第57話:私の見たもの
がっかりと言ったあと、祥子ちゃんの目は上を見たり横に逸らしたり。忙しくしていた。
それ以外に表へ出てはいなくても、驚いているのだとは思う。感情として見えるのは、言葉の通りに残念そうな、悲しい表情。
「それでかあ……コトちゃんのお兄さんとデートみたいなことしたり、先生に告白したりしたから」
なにかを観念したように、純水ちゃんは頷く。
祥子ちゃんは呆れているようにも、ちょっと怒っているようにも見えた。だからそんな反応になるのは、私にも分かる。
「考えたことないよ、そういうの」
「うん──」
そういうの。
女の子が、女の子を好きと。そう思う気持ちのことだと思う。その言い方は、いつもの純水ちゃんみたいにきっぱりとしていた。
それはつまり、受け入れられない。そう考えて間違いないだろう。
思いは伝わらなかった──。
お付き合いの話なら、相手が断ることだってもちろんある。でもそうしたって、なかなか難しいのかもしれないけれど、そのままお友だちで居ることは出来るかもしれない。
けれど受け入れられないなら、お友だちとしてさえ……。
「漫画とかでもそういうのあるけど、実際にそうだって人は初めてだよ。あーちゃんもそうだと思ったから、言い出さなかったんでしょ?」
「そうだよ……だってあたし、気持ち悪いじゃん。女同士なんて、考えられないって思うじゃん!」
声の大きさは、それほどでなかった。でも思い詰めた気持ちが、どれほどの圧力を溜め込んでいるのか。
それが激しい感情として、耳に突き刺さる。
「純水ちゃん、そんなこと言わないで……」
私の出る幕じゃなかったと思う。でも考える前に、口をついていた。
「うん──でも仕方ないよ」
すっかり諦めた様子の純水ちゃんに、これ以上なにを言えばいいのか。
まだ。まだ諦めちゃダメ。うまくいかないと思っても、何度だってやり直すんだ。
頭の中で叫んだところで、それは私が勝手に思っているだけのこと。少なくとも口を動かさないと、なんの意味もない。
「祥子ちゃん。私、なにを言えば、どうすればいいのか分からない。でも二人が一緒に居なくなるのは嫌なの。二人と仲良くしてもらえなくなるのは嫌なの」
困ったと、助けを求めた。当事者である祥子ちゃんに。
どうしてもお付き合いをしなさいと、強要したことになるのかもしれない。だけどそれ以外に、言えることなんてなかった。
「だいじょぶだよ、コトちゃん」
「え──?」
「うちが怒ってるのは、ずっと内緒にしてたこと」
私に言ったあと、祥子ちゃんは純水ちゃんの顔を見上げて、まっすぐに目を見た。
「気持ち悪いって、うちが言うと思った? それでそばに居たくないって言うと思った? そう思われたことが、がっかりだよ」
「祥子……」
今にも涙の溢れそうだった瞳に、光が差し込んでいく。細められていた目が大きく開かれて、大好きなその姿をいっぱいに写し出していた。
「うーん──すぐに好きになれって言われても、今の今だし。先生に振られてすぐにそう出来ちゃうのも、我ながらどうかなって思うし」
「う、うん」
信じられないものを目にしている、聞いていると、半信半疑なんだろう。純水ちゃんは、首を捻るような感じにぎこちなく頷いた。
私もそう。今までお友だちだと思っていた人が、急に違うなにかになるなんて。
「でも先に好きになったのは、うちなんだよ。それがたまたま、あーちゃんが先に深くまで行っちゃっただけだよきっと」
「え、あ──い、いいの? えと、一人で悩んじゃって、こんなグダグダになっちゃうあたしなのに」
純水ちゃんの両手は、自分の顔を撫で回していた。夢じゃないかと疑っているのかな。うまく言葉が出なくて、ほっぺを刺激しているのかな。
「いいよ。いつもあーちゃんが引っ張ってくれるけど、このことはうちが引っ張ってあげるよ」
ここまで言われれば、どうやら聞き間違いや勘違いじゃないと思えたんだろう。純水ちゃんに満面の笑みと、嬉し涙らしいものが一すじこぼれる。
「コトにまで、こんなに心配させてさ。グダグダなの、全部見せちゃってさ」
「コトちゃんには、ちゃんとお礼すること。うちもするけどね」
「祥子も心配してくれてたのに、あたし冷たくしちゃった」
「それもきちんとね。なにかおいしい物で手を打つよ」
祥子ちゃんの両手が、純水ちゃんの両膝に乗る。その上からまた、純水ちゃんの手が被さる。
想いが通じ合うって──すごいな。眩しくて、目の前がぼんやり滲んでいくよ。
「本当にいいんだね? あたし、女なんだよ」
「偶然だね、うちも女だよ。好きな人とお揃いって、やってみたかったんだよ」
前のめりに体重がかかって、純水ちゃんの膝が床を打った。
慌てて手を伸ばしかけたけど、それより当然に祥子ちゃんが抱きとめるほうが早い。
「大丈夫?」
「ちゅーもしていい?」
「あーちゃんと気持ちもお揃いになれるように、これから考える。それまで待って」
「うん……」
良かったね、純水ちゃん。
ありがとう、祥子ちゃん。
抱き合った二人に、私は心からの祝福を贈った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます