第85話:しらべ

「さあ、今度はお婆ちゃんの番だよ。説明してくれるんだよね」

「安心おし。忘れてなんか、いやしない」


 みんなそれぞれ自分の椅子に戻って、お茶を飲んだ。冷たくなりかけた温度が、火照った喉に心地いい。

 そんな僅かながらもほっとした時間を、祥子ちゃんが次へと運んだ。


「もったいぶるような話でもない。どんな物でも、少し離れて見るくらいのほうが良く分かるってだけだよ」

「直接話すよりも、事情を知った他の人と話させて、観察するほうが良いと?」

「そういうことだね。これまで時間をかけて、調査させていたのも同じことだ。例えば『あんたはタバコを吸うか』と聞いたとして、正直には答えないだろう?」


 それは分かる。分かるけれど、そうだとしたら寂しい。そこまで信用されていないのか──と考えかけて、そうではないとも気付く。


 信用するもしないも、なにも根拠がない。お婆ちゃんと私には、どうしようもないほど接点がなかった。

 たった三人残された肉親同士だというのに、お互いをなにも知らない。

 それこそ新しく会社に入る社員さんのほうが、履歴書とか試験とかあるのだろうから情報は多いだろう。


 たった三人。

 そのうちの二人は、お兄ちゃんと私。私たちは一緒に暮らしていた。お婆ちゃんは、娘である私のお母さんが居なくなってから、一人で居た。


「コトはそんなことしないよ。そんな偏見で見られるような子じゃないんだよ」

「ああ知ってる。良く分かったよ、調べたおかげでね。調べなきゃ、あたしにはなにも分からなかったんだよ。すまないね」


 疲れた風に、静かな口調でお婆ちゃんは答えた。

 その前の言い分にむっとしていた純水ちゃんも、調べなければ分からなかったというのには、多少なりと納得せざるを得なかったらしい。

 一度は言葉を失って、次を言うのに間があった。


「……それはそうだろうね。分かるよ。でもさ、やっぱり他にやりようもあったんじゃないかな。あたしはそういうの、ガーンと行っちゃうから分かんないけど。なにかあるんじゃないかな」


 闇雲に責めたいわけじゃない。そんなことをすれば、純水ちゃんの嫌いな自分勝手な大人と同じになってしまう。

 そういう気持ちを証明するように、純水ちゃんは理由を探しながら話しているように見えた。

 一所懸命という言葉が似合う彼女を、お婆ちゃんは、じっと眺めて笑う。

 それはほんの少し。目元のシワがちょっぴり深くなって、ほっぺの膨らみがふんわりしただけ。


「あなたは嬉しくないだろうけれどね。なんだか、あたしと似ているよ」

「ええ? なに、突然」

「いや、なんでもないよ。あなたの言う通り、やり方は他にもあったと思うよ。たぶん社員を雇うのと、同じように思っていたんだろうね。分からないことは調べればいいと考えていた」


 面食らっている純水ちゃんには構わず、お婆ちゃんは立ち上がった。

 祥子ちゃんほどではないけれど、小柄な身体。最初に見たときはなんだかものすごい圧力を感じたけれど、この部屋に居る間に随分と縮んだようにさえ見える。


 おもむろに、お婆ちゃんは腰を曲げて頭を下げた。両手は前で揃えて、和服に似合う綺麗なおじぎ。


「あたしは、なにを焦っていたんだろうね。申しわけなく思うよ。すまなかったね、みなさん。こちらの勝手で騒がせてしまった」

「いや……」

「ええと?」


 いつまでも顔を上げないお婆ちゃん。私と並んで目の前に居る、純水ちゃんと祥子ちゃんは戸惑う声を上げた。


「いきなりそんな、謝らないでよ。あたしはどういうことかって聞いてただけで、間違ってたってことなら、それで納得するよ」

「そうかい? 恩に着るよ」


 それでようやく、お婆ちゃんは直る。きちんと着付けられた着物は全く乱れていないけれど、襟や裾を気遣う動作が美しい。


「すまないついでに、ちょっと花摘みに行かせてもらうとするよ」

「花?」


 音羽くんは、おトイレに行くと言っているのが分からなかったみたいで、疑問を口にした。

 それを純水ちゃんは、じとっとした目で睨みつけて、さらにその様子をお婆ちゃんが笑いながら部屋を出て行く。


 席を離れる時、お婆ちゃんの手は司さんの肩を軽く叩いた。なにか意味のある行動だったみたいで、彼女も「かしこまりました」と答えていた。

 なんだったのか考える必要はなく、お婆ちゃんが扉を閉じると同時に、司さんが口を開く。

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