第七部:なないろのみち
第95話:ういかぶり
樋本さんの件から二週間。文化祭は、もうこの週末だ。
今週は毎日の最後の授業時間が、全て準備に当てられる。その時間を使えば、十分に間に合うペースで準備が進んでいた。
衣装や道具を作ってくれる人たち。カフェの調理を専門にやってくれる人たち。お芝居をしたり、店員をしたり、臨機応変に動いてくれる人たち。
それぞれの役割りに向けて、もちろんお互いに手伝ったりもして、楽しそうに作業している。
「監督、こんなんでいいのか?」
「そうだね。これならどこの国っぽくもないし、使い回せそう」
「カントクー、ここの飾りどうなってるの?」
「うーん、いま作ってる通りでいいんじゃないかな。私にもそう見えるよ」
私はいつの間にか、なぜだか監督と呼ばれて、お芝居に関しての相談役みたいになっている。
プレッシャーはあるけれど、これでクラスメイトとして一人前かな、なんて思ったりもする。
祥子ちゃんにそう言ったら、笑われてしまったけれど。
「カントクー、呼ばれてるよ」
「えっ、はーい」
普段はお話をする機会のない人たちからもたくさん声をかけられて、目が回りそうだけれど楽しい。そんな中で私を廊下へ呼び出したのは、詩織さんだった。
「言乃ちゃん、忙しいのにごめんね」
「ううん、大丈夫ですよ。どうかしたんですか?」
「ちょっ、もういい加減に敬語やめない?」
彼氏の早瀬くんを訪ねて、詩織さんがこちらの教室に来る頻度は多い。最近ますます増えた気もする。その時に彼女は私にも声をかけてくれて、あいさつ程度にだけれど言葉を交わす。
「あっ、ごめんなさい」
「もーそれもだよ――って、それは今はいいや。それより大変なんだよ」
「はい?」
「名作カフェ。営業禁止だって」
「営業――禁止!?」
なんと言ったのか、言葉は残さず耳に届いた。しかしそれがどういう意味なのか、分かるけれど分からない。
それぞれのクラスや部活がなにを催すのか、実行委員会には概要を提出している。それは当然に私たちのクラスもだ。提出したのはもうかなり前のことで、それをいまさら禁止とは、どういうことだろう。
「調整とかじゃなくて、禁止ですか?」
「調整はまあ――代案として言われてはいるんだけどね」
「なに、どうしたの?」
私の声を聞いてか、純水ちゃんがやってきた。彼女は実行委員になったので、営業禁止という言葉が聞こえたなら、黙ってはいられないだろう。
「名作カフェを、やっちゃダメだって」
「ええ? それ、どういうこと?」
「えっと、委員会でね──」
純水ちゃんの顔が厳しくなる。でもこれは真面目に話しているだけで、怒ったわけじゃない。
詩織さんも気にした様子はなく、むしろ純水ちゃんに合わせたような表情で答える。
詩織さんの説明は、こうだった。
彼女は実行委員会の学年代表で、その会議の中、そういう話になったのだそうだ。
理由は一年生の出店に、飲食が多すぎること。もう一つは、隣のクラスがお化け屋敷をやるので、名作を鑑賞する環境ではないのではということ。
「随分な話だね。それ今言う? って感じだし、どうしてウチのクラスだけに言うのって思うんだけど」
「うん、そうなの。私もそう思ったからさ、飛び出して来ちゃったの」
「え? もしかして、今はまだ会議の途中ですか?」
「そうだよ。相方は居るから大丈夫だよ」
代表は、男女一名ずつだっただろうか。どこのクラスの誰だか知らないけれど、取り残されたのはちょっとかわいそう。
でも詩織さんは、早瀬くんのクラスの一大事と思って知らせてくれた。その気持ちは、とてもありがたい。
「違うよ。浩太は手伝ってるだけでしょ? 優人と言乃ちゃんが、すごく頑張ってるって言ってたよ」
「ええ、そんな──それで、言いに来てくれたの?」
大事な彼氏のクラスだものねと言ったら、そう言われた。
頼んだことも頼まないことも、なんでも黙々とやってくれる早瀬くんが、そんなことを言ってくれたなんて。
詩織さんは詩織さんで、先輩方や先生も居ただろうに、制止もされただろうに。音羽くんや私のために、飛んできてくれたなんて。
「詩織さん、ありがとう。でも……本当に変な話」
「それで、お芝居だけにしたらどうかって代案が、出てるには出てるんだけど」
「いやそれは出来るけどさ、ここまで準備したんだよ?」
調理スペースをどれくらい取るのか、ちょうどパーテーションの位置を、考えているところだった。
調理器具も並べられて、もうこのまま営業することだって出来そう。
「だからそれも会議で言ってただけで、私の案じゃないよ」
「──いや、やっぱり納得いかないよ。どうしてそんなことになってるのさ」
「私もよく分からないんだけどさ、金曜日に点検があったでしょ? あれがきっかけっぽいんだよね」
先週の金曜日。たしかに実行委員会と、その担当である夏目先生との見回りがあった。
提出している内容と隔たりがないか、危険が予想されるところはないか、そんなことを確認するために。
でもその時も、これという問題は指摘されなかった。火の管理などを、細かく見られただけだ。
「夏目先生がね、図面を見ながら言ったの。行列が詰まりすぎないかって」
「詰まる?」
「隣がお化け屋敷で、反対はトリックアートでしょ。必ず行列になるよね」
言われてみれば、どちらも大勢で入場してしまうと面白くない。入り口で人数管理しながら入ってもらうことになる。
「……でも、ウチはカフェだよ。すぐに入ってもらえるよ。絶対にならないとは言い切れないけどさ」
「なるんじゃないかな。お芝居を見るんでしょ?」
「ああーそうか……」
純水ちゃんが理解したように、私にも分かった。注文した物を食べたらすぐに退店する人よりも、お芝居のキリがいいところまでは滞在する人のほうが多いだろう。
やはり必ずとは言えないけれど、行列は出来やすい。
「でもそれなら、両隣との協議でしょ」
「そこなんだよね」
詩織さんは、持っていた紙を見せてくれた。会議の資料みたいで、何ページもあるものがホチキスで留められている。
示されたページは、校内の見取り図が色分けされて、あちこちに数字の書き込まれた物。
「なにこれ?」
「いちばん混雑する時の、動線予想。どんなに混んでも、通路が通れないとかはないようにするための図だよ」
それを見ると、私たちのクラスの前に行列は予想されていなかった。両隣は、三十分くらいと書いてあるのに。
「まさか予想出来なかったミスを、こっちに押し付けようって話?」
「その話のあとに、飲食が多すぎるとか、隣がどうとか言ってたから──たぶん」
「ひどい……」
思わず言ってしまった。
誰かを責める気持ちは、自分が気持ち悪い。香奈ちゃんを思い出して、もやもやしてしまうのと同じ感触がある。
でも思わず漏れ出てしまった。
「ああ、ひどいね。ひどく気に入らないよ」
純水ちゃんも、くそっと呟いた。
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