎて将来が心配になるタイプだ。


「魔女……」


 ポツリと香奈がつぶやいた。

 あえて聞き流そうとした言葉を、ご丁寧に拾い上げた香奈に眉を寄せると同時に、香奈なら仕方ないかとあきらめの境地。正直私も、こう何度も魔女、呪いというワードを聞いていると気になってくる。


『簡単に言うと魔女に呪われて、人間じゃなくなったのが僕みたいな』


 彰と出会ってすぐに聞いた言葉を思い出す。

 その言葉を聞いたときは冗談だと聞き流したが、あの言葉は本当だったのではと今更になって気付くそうなると魔女という存在は本当にいて、彰は呪われている。

 そして、人間ではなくなっている……?


 彰をちらりと見ると相変わらず眉間にしわを寄せていて、何かを考えるようにクティさんとマーゴさんをにらみつけていた。そこからは苛立ち以上の感情は読み取れない。

 知れば知るほど、佐藤彰という人間が分からなくなる。少しは距離が近づいたと思っていたが、私と彰の間には未だに大きな隔たりがある。


「この後はどうする予定なんですか?」


 置いてけぼりの形になっていた日下先輩が、少し不機嫌そうに言った言葉で、私は考えるのをやめた。今はそのことを考えている場合ではない。日下先輩からの問題を解決して、説得しなければいけないのだ。


 それに、今の段階でどんなに考えても答えにたどり着けるとは思えなかった。不用意に踏み込んでいい話とも思えない。そう思い込むことで、私は自分の中に生まれつつある好奇心を、無理やり心の奥へと押し込めた。

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