第4話 人ではない君

「ん?」

 俺が気が付くと教室には「ポツン」と1人だけで、他のクラスメイトは誰1人いなかった。窓越しにはグラウンドで陸上部が走っていて、「がんばー」など声が聞こえてきた。

 はあ。帰るか。

 俺は支度をすませ、玄関へと向かった。

 玄関を出て振り返り、校舎に付いている大きな時計を見て時間を確認すると時刻は5時20分を指していた。

 帰りのショートホームルームが終わるのは4時なため1時間以上教室にいた事になる。

 俺はなにをしてたんだ?

 いつもより学校を出る時刻が遅かったせいか自然と歩く速さも速くなっていた。急いで帰っても特にやることなんてない。家に帰れば専業主婦の母がいるくらいだが、今日は月曜日で1週間分の のおかずを買いに行くはずだから帰れば俺1人になるわけだ。

 まあ。1人の方が楽でいいんだけど。

 今日は近道して帰るか。


 いつも近道としてつかっている道に来て俺は何か違和感をおぼえた。気味が悪いとかそういうんじゃない。でも俺の心臓の心拍数があがっている。

 ねむ。

 止まっていた俺の足を動かしたのはどうしようもない眠気だった。家に帰って寝たいというだけで足が自然と動く。今の俺の中では眠気にかてる何かなど存在しないのかもしれない。

立木悠たちきゆう君だよね?」

 突然背後から声をかけられた。女性の声だとすぐに分かった。俺は慌てて振り返る。

 そこには俺の知らない少女が立っていた。ショートカットと小柄なところから少女はどこか幼く見えた。

「は、はい。そうですが」

「私はレイっていうの」

 勝手に自己紹介されちゃったんだけど。

「どうして俺を知ってるんだ?俺は君みたいな子は知らないんだけど」

「私は今日あなたの事を知ったのよ」

 今日だと?俺は今日1日学校にいたからこの少女と会うことはないはずだ。

「今日の朝私と目が合ったじゃない」

 少女は「やれやれ」といわんばかりに首を横に振る。

 今日の朝に?俺は今日1日のことを思い返す。寝ぼけているのか頭が回らない。

「あっ」

「やっと分かったのね。まったく」

 俺は1歩後ずさり少女と距離をとって少女の服に目をやる。少女は白いワンピースを着ていた。

「確認してもいいか?」

「うん」

「朝俺の学校の前の校門を通ったか?」

「うん!」

 やっぱりお前か。寝ぼけて見えていただけだと思っていた白いワンピースの少女はいて、しかもその少女は今目の前にいる。

 ここで俺は気づいてしまった。朝校門で目が合っただけで、しかも彼女自身が俺のことを知ったのを今日だと言っていた。ここで疑問がひとつ出てくる。

 なんで俺の名前を知ってるんだ。

「さっきも言ったけど私はレイ。あなたは珍しい人なの。だから仲良くなりたいの」

 俺が珍しい人?この子と話していると分からないことだらけだ。たしかに俺の学校で帰宅部は結構珍しい。大学のサークル程はないが同好会などもあってほとんどの生徒が部活または同好会に所属している。でも帰宅部なんて全国的にみればそう珍しくないはずだ。

「だからね。よろしく」

 そう言った彼女はどこか不安げだった。

「お、おうよろしく」

 いやいやいや。「よろしく」じゃねえよ。でも他になんて言えばいいか分からないし.....。

 俺は彼女のほうに右手を伸ばした。「よろしく」の握手を求めたのだ。

 彼女はそれを見て「はぁ~」とにっこりと笑い、彼女は安心したのか自分の右手を伸ばしてきた。

 彼女の右手を俺は握った。

「冷たっ!」

 俺はすぐさま右手を引っ込めた。氷をさわったかのように冷たかった。よく見れば彼女の肌は白すぎた。「人ではないのか?」心の中でそう思った俺は彼女の足を見て確信した。彼女は靴もサンダルも履かずに、裸足だった。彼女は人じゃない!

