第91話:ゾロめがでたらすすむ

 金曜日の学校。放課後ともなると、みんななんだか楽しそうだ。

 早々に帰宅する人たちは土日の予定に胸を膨らませ、部活に勤しむ人たちもその活動だけに集中することで燃えあがっている。

 近付いてきた文化祭のために、準備も大詰めという人も多いだろう。


 もちろん、そのどれにも該当しない人だって居る。例えば私のように。

 文化祭の準備はもちろんあるのだけれど、自分の役どころとシナリオの調整以外では、することがない。

 それは音羽くんをはじめとして、クラスのみんなが、なんでもやってくれるから。

 ありがたいけれど、申しわけない。どうしてもやらせて、と言えない気弱さを恨むくらいしか出来なかった。


「ダメだよ。会わなくていいなら、会わないほうがいい」

「うーん、そうだねー。司さんに用件を聞いてきてもらうとか?」


 例によって、屋上に集まった私たち。今日は他にも、数人の姿が見える。夏の気配もそろそろ弱まったから、日なたに居てもちょうどいい涼しさだ。


「司さんも、そう提案してくれたの。でも──」

「ダメだよ。どうしても行くなら、あたしも連れていくこと」

「うちもー」


 樋本さんに会うことを相談したら、純水ちゃんと祥子ちゃんに反対されてしまった。


「普通の用事なら、普通に声をかけるでしょ。おかしいって、絶対。大人だから、女の人だからって、安全とは限らないんだよ」

「音羽はどう思うのー?」

「え、俺?」


 純水ちゃんは、相手が大人だと逆に信用しないという面がある。でもそれを抜きにしても、言っていることは間違っていない。

 三人がそれぞれに心配してくれるのは、素直に嬉しい。


「音羽もなにか言わないと。ここは大事だよ」

「そうだよ、勇気を持ってね」

「お前ら……」

「どうしたの?」


 ここ数日、どうも音羽くんはからかわれているらしい。大事とか勇気とかがキーワードみたいで、なにやらそう言われると、音羽くんは恥ずかしいらしい。


「いや──うん、それはともかく。どうするのがいいか、考えてる。ちょっと待ってくれ」

「ごめんね、心配かけて」

「いいよ。そんなこと」

「助けてあげなきゃね」

「天海……」


 音羽くんは言った通りに、また黙ってなにか考えている。それを待ってもいいのだろうけれど、自分の意見も言っておきたい。


「あのね。私の思ってること、言っていいかな」

「もちろんだよ。なに?」

「言ってー」

「司さんも、先に自分が用件を聞いてくるって言ってくれたの」


 それはさっき言った。でも分かっていても、こう言おうと組み立てた通りにしか話せない。不器用な私。


「でもそれって、どうなのかなって」

「どうって、なにが?」

「お話しようとしていることを、言い出しにくくならないかなって」

「うん?」


 まだ伝わっていない。

 大丈夫、まだ私の話も途中だから。


「用のある私じゃなくて、別の人が何の用ですかって。怪しまれてるんだなって、がっかりしちゃうでしょう?」

「怪しいんだから、仕方ないじゃん!」


「それは──そうなのかもしれないけど。じゃあ言うのはやめておこうって、ならないかな。いいことでも悪いことでも、私なら遠慮しちゃうもの」


 考えたことを言い切ると、祥子ちゃんも純水ちゃんも「うーん」と悩み始めた。

 嬉しい。

 悩んだ結果、どんな返事があったとしても、私の言葉を真剣に受け止めてくれている。


「そりゃあ、そうだけどさあ……」


 それでもやっぱり会わせたくない。そんな気持ちが、純水ちゃんにははっきり見える。

 私の言い分を、聞いたうえでなお。だからそれが、彼女から私への素直な気持ちなんだと思う。


「うちたちと一緒に行くのは?」

「それも同じかなって」

「じゃあ、その人に気付かれないように、監視出来る場所があればいい?」


 祥子ちゃんも、会わせたくないのは同じみたい。でも私の気持ちも優先させようとしてくれている。

 純水ちゃんと同調するだけじゃなく、祥子ちゃんなりに考えてくれている。


「それならいい──のかな。でもそんな都合のいいこと出来るの?」

「コトちゃんとその人が一対一で話せて、なにかあったらすぐに助けてあげられる場所だよね。どこかあるかなー」


 なるほど、今から考えるのね。祥子ちゃんらしい。


「あー、いい方法を思いついた」

「ホントに?」

「──かも?」


 少し自信がなさそうな音羽くん。自信がないというか、まだ考え中なのだろうか。祥子ちゃんに答えながら、まだぶつぶつ言っている。


「ええと。おとはに来てもらえばいいんじゃないか? ただ、その連絡をどうするかって問題は残るんだけどな」

「それはいいかもね。連絡だけなら、司さんにやってもらってもいいでしょ」

「変じゃない、かな」


 なんの用ですかというよりは、話したいから場所を指定する、というほうがいいだろうとは思う。

 でもそうすると、樋本さんの家に司さんが赴くことになる。となると、あとをつけて特定したことが分かってしまう。


「変じゃないよ」

「どうして家が分かったのかって、思われないかな」

「思われ──るだろうけど」


 そこで純水ちゃんは考えて、またすぐに言った。


「あ、そうだ。コトが顔を覚えてたことにすればいいよ。住所も」

「え。覚えてないよ?」

「嘘も方便って言うでしょ。他のことは、昔だから忘れたって言えば矛盾もないよ」


 そういう設定で臨むのが最低条件だと、純水ちゃんは言う。もちろん当日も、おとはの別の席に居るつもりだろう。


「俺もそうしてくれるとありがたいな。なにかあったら、助けに行ける」

「うん──」

「けってー?」


 音羽くんに祥子ちゃんも、純水ちゃんと同じ意見に落ち着いたようだ。

 私はどうなのだろう。もう一度考えたけれど、どうしてもダメという理由は思いつかない。ただちょっと、もやもやとした気持ちが残るけれども。

 しかしみんながそう言うのなら、それがいいのだと思う。私が一人で考えるより、きっといい案のはず。


「分かった。お兄ちゃんと司さんに、そう言ってみる」


 三人は揃って、ほっと息を吐く。

 うん、これでいいんだ。みんなが私を思ってくれる。とても嬉しい気持ちが、もやもやを消していった。

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