第58話:私の親友
月曜日になっても、純水ちゃんは学校に来なかった。気持ちが落ち着いても、体調まですぐに良くなるわけではないから。
むしろ舞い上がってしまったからじゃないのなんて考えるのは、やっかみと言うんだろうか。
良かったねとくすくす笑ってしまうから、違うと思うけれど。
火曜日はいつも通りの時間に、二人で登校してきた。いつも通りでない部分も一箇所あって、それは二人の手。
ぎゅっと手を繋いでいるのに思わず目を向けてしまうと、純水ちゃんは顔を赤くしてしまった。
「だから言ったじゃない、目立つって。コトが気付くくらいだから、みんな気付くよ」
「あーちゃんから告白したくせに、嫌なの? うちは友だち同士だって、手を繋ぎたいのに」
「嫌なわけないじゃん……」
私が気付くくらいだからって。まあ、鈍いのはその通りだけれど。
今までの二人の関係からすると、主導権を握るのは純水ちゃんだと思っていた。でも今のやりとりを見ると、もしかしたら逆転するのかもしれない。
「いいよ。もう、あーちゃんとは繋がない。コトちゃんと繋ぐ。そうしようね、コトちゃん」
「えっ、あ、うん?」
「ええ──ダメだよ。いや、コトならダメじゃないけど。でもダメだよ……」
昨日もお見舞いに行っていた祥子ちゃんは、ずっとこの調子でからかっていたらしい。
今は私が居るし、もう少ししたら他の人たちも来るけど、昨日は二人きりだ。それはもう単に、いちゃいちゃしていたと言うのでは。
と思って聞いてみると、必ずしもそうではないみたいだった。
「うちも自分の気持ちがどうなるか分かんないけど、そうなるなら早いほうがいいでしょ」
分かるようで、分からない。促成栽培で早く実を付ける、みたいなことだろうか。「どういうこと?」と聞く。
「ホントに付き合うことになったら、最初からそうしとけば良かったねってなるでしょ」
「うん、それは分かるの。でもその仮定があるなら、そうならなかった時のことは?」
ああ、そうか。祥子ちゃんのことだから、なにも考えていなかったというだけか。それならそれで、納得出来る。
「考えたよ。どうなるのか、たくさん想像した。そうしたら、こうなると嫌だなってことばかりで、そうなりたいっていうのはなかった」
だからだよ。と祥子ちゃんは、にこっと笑う。
相変わらず最後まできちんと説明する気はない感じで、私も釣られて笑ってしまう。
でも分かった。
祥子ちゃんは、後ろ向きなことを考えたくないんだね。
もしもそうしないといけなくなっても、いつも有り余ってるその元気で、吹き飛ばしてしまえるものね。
恥ずかしそうにはしながらも、横で聞いている純水ちゃんは、誇らしそうに微笑んでいた。
いつも強くて頼りがいのある純水ちゃんは、祥子ちゃんのこととなると、か弱かったね。
でも二人揃っていると、どんなことでもこなしてしまいそうだよ。
そんな間に私が居たら、お邪魔になるかもしれない。
だから私も、がんばるよ。
二人がかりでも困ることだって、きっと世の中にはあるんだよね。そうなった時に頼られるくらい──と言うとハードルが高いかな。
一緒に悩めるくらいには、二人のことを、みんなのことを、自分のことを、知っていようと思うよ。
二人は、私の大切な人だから。
「おお、野々宮。来たのか」
「あー、音羽か」
「なんだよ、その不満そうな返事は」
私の頭越しに、会話が飛び交う。振り返ると、教室の後ろの出入り口から音羽くんが入ってきていた。
そのあとに他のクラスメイトも居るので、たぶん次のバスが来たんだろう。
「おす、音羽」
「おう」
その中に、早瀬くんも居た。意味もなく音羽くんの肩を殴りつけているのは、挨拶らしい。格好だけで、力は全然入ってないそうだ。
「あ、そうだ。音羽、ちょっとちょっと」
「なに?」
純水ちゃんが手招きしたので、音羽くんは机にカバンを置いてこちらに来た。なぜだかそこに、早瀬くんも着いてくる。
「あのさ。次の日曜日、コトを休ませることって出来る?」
「あん? ああ、店の話か。ええと──」
なんの用かと思えば、私のことだった。けれど次の日曜日になにかあるのか、私も聞いていない。
予定を思い出している音羽くんの邪魔をするのもと思って、目を見張っているのが精一杯だった。
「たしか昼に出る予定になってたよな。一日くらい、婆ちゃんが余裕でやってくれると思うけど?」
「そっか、良かった。悪いけど、お婆ちゃんに頼んでよ」
そうだったよな。それでいいよね。みたいな確認が、視線で送られてくる。
いいも悪いも、もう決まっちゃってるじゃない。それを私が、勝手に決めないでなんて言えるはずもなかった。
「いいよ。なんかあるのか?」
「二人に、ご飯を奢る約束しちゃったからさ」
「ふうん──分かった。頼んどく」
片手だけで拝んで、純水ちゃんは「悪いね」と詫びる。祥子ちゃんがなにも言わないところを見ると、昨日のうちに二人でそうと決めたらしい。
「コトちゃん、そゆことで」
「分かった──けど、本当にいいの?」
「いいよいいよ。あたしが、そうしたいんだよ」
こうまで言われて、頑なに拒否するのも難しい。「じゃあ……」と小さく言って、頷いた。
「あーちゃん、トイレ行こ」
「祥子──」
目の前に男の子が二人居るとか、話の脈絡とか。いくつかのことを無視した祥子ちゃんに、純水ちゃんの眉がちょっとひそめられる。
でもそれ以上のことはなく、とりあえずカバンを置くために、二人は自分たちの机に向かった。
「んん?」
「どうした?」
ここまでなんの話だか、分からなかったと見える早瀬くん。歩いていく祥子ちゃんと純水ちゃんの後ろ姿を見て、声を漏らした。
「いや──あの二人、前から仲が良かったけど。今日は、手まで繋いでるなと思って」
やっぱり気付かれるのね。
あれだけあからさまなら仕方がないけれど、出来ればまだ、そっとしておいてあげてほしい。
叶うはずもない勝手な願いを、密かに思う。
「そうか? 俺は前から、ちょいちょい見てた気がするけどな」
「へえ、そうだったのか。まあ俺も、そんなに人のこと見てないしな」
音羽くんと早瀬くんは、そう言い合って軽く笑った。またなとかいう言葉もなく、二人はそれぞれの席に別れていく。
私はその一方。音羽くんの背中をこっそり見送って、「ありがとう」と呟いた。
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