 さっきまでの眠気はどこにいったのか。俺は彼女に背を向けて無意識のうちに走り出していた。腐っても俺は元陸部エースだ走れば逃げれるかもしれない。そう思って無我夢中で走った。だが、40m走ったくらいの時に俺の気持ちに足がついてこずに盛大にコケた。運動会で張り切って走った父さんがコケた気持ち今ならわかる気がする。

「いってえ」

「大丈夫?」

 目の前には彼女が右手をさしだしてこちらの顔をうかがっていた。

 ありえない!彼女が俺を追いかけてくる感じはしなかった。なのに今俺の目の前いる。

 俺は彼女のさしだした右手を払い、また走った。ただひたすら走った。ヘトヘトになりながらも家の前まで来て、ぶつかるように玄関のドアを開け鍵をかけた。リュックを投げ捨てその場に倒れ込んだ。

 基本学校に教科書などは置いてくるためリュックの中には荷物はほとんどなく軽かった。だからリュックを背負ったままでも走ることがてきた。

 不幸中の幸いというやつなのか。

 ネクタイを左右に振りながら緩める。リビングに向かい冷蔵庫の中からミネラルウォーターを取り出し、そのまま階段を上がり自分の部屋に入り、ベットにうつ伏せになるように倒れ込んだ。

「おかえり」

「ただいま」

 あれ?今誰が「おかえり」って言ったんだ。自然に「ただいま」と応えてしまった。母さんやあやは居ない。

 恐る恐る俺は後ろを振り返った。やっぱりだまたさっきの少女がそこに立っていた。

 もうこうなったらやけだ。

「なんのようだ!」

 俺は彼女の目を睨みつけ怒鳴った。怖かった。怖いからこそ目の前に立つ少女を威嚇するように言った。

「ご、ごめんないさい」

 彼女はいきなり怒鳴られたことにびっくりしたのか涙目だ謝ってきた。たぶんこの子は人ではない。だが見た目は普通の女の子だ。だから女の子を驚かせてしまったことに少し罪悪感を覚えた。

「わるい。大きな声で怒鳴ったりして。ところでなんでお前はここにいるんだ?」

 俺はこいつから逃げたつもりだった。玄関にも鍵をかけたはずだ。

「逃げたから追いかけてきた。でも家に着いてもゆう君いなかったから部屋で待たせてもらったの」

 サラッと怖いこと言うなおい。てかどうやって追いかけてきたんだ。まったく気づかなかった。俺より先に家に着くって元々俺の家知ってたのか?それよりレイだっけ?彼女が何者なのかを知る必要がある。

「レイ。お前はいったい何者なんだ?すくなくとも人ではないはずだ」

「私はね幽霊っていうやつなのか。自分ではあまり自覚がないんだよね。どうしてこうなっちゃたのかは分からないの」

 なるほど幽霊か。なら手を握った時に冷たかったのも納得が行く。

「気づいたなら知らない場所にいてふらふら歩いてたの。でもすぐに違和感を覚えたの。誰とも目が合わないって思って、ためしに声をかけてみたけど誰も反応しない。そこで分かったの。自分は他の人からは見えないってことをね」

 知らない場所で1人歩いてたか。見た目は俺と同じくらいの女の子だし、寂しかっただろうに。他の人に見えないのになんで俺は見えるんだ。

「レイ。なんで俺はお前が見えるんだ?」

「それは私にも分からない。だから悠君は珍しいの。唯一私を認識出来る存在なの」

 誰も自分を認識されなかった彼女を認識出来る俺しか頼れないわけか。それなら無理矢理追いかけてきたことにも納得がいくか。

「じゃあ。幽霊になる前は何をしていたんだ?」

「ごめん。分からない」

「なんで俺の家を知っていたんだ?」

「分からない。でも体がかってに動いてここだって.....」

 分からないことが多すぎる。しかも記憶喪失か。これまた厄介だ。

 幽霊になる前の彼女は俺のことを知っていた可能性があるがそうした場合俺が覚えていないのはおかしいし.....。

 ダメだ。やっぱり分からない。

 完全に考えることをやめた俺はベットに仰向けに倒れた。

「とりあえず続きの話はまた後でだ。眠すぎてもう寝たい」

「ごめんね」

「気にすることないさ。ずっと1人だったんだろ?」

「うん。人と久しぶりに話せて嬉しかった」

 彼女はとても嬉しそうで満面の笑みだった。その笑顔は俺には少し眩しく、直視することはできなかった。

 こんな俺が彼女を支える唯一の存在なのかもしれない。だとしたらそれは俺には荷が重い。昨日、今日、明日の変化も感じることのできない俺に務まることじゃない。

 俺にしかできないことなのかもしれない。こんな嘘みたいな現実に向き合うことになるとはな。


 悠君は私のこと覚えてないのね.....。

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