第52話:私の週末
土曜日。学校はお休みで、それでもいつも通りの時間に目が覚めた。
すぐにでも純水ちゃんの家に行きたかったけれど、新聞の配達と一緒に行くのは迷惑が過ぎる。
妙に手の込んだ朝ごはんを作ったり、お洗濯やお掃除をしたり。どうにか時間を潰して十時を回った。
これならデパートだって開いているし、問題ないだろう。いや純水ちゃんがお店でないのは、分かっているけれど。
『お見舞い:今から家を出ます』
メールを打って、お兄ちゃんに「出かけてくるね」と言って、外に出る。九月になってもまだまだ暑い日差しが、通路や階段を焦がしていた。
バスに乗って席に着くと、すぐにお金を用意した。数百円だけれど、おとはでお小遣いをもらっていなければ何度も行くのは難しかったかもしれない。
お父さんにもお母さんにも、お婆ちゃんにも。感謝しないと。
あ、もちろん音羽くんにも。
そうだ、メールをしておこう。
『今日:純水ちゃんのお見舞いに行ってきます』
いちいち報告するようには、言われていない。でも相談された側としては、たった今がどんな状況なのか、気になるだろうと思った。
ポーチに携帯電話を入れて、閉じようとしたら着信があった。
『Re今日:気をつけて』
むむ。返事に困らせちゃったのかな。
既視感のあるメールに和ませてもらっていると、すぐまた着信がある。
『ReRe今日:きっとうまくいく』
サクラサクとか、スグカエレとか、ずっと昔の電報みたい。ふふっと息が漏れるくらいに、笑ってしまった。
なんて送ればいいか困って、とりあえず気をつけてと送ったものの、昨夜と同じでは芸がないと思ったのかもしれない。
じゃあもう一度送ろう、でもなんて? 道中の安全はもう言ったから、行動のことを言おう。
そんな風にでも考えたのかと想像すると、また笑いそうになった。
変なの、と嘲る気持ちじゃない。胸の奥がすごく暖かくなって、体全体を震えさせるような気持ちが笑い声になる。
これは一体、なんだろう。すごく安心する。
──市街地をかすめて、おとといも降りたバス停に到着した。同じくおとといも立ち寄った洋菓子屋さんでゼリーを買って、コンビニでスポーツドリンクを買う。
肉まんは買わなかった。
マンションの一階。操作盤は、なんとか見よう見まねで使うことが出来た。なんだかいがらっぽい、純水ちゃんの声がする。
「開けるね」
その通りにドアは開いた。でも調子が悪そう。今日来たのは悪かったかな……。
ここで帰るのもどうか、なので部屋には向かう。さすがにもう迷う心配はない。
「何度も来てもらって悪いね」
「ううん。声、大丈夫?」
部屋に通してもらいながら聞くと、どうも私たちが帰ったあとに高熱が出たらしい。咳も出ていて、昨日で落ち着いたけれど声が枯れてしまったようだ。
「来ちゃって迷惑になっちゃった。ごめんなさい」
「いいんだってば。コトには会いたかったし」
そんなことを誰かに言われたのは初めてで、舞い上がりそう。でもその言葉の裏には、祥子ちゃんには会いたくなかったと聞こえる。
「またゼリー買ってきたの。食べる?」
「あー、助かる。お腹減ってきたんだ」
「なにも食べてないの?」
「パンは食べたよ」
ベッドの脇に小さなゴミ箱があって、そこにはたしかに菓子パンの包みらしい物がある。
ごそごそと覗くわけにもいかないけれど、なんだかそれ以外には、鼻をかんだティッシュくらいしか入っていない。
「ごはんは?」
「んー、食欲なかったからね」
普段の食事は、お母さんの作った物を食べてはいるらしい。はっきり聞いたのではないけれど、関係ない会話を繋ぎ合わせるとそういうことになる。
でももしかしたら、わざわざおかゆとかを作るとなったら、いらないと言ってしまったんだろうか。
それで気がねの少ない、買い置きのパンを食べたとか──。
「材料とか使っていいなら、私がおかゆでも作る?」
「えっ、いいの? 食べたい」
ベッドで待っててと言ったのに、純水ちゃんはキッチンに着いてきた。いやまあ案内はしてもらわないと、私が関係ない部屋に行く心配はあったけれど。
「椅子に座って、暖かくしててね!」
「はいはい」
私が言うと純水ちゃんは部屋に戻って、大きなパーカーを重ね着してきた。まだ心配だけれど、暑くしすぎて汗をかいても良くないだろう。
炊飯器は空だったので、お米からおかゆを炊くことにした。時間はかかるけれど、仕方がない。
純水ちゃんはダイニングのテーブルに上体を投げ出して、ゴロゴロしている。やっぱりまだつらいのかな。
「ベッドに戻らない?」
「違うよ。熱は下がったんだけど、まだ火照った感じはあって。テーブルが冷たくて気持ちいいの」
分からなくはないけど……まあ、戻る気はないみたい。
IHのヒーターが温める鍋の音は、とても静かだった。鍋の中面で、お湯が蒸発する音。ウィィと稼働音もするけれど、とても小さい。
「どうしてわざわざ、今日も来てくれたの?」
「どうしてって、純水ちゃんが心配だったし──」
「話したいこともあったし?」
おもむろに。突然に。隠す気はなかったけれど、やっぱりこんな風に指摘されると驚いてしまう。
「う、うん。純水ちゃんがつらそうなら、またにしようかと思ってたけど」
「全然平気だよ。なに? なにを話してくれるの?」
興味深そうな口ぶりと裏腹に、純水ちゃんの表情は曇りかけていた。どうせ祥子の話でしょと、そう思っているのがありありと見て取れた。
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