第3話 どうでもいい一日

 時間が経つというのは意外にも早いもので気が付けば○○だったということが多々ある。まあ今まさに気付いたら4時間目の国語の授業なわけで時間の流れの早さを感じた。

 教室には黒板にチョークで文字が書かれる音とシャーペンでノートに板書している音が聴こえる。授業風景としては悪くないがみんながみんな真面目に受けているわけでもなく適当に時間が経つのを待つ人もいた。現に俺は睡魔との激闘の果てに気が付けば4時間目になっていたという状況なわけで俺の机には国語の道具なんて何ひとつ置かれてはいない。

 はあ。だるい。

 なぜか朝のショートホームルームが終わったあたりからみょうにだるい。だるいのはいつもの事だがいつもとは違うだるみがあるみたいな。自分でもよく分からないのだから仕方ない。

 すみれさんは何してるんだろう。

 そんなことをふと思った。いつもならグラウンドで体育の授業風景を見たり、窓から見えるなんのへんてつもない景色を見たりして時間を潰している。だが今は体育の授業をしているクラスはないし、朝の白いワンピースの謎の少女に比べたら窓から見える景色はどこかつまらない。おそらくなんのへんてつもない風景に何かを求めているのだろう。そんなものはないのに。

 菫さんに目を移すと黒板の方をジッと見ていた。机の上には教科書だけが置かれていてそれ以外は何も置かれていなかった。

 黒板をみつめるだけで授業の内容が入るなんてどんな脳みそしてるのやら。

 菫さんの視線が移り、その目は俺をしっかりととらえた。

「なにかようかしら?」

 えっ?

 寝ぼけていて頭が回らないせいか菫さんに話しかけられたと理解するのに時間がかかった。

「今日は本読んでないんだね」

 そんな回らない頭でいつも菫さんが何をしているのか考え、本を読んでいる菫さんの姿を思い出す。いつも暇さえあれば読んでいる。そんなイメージがある。

「私としたことが他の本を持ってくるのを忘れてしまったのよ。まあこれは私のお気に入りの本で何度も読み返しているのだけどね」

「へ~なんて本なの?」

 いつも読書をしているイメージがあり、たくさん本を読んでいると思う。その中でもお気に入りの本なのだから少し気になるのも自然のことだろう。

「『恋をしたのはまた君だった』って本よ。この本はほんとに切なくてね何度読んでも涙が出てくるの。映画化もされていたはずよ。」

 菫さんは机の中からその本を取り出し表紙を見せてくれながら教えてくれた。

 それにしても菫さんが泣くのか。想像してみたけどすごく絵になるななんて思ってしまう。

「なんだかおもしろそうだな。よかったら貸してくれないかな?」

「え?別にいいけれど.....」

 菫さんはどこか驚いた表情をしていた。なんでそんな顔をしたのかはまったく分からない。

「俺が本を読むのってそんなに珍しいことかな?」

「いえ、そういうことではないわ」

 菫さんは「はい」っと本を手渡してきた。

「読み終わったら返してちょうだい。その時感想も聞くからちゃんと読むのよ」

「わかった」

 家に行ってじっくりと読もう。

「おいそこ!授業中だぞ!」

 俺が本を菫さんから受け取ると国語の先生がこちらを睨んでいた。自然とクラスの視線が集まる。

 やっべえ。どうしよ。

「先生、授業の時間は2分前に終わっています」

 生徒達と先生そして俺は時計を見上げる。たしかに菫さんの言う通り授業の時間から2分だけ過ぎていた。

「日直、号令をしてちょうだい」

「あ、俺か」

 菫さんに言われ今日の日直であろう男子生徒が立ちそのまま号令を始めた。みんなもそれにつられて授業を終わる挨拶をした。

 国語の先生はちょっと待てなどと言って止めようとしていたがほとんどの生徒が休み時間モードに入ってしまい気にもしていないようだった。菫さんやっぱつよすぎなのでは?

