4-2 猫探し
「時間がないし、行くぞ」と百合先生に促されて動き出す。
学校へ行く坂のふもとにいつまでもいたら、知り合いに見つかってしまうかもしれない。悪いことをしているわけではないが、事情が事情なため騒ぎにならない方がいい。
百合先生はゆったりと大股で前を歩く。
どこに行くとは言わなかったが、明確な目的地があるらしく足取りに迷いはない。
おしゃべりなタイプでもないし、行けば分かると背中で語る姿は男らしいが、男らしすぎてわけがわからない。
こういうところが誤解される原因なんだよなあと私は苦笑するばかりだ。
百合先生の後ろを着いていく私たちに、通りすがる人の視線が集まる。
百合先生は私服だと教師には見えず、ヤクザ。軽く見てもどっかのチンピラだ。その後ろに高校生三人が続く姿は異様に見えるのだろう。ひそひそと囁き声が聞こえて非常にいたたまれないが、百合先生は慣れているのか無反応。
嫌な慣れだ……。
「小宮いてくれてよかった。香月と坂下だけだったら通報されたな」
確定事項ようにいう百合先生に涙が出そうになった。顔は怖いけどいい先生なんですよ! と叫びたいが、叫んだところで「無理やり言わされている。脅迫だ」なんて言われそうな雰囲気だ。
百合先生、不憫すぎる。
同時に彰が小宮先輩は来るのかと聞いてきた理由を察した。彰はこの状況を予想していたのだろう。女子だけでついていったら間違いなく通報されるということまで。
逆に言えば、彰と百合先生にとって通報されることは予想外ではなく日常なのか。
考えれば、考えるほど辛くなってきた。本当に百合先生はいい人なんだ……。顔が壊滅的に怖いだけで。
「先生、どこ行くんですか?」
こちらの様子をチラチラうかがっていた通行人が、香奈の「先生」という言葉に目を見開いた。そこまで驚かなくてもいいじゃないですかと百合先生に代わって私が言いたくなる。
顔が怖いだけなんですよと合流して数十分で何度も思った、フォローの言葉を心の中で思う。口に出すには経験値が足りないので許してほしい。
「もうちょっと先に、猫の集会所があるんだよ」
百合先生の意外な言葉に私たちは目を丸くした。
噂には聞いたことがある。野良猫が夏には涼しい場所、冬は暖かい場所に集団で集まるという。知っている人は知っている、猫好きには天国のスポットだ。
「百合先生、場所知ってるんですか」
猫好きの小宮先輩が目を輝かせる。友里恵ちゃんが一番だとしても、ほかの猫だって好きなんだろう。
「ああ。今の季節ならもうちょっと先だけど、夏、冬だとまた変わるんだよな」
「オールシーズン把握済み!?」
猫は好きじゃないといってたのが、さっそくフェイクに思えてきた。好きじゃなかったらそこまで把握してないだろ。強面なのに猫好きって思われるのが恥ずかしいのか。正直、変に隠した方が恥ずかしいです。
「香月……お前、勘違いしてるだろ」
口には出さなかったが視線で悟られたらしい。顔をしかめられて思わず目をそらした。通常の顔が怖いので、ちょっと顔をしかめただけでも威力が倍になるのだ。百合先生には悪いが、出会って少しで慣れるのは無理。
いつも平然と接して、怒らせようとどこ吹く風の彰はすごいと私の中での評価が少しだけあがる。本当に少しだが。
「先生こそ、嘘つかなくてもいいですよ。本当は猫好きなんでしょ」
妹さんがって言い訳しなくていいですよという言葉は何とか飲み込んだ。
妹というワードを不用意に他人が口にしてはいけない気がしたのだ。
「……ガキが変に気使うんじゃねえぞ」
態度に出さないように気を付けたつもりだったが、見事にばれた。倍の年数を生きた大人にはかなわないということか。
先ほどの百合先生の言葉を聞いていない香奈と小宮先輩が不思議そうな顔をする。説明するのも違うだろうと私はあいまいな笑みを浮かべて誤魔化した。
その態度にすら気に食わなかったようで百合先生は舌打ちする。本気で怖いからやめてほしい。関係ない香奈と小宮先輩がびくついていて、私が悪いことした気分だ。
それとも、悪いことをしているのか。
「ほら、そこだ」
しゃべりながらも歩を進めていた百合先生が、億劫そうに少し先を顎で示した。
怯えていた小宮先輩は現金なもので、目の色を変えて百合先生が示した方向を見る。
住宅街をさらに進んだ奥まった場所。地元住民しか知らないような、静かな空間に空き地があり、その中央には木造建ての造形物。田舎なんかにある木造のバス停が一番近いだろうか。
木でできた休憩所は見るからに古い。同じく木で出来たベンチが無造作に置かれ、雨風が防げる屋根があり、隣には由来の分からないお地蔵様が並んでいる。休憩所を取り囲むように数本の木が生えて、その空間だけを別世界のように周囲と隔離されている。
何とも奇妙な光景だ。
昔はこのあたりも田んぼだったというし、農作業の合間に使われていたのかもしれない。すっかり住宅街として整備された今は使うものはおらず、そこだけ時代に取り残されたように見える。それなのに妙に落ち着くのは、その場所がずっと昔からあったのだと馴染んだ空気で感じるためか。
雰囲気が子狐様の祠に似ている。
もしかしたらひっそりとたたずむお地蔵様にも、子狐様のような何かがいるのかもしれない。いたとしても私には見えないし、彰もいないので確認はできない。
子狐様が見えるのは彼女が私たちに姿を見せてくれているから。子狐様のように見えない人間の前にも姿を現せるほど強いものはそういない。そう前に彰が言っていた。
そういえば、百合先生はオカルト方面について詳しかった。
視界の端で香奈の目が輝いているのがうつったが、いつもの事なので流し、百合先生を見る。
百合先生は先ほどと変わらない様子で立っていた。
何を考えているかは分からない。感情のうかがえない眼差しが彰と重なって、たしかに二人は血がつながっているのだと関係ないことを思う。
「猫がいっぱいいる!」
遅れて小宮先輩が歓声をあげた。
住宅街とは不釣り合いな空間に視界が狭まっていたが、言われてみると休憩所の周辺には多くの猫がいた。日差しや風を遮る休憩所は使うものを人から猫に変えたようだ。
ベンチの上で寝転んでいたり、お地蔵様の隣に座っていたり。木の根元や、屋根の上で日向ぼっこをしていたり。猫好きにはたまらない癒しスポットになっている。
その光景をみていると人が使わなくなってもなお、昔の形で残されている理由が分かる気がした。見ているだけでも癒されるし、何だか安心する。初めてきたというのに懐かしさにもにた居心地の良さを感じるのは、お地蔵様の効果か、猫の効果か。
「こんな場所があったなんて!」
「すごい!」
目的も忘れてはしゃぐ小宮先輩と香奈に百合先生は眉を寄せた。
思い思いに過ごしていた猫たちは騒ぐ私たちにちらりと視線を向けるものの、我関せずの態度を貫き、動きはしない。
野良猫だろうに逃げる気配がないのは人慣れしているというよりも、野良として生き抜いてきた余裕を感じた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます