1-2 乱入者
すっかりお馴染みになった祠の前。相変わらず地べたに置かれた座布団の上に座って、彰、香奈、子狐様が地面に広げられた紙を見ながら何事かしゃべっている。
おそらくは祠に入っていた願い事を確認しているのだろう。
「ナナちゃん、おつかれー。収穫あった?」
真っ先に私に気づいた彰がひらりと手を振る。面倒事を笑顔で私に押し付けたというのに、一切悪びれない態度は怒りを通り越して称賛に値する。
香奈は彰とは違って、ただ待っていたことが申し訳ないのか、そわそわと落ち着かない様子だ。
子狐様はいつものごとく、空中から座布団を取り出し、私の定位置に落とした。
彰と違って香奈も子狐様も優しい。彰と違って。
「不満そうな顔だねえ」
「不満がないわけないでしょ」
私は彰を睨みつけながら座布団に腰を下ろす。すかさず子狐様がお茶を出してくれたので、有り難くいただいた。
神様が入れてくれたお茶だと思うと、ありがたみが増す。そのうえ文句なしに美味しいからいうことなしだ。
「仕方ないでしょ。カナちゃんは身体動かすの向いてないし。子狐様にやらせるわけにはいかないし」
「あんたがやればいいでしょうが。あんたが一番体力も運動神経もあるでしょ」
人間やめてるとしか思えない持久力に、機動力を持っているくせに何をいう。不満と怒りを込めてにらみつけるが彰は堪えた様子もなく、むしろ楽し気に、にっこり笑った。
「僕は非力な美少年って設定だから」
「設定って自分でいうんですか」
呆れた様子で子狐様がいうが、彰は小首をかしげてかわい子ぶっている。そのしぐさだけ見ると、文句なしに可愛いのが余計に腹立つ。
「病弱設定、いい加減撤回したら。逆に動きにくくて面倒でしょ」
そういいながら私は子狐様の入れてくれたお茶を口に運ぶ。美味しいお茶で少しだけ、ささくれだった心が落ち着く。ふぅっと息を吐き出すと、彰はかすかに眉を寄せた。
「僕もそうしたいのは山々だけどさ、そうすると最初の方休んでた理由を説明するのが難しくて……」
「そういえば、彰君ってなんで休んでたの? 家庭の事情って聞いたけど?」
香奈の疑問に彰が困った顔をした。
彰は高校に入学してからしばらくの間、名前だけの在籍で学校には来ていなかった。一応、学校には登校していたそうだが、山の中を散歩したり、人気のない場所で時間をつぶしていたらしい。表向きの理由は病気によるものとなっているが、私たちはそれが嘘だと知っている。
自分の倍の背丈のある男を分投げ、神様を素手でボコボコにする男が病弱だとしたら、医者も病院も世界には必要ない。
「そこは説明すると長いうえに、色々と複雑だからいいたくない」
うんざりした様子の彰はめずらしい。私と香奈は顔を見合わせる。
「たしかに、あなたの家の事情というのは色々と複雑ですよね」
子狐様だけは何か納得した様子で眉を寄せ、湯呑を意味もなく撫でつける。何か嫌な記憶でも消そうとしているかような落ち着かない動きに、私はさらに疑問を深めた。
「子狐様も知ってるんですか?」
「一応契約主のことですからね。そこまで詳細ではないですが」
「たぶん、子狐ちゃんが寝ている間に、さらに面倒くさいことになったと思うよ」
「……さらにですか……」
彰の疲れ切った言葉に、子狐様が顔をしかめた。
疲れた顔をする彰なんて初めて見た。あからさまに嫌そうな顔をする子狐様も久しぶりに見た。この二人をここまで弱らせる、家庭事情とはいったい何なのか。
「気になるけど、聞くの怖いね……」
香奈がぽそりと呟いた一言に、私は無言でうなずいた。触らぬ神にたたりなしというし、触れない方がよさそうだ。
「それで、話戻るけど収穫はあったの?」
これ以上、嫌なことを思い出したくなかったのか、彰が話を戻す。彰と子狐様の様子を見た後では、無理やり話を聞きだす気にもならず、私は通学路で見たことを報告した。
「やっぱり彼氏いたか」
「特定できないと思ったら、外部の人だったんだね」
対して驚いた様子もない彰と香奈の様子を見るに、彼氏がいるのは二人の中で確定事項だったのだろう。ただ、誰かが分からなかったから、特定したい。それだけの話だったようだ。
「彼氏イケメンだったんでしょ?」
「イケメンだったし、懐の広さも経済力もありそうだった」
「それじゃあ、一般の高校生じゃ太刀打ちできないね」
「ご愁傷様」と彰は美人の先輩に思いを寄せる、多くの男子生徒に向かってつぶやいた。私も心の中でもう一度だけ黙とうしておく。
悲しいが、美人がフリーなわけないのである。
「そうなると、どうしよっか……。先輩のこと好きって人多いみたいだけど」
香奈が黒いファイルを開いて困った顔をした。
そこには祠に届いた願い事が、香奈の手によって整理され、収納されている。
今回の調査対象だった美人の先輩に、思いを伝えたい。付き合いたいという願い事は二桁ほど届いており、モテすぎだろと思わず私と彰が同時に突っ込んだ。
「先輩には好物件の彼氏がいるから、あきらめろって返事かく?」
「願いの主、全員特定するのめんどくさくない?」
彰の言葉に私は眉を寄せた。
お狐様の祠に届く願い事には、名前が書かれていないことも多い。そのため、願い主に真相を伝えるためには、まずは個人の特定をしなければいけない。
「時間かかるか……」
「特定している間に、彼氏が外部でしたって知られたら、子狐様のお告げってことにはならないよね……」
香奈の言葉に、私の眉間の皺が深くなる。
私たちがやっているのは人助けではなく、神助け。すべては子狐様の信仰心を取り戻すためのもの。私たちの行動は、子狐様が行ったと思わせなければいけない。先にほかの誰かに知られては、私が数日間もの間木に登った意味がなくなってしまう。
「新聞部に情報流そうか」
黙って何かを考えていた彰がつぶやいた。
「それだと、新聞部のスクープってことにならない?」
「そうならないように、あくまで子狐様のお告げって空気つくろう。先輩のことだとは言わずに、場所と時間を指定して、ここに来れば確実にスクープが得られるって。部室の壁にでも筆で書いとこうか」
いたずらを思いついた子供みたいな顔で、彰が笑う。
子狐様のためというよりも、純粋に人が驚く行為を楽しんでいるように見える。その結果、子狐様は助かっているのだが、半分くらい趣味のような気がして微妙なところだ。
「それができたら、子狐様のお告げに見えるかもしれないけど、どうやって場所と時間を指定するの?」
香奈の疑問はもっともだ。
私が先輩と彼氏を目撃できたのは、数日間ずっと張り込んでいたから。つまりは力技。
その方法を新聞部に伝えたところで、神様のお告げというよりは、生徒の誰かからの有力情報で終わるだろう。しかも、新聞部が張り込んでいる期間中、先輩と彼氏がふもとで待ち合わせするとは限らない。
「先輩って占いが好きなんでしょ」
彰の言葉に、観察するにあたって知った先輩の情報を思い出す。
先輩はかなりの占い好きで、朝のニュースで運勢アップと言われる行動は、何としてでも実行に移そうとするらしい。美人だし、性格もいいんだけど、そこだけはねえと周囲の子たちは苦笑気味だとか。
けれど、その話が今でてくる理由が分からずに彰の顔を見る。彰は楽し気に笑った。
「おとめ座のあなたは学校前がラッキースポット。学生さんは手をつないで帰宅すると恋愛運アップ。ずっと一緒にいられるでしょう。ってウソ占い伝えれば、実行に移すんじゃないかな」
「噂を聞く限り、無理言ってでも実行しそうだけど……、それをどうやって伝えるの?」
そういった占いは雑誌か、朝のニュース番組を見るのが定番だ。それを偽造できるはずもないし、直接伝えるには怪しすぎる。
「簡単、簡単。廊下で僕ら三人で話してればいいんだよ。ここの占いサイトよく当たるんだけど知ってる? そうなの? えー双子座の今日の運勢いまいち、ショック。あっでも、おとめ座が一位だってー。みたいな感じで、あとは読み上げてる空気だせば良し」
身振り手振り、実際に演技までして見せた彰に私は引きつった笑みを浮かべた。よくもまあ、そんな手が簡単に出てくるものだ。
「実行の数日前に、新聞部の壁にお告げみたいに書いとけば、予言みたいになるし」
「それはいいけど、どうやって書くの。放課後は人がいるし、夜の学校に忍び込むっていうの?」
深夜の学校に忍び込んで、慣れない筆で頑張って壁に文字を書く自分の姿が浮かぶ。そういった面倒事は私に丸投げしてくるのが彰だ。「僕は発案者だから。実行犯はナナちゃんで」とかいって。
「それでしたら、部室の場所を教えてもらえれば、夜にでも私がやっておきますよ」
「ほんとですか!?」
予想外のところから現れた救いの手に、私は大げさに喜んで子狐様を見つめた。
子狐様は私の勢いに相当驚いたらしく、ぴょこんと狐の耳が現れた。驚いたり、興奮したりすると現れてしまうらしい。そこまで驚かせたかと思うと、少しだけ反省。
「えーいいよ。ナナちゃんにやってもらうから」
「私がやった方が達筆ですし、信憑性があるでしょう」
