紅梅

青羽根

第1話

「ああ、だれか私に、ほほえみかけてはくれないかしら…」

ほんわりと暖かい日差しのふりそそぐ梅林の片隅で、そっとため息をついたものがありました。

まだ若い、一本の紅梅の木です。

幹の一番太いところでも、赤ん坊の腕くらいの太さしかありません。

あまり多くはない枝についているつぼみは、真冬と同じくらい、堅いままでした。

その若い梅の木のたっている場所は梅林の一番北の外れで、お日様の光が良くあたらないのです。

「だれかが私にほほえみかけて、ほんのちょっと、暖かさを分けてくれたら、きれいな花を咲かせることができるのに…」

若い梅の木は、すぐ目の前に立っているほかの仲間たちを見回しました。

どの木もどっしりとした幹をしていて、しっとりと柔らかい花びらを、こぼれそうなくらい枝に抱え込んでいます。

「はやく私も花を咲かせたい。花が咲けば、ミツバチもそよ風も、私のところへ遊びに来てくれるはずだもの…」

そこまで呟いてから、若い梅の木は又、ため息をついたのです。

「でも、一体誰が私なんかにほほえんでくれるだろう?満開の木がこんなにあるんですもの。一つの花すら咲いていない私に、暖かさをくれる人なんて、いないのかもしれない…」

若い梅の木はすっかり悲しくなって、ひっそりとうつむいてしまいました。





「やあ、こんなところにも梅の木があったんだ。」

不意に掛けられた声に、若い梅の木は驚いて顔を上げました。

サクサクと軽い足音がして、小学生くらいの男の子が梅林の中を歩いてきます。

お日様みたいに黄色いセーターに、青いマフラーを巻いています。

「どうしたの?」

男の子の後ろから、母親らしい女の人も歩いてきます。

「ああ、お母さん。僕、毎朝この梅林のとなりを通って学校に行くけど、こんなはしっこに梅の木があるなんて知らなかったんだ。」

「この木だけ、まだ咲いていないものね。」

母親も、少し首をかしげて言いました。

若い梅の木は、恥ずかしくて恥ずかしくて、小さくなって消えてしまいたいと思いました。

「どうしてこの木だけ咲かないんだろうねぇ。」

男の子がそう聞くと、母親はゆっくりと首をふりながら、そうねえ、と答えました。

「この梅の木だけ、すこぅし寒いのではないかしら。ほかの木と、近くの家の陰になってしまって、お日様が良くあたらないんじゃないかしら。」

「ふぅーん。そうか、寒いのか。」

男の子も少し首をかしげて若い梅の木を見上げていましたが、不意に笑顔になって、母親に振り返りました。

「じゃあお母さん。こうすればいいよ。」

男の子は自分の首に巻いてあったマフラーをはずすと、若い梅の木の幹に、そっと巻き付けました。

「そうね。いい考えだわ。」

母親も寄ってきて、若い梅の木の枝を優しく撫ぜました。

「あなたがせっかく、きれいな所があるからって母さんを連れてきてくれたんですもの。この梅の木にも、きれいな花を咲かせてほしいわ。」

「そうだね。咲いてくれるといいね。」

二人はほほえんで、若い梅の木を眺めました。




「…さ、そろそろ帰りましょう。」

母親が男の子の手を引いて、若い梅の木から離れようとしたときです。

ポンポンポンッという小さな音が、二人の耳に届きました。

日なたに干したお布団を、指で叩いたみたいな音です。

「なんだろう。今の音。」

振り返った二人の前には、ほかのどの梅の木よりも紅い色がありました。

しゃんなりと立つ若い梅の木が、艶やかに咲き誇っていたのです。

そよ風に吹かれた花びらが一枚、幹に巻かれた青空に、ヒラヒラと舞い落ちていきました。

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紅梅 青羽根 @seiuaohane

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