「あなたも速く行かなくてはならないでしょう?健太けんたとかいう人とお昼ごはんを食べるのでしょう?」

「あ、そうだった。大事な話があるだがなんとか」

「ならなおさら速く行った方がいいわ」

 菫さんは左手で俺を払うような仕草をとりながらそうは言っていたがやっぱり根は優しい人だと俺は思った。

「ありがとう。菫さん」

 俺はリュックから家から持ってきたパンが入った袋を取り出すと教室をあとにした。


「やれやれ忙しい人ね」

 菫は机にかかっている弁当を取り出した。

「それにしてもあの本のことを忘れているなんて、あれはゆう君が私に教えてくれたはずなのに。まあそんなことを考えても仕方ないわね」

 菫は自分で考えることをやめ「いただきます」と言って手を合わすと誰もいない教室で1人だけ昼食をはじめた。


「あれ?まだ健太は来てないのか」

 俺は教室からまっすぐいつも健太と昼食をとる体育館裏に来ていた。辺りを見渡しても健太の姿はなかった。

「また購買戦争でもやったるのか」

 購買戦争とは言葉の通りの意味だ。昼休みになると購買は戦場となる。20個限定カツパンをめぐって争いがおきる。まあ野球部で鍛えている健太なら買えるとは思うけど。

「悠~!待たせたな!いやー悪ぃな」

「いやべつにいいけど」

 健太はパンの入った袋を右手に持って俺の右隣に座った。袋を の中には7、8個は入っているだろう袋からさっそくカツパンをとりだしてかぶりついた。

「やっぱうめぇ!!!これ買うために鍛えていると言っても過言ではないからな!」

「耳元で大きな声だすなよ。耳がいかれる」

 野球部でいつもでかい声を出しているせいで通常の声すら大きいのに、耳元で部活の時並みの声を出されたらいかれてしまう。

「ああ。ごめんごめん。お詫びにほらこれやるよ」

「え!?カツパンじゃんか。もしかしてお前.....」

「そのもしかしてだよ!」

 俺はカツパンを食べるのは2年にあがってからはじめてのことだった。でも俺が驚いた理由はそこじゃない。20個限定のカツパンはにごく希にブタちゃんシールが貼ってある。1人1個限定のカツパンを2個手に入れることができる。毎日カツパンを買っても引き当てることは難しいだろう。

「ありがたくもらうわ」

 俺は健太からカツパンを受け取りさっそくかぶりつく。

「やっぱ美味いなこれ」

「俺に感謝しろよ~」

 健太自慢げにカツパンをほうばる俺の顔を覗いてきた。カツパンは一瞬でなくなってしまった。

 懐かしいなこの味。

「カツパンが美味いことはわかったし、本題にうつるか」

「おう。そうだったな」

 何か言いずらそうな顔をする健太を見て大体は察しがつくというものだ。

「実はな悠!ここ最近幽霊がでると噂らしいぞ!」

 元気にそう言った健太だがそれはどこか不自然で取り繕っていることがすぐにわかる。

「そんなしょうもない話がしたかったのか?違うだろ」

 健太はうつむいてしまう。

「悠。また陸上やってくれよ」

 健太はばつが悪そうにそう言った。

 やっぱりか。こういう話だと思ったよ。

「また俺を悪く言う奴がいたんだろ?いいんだよそれは俺は気にしないっていつも言ってるだろ?」

「いいわけねえよ!親友が『負け犬』呼ばわりされていいわけねえだろ!」

 健太は必死に訴えかけてくる。

「去年まで、俺は野球。悠は陸上でがんばってきたじゃないか!」

 健太の言うとおり俺は1年生ながらリレーメンバーにも入っていたし、100と200は1番速かった。でもそれはあくまで去年までの話で今俺は帰宅部で陸上もやめた身だ。今更戻ったところで何が出来る。

「なんでそんなに冷めちまったんだよ.....」

 吐き出すようにそう言うとまた健太は俯いた。

「わるい。さきに戻るは」

 健太は止める様子もなく、俯いたままだった。俺は逃げるようにしてその場所を離れた。


「あら。意外にはやかったのね」

 教室に戻ると菫さんが1人で本を読んでいた。

「本忘れたんじゃなかったけ」

「学校には図書館があるじゃない。貸りたのよ」

「あーなるほど」

 席につくと「はあー」と深いため息が漏れた。

「何かあったのかしら?」

「健太がまた陸上やらないかー。だと」

「やらないの?」

「やらない」

 菫さんは「そう」とだけ返事をして図書館から借りた本を読み始めた。

 俺が話しかけて欲しくないということを察したのか。またはたんに興味がないのか。どちらにせよありがたい。

1度頭を冷やさなくちゃな。


 その後の授業は眠ろうにも昼に健太に言われたことが頭からはなれずに寝れなかった。

 帰りのショートホームルームが終わりどうでもいい1日は終わった。

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