子狐様の言葉はもっとものはずなのに、彰はどことなく不満そうだ。おそらくは私に丸投げして、困る姿を見るという算段だったのだろう。相変わらず性格が悪い。
「あなたはいい加減、七海さんに無理難題押し付けるのをやめなさい」
子狐様の珍しく強い口調に彰が唇ととがらせる。すねた子供のするしぐさだが、中身が腹黒だと知っているので全くかわいくないし、同情もわかない。子狐様、よくやった! と私は拳を握り締めた。
私とは反対に、彰はさらに不満げに頬を膨らませている。
「七海ちゃんは今回の調査頑張ってくれたし」
香奈までいうと、彰は私に無茶ぶりするという案を押し通せなくなったらしく、黙り込んだ。
何でか知らないが彰は香奈には弱い。邪悪だから純粋無垢な香奈には思うところがあるのだろうか。
「仕方ない。じゃあ、そこのところは子狐ちゃんで……」
彰が不満だと全身で現しつつも、子狐様の案を受け入れる。その言葉を聞いて、私がホッと息をついたのもつかの間、
「ちょっとまちなさい!」
聞き慣れない声が、祠の前の開けた空間に響き渡った。
私たちだけだと思っていた場所に、知らない人の声が聞こえ、私は硬直する。香奈は目を丸くしたまま、声の出所を探そうと顔を動かした。
真っ先に声の出所を突き止めたのは、やはりというか、彰で、目を細めて一点を凝視する。
彰の視線の先を見ると、茂みの中から女子生徒が現れた。
初対面のはずだが、妙な既視感がある。どこかで会っただろうかと記憶を探るが、思い出せない。
私とは違い、香奈は覚えがあったらしく、「あっ」と驚きの声をあげている。
有名な生徒なのだろうか。
「話は聞かせてもらいました! あなたたちの悪事はここまでです!」
女子生徒はそう高らかに宣言して、腰に手を当て、私たちをにらみつける。言動からいって先輩のような気がする。
一度も染めていないであろう綺麗な黒髪をポニーテールにし、大概の女子が短くしているスカートは規定通りの膝丈。真面目そうな雰囲気だが、大人しいというよりは利発そうといった印象の女子生徒だ。
「悪事っていったい、何の事ですか? 先輩?」
彰は可愛らしく小首をかしげて、いかにも無害ですといった様子で問いかけた。表面上はぶりっ子モードだが、かすかに警戒している空気が伝わってくる。
香奈はどうしていいか分からず、おろおろと先輩と彰を見比べていた。私はとりあえず、状況を見ようと先輩の出方を見る。
子狐様は我関せずの様子でお茶を飲む。いつの間にか耳は綺麗にしまわれているので、パッと見ただの子供だ。人間同士のいざこざは関係ない。自分に火の手が飛んで来たら姿をくらまそう。そう思っているからこその余裕。
神様って、こういうときずるい。
「しらばっくれても無駄ですよ。佐藤彰。あなたが首謀者なのはすでに分かっています」
先輩は自身満々に胸を張って、ビシリと彰を指さした。首謀者と言われて彰は困惑した様子を装って入るが、目の奥が笑っていない。体感温度も一度下がった気がする。
私はというと、彰が首謀者だと言い当てた先輩の洞察力に驚いてた。
うちの学校の生徒のほとんどは佐藤彰という見た目だけの美少年に騙されている。中身が悪魔だとは知らずに天使だと褒めたたえているのだ。
だから、ここで私たちを悪者扱いするとなると、彰は自動的に外され、首謀者は私、香奈、子狐様の誰かということになる。
見た目だけみれば中学生くらいの子狐様は真っ先に除外。虫も殺せないほどおとなしく見える香奈も除外。自動的に私が主犯という恐ろしい図式が成り立つのだが、この先輩は見た目に騙される人ではないらしい。
「いきなり現れて、人を首謀者扱いなんて、それなりの根拠があるんですよね。先輩?」
彰が目を細めて、挑発的に笑う。
純粋無垢な人間を演じたところで無駄だと思ったのか、本来の気性の荒さがかすかににじみ出る。その姿を見て、女子生徒はひるむことなく、むしろ自分の考えが間違っていなかったと確信した様子で笑った。
「ええ、もちろんです。これでも上に立つものですから」
自信満々に答える女子生徒を見て、私はずっと感じていた既視感の正体に気づく。
どこかで見たことがあると思っていたが、勘違いではなかった。遠目ではあるが、確かに私はこの先輩を何度も見ている。
「自己紹介させてもらいましょう。三年の
その堂々とした挨拶は、人の前に立ち、人の上に立つことに慣れたものだった。
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