第51話:私の願い
「私のことを、よく知ってる。なんでも知っていたいって、言ってくれたんだよね」
「あー、うん」
さっきの恥ずかしさが前面に出た照れとは、違う表情。私がそうと知っていることに少しの驚きはありつつも、力強く頷いた。
「うちが知ってるって言って、あーちゃんが知りたいって言ったんだけどねー。あれ、逆だったかな?」
それはどちらが言っても同じ。同じように考えていたということ。
「わ……」
「ん?」
「わた……私だって。祥子ちゃんも純水ちゃんも、二人のこと、なんでも知っていたいよ」
「コトちゃん……」
いつの間にか。私からだったのか、祥子ちゃんからだったのか、脚が止まっている。立ち止まって、向き合って、お互いの目を見て話していた。
私もそうだと言った最後に、まぶたを閉じてはしまったけれど。
「でもまだ知らないことがたくさんあるから、一個ずつ聞いていこうと思う」
「──うん。なんでもいいよ」
優しく微笑む祥子ちゃんは、ちょっと頷いてまた笑う。クスッと、もっと笑いたいのを堪えるように。
「でもね。本当に聞きたいことは、聞いてもいいか純水ちゃんに聞いてみないといけないの。
だからそうしていいか、いま祥子ちゃんに聞いてるの」
「──え、なんて?」
言いかたが、ヘタクソだっただろうか。言葉を選び直して、深呼吸して、もう一度。
「祥子ちゃんに、聞きたいことがあるの」
「う、うん」
「でもそれは、私が勝手に聞いていいことじゃなくて、純水ちゃんに相談してからじゃないとダメなの。
でもそれで純水ちゃんがいいよって言っても、祥子ちゃんが聞かれたくないって言ったら二人とも困るでしょ。
だから──」
これで伝わったかな──。
もっと分かりやすくと言われたら、もう内容を言ってしまいそうだった。お話する練習もこれからするから、今はなんとか伝わってほしい。
「あーちゃんがいいって言わないといけなくて、でもうちが……あー、えっと。よく分かんないけどよく分かったよ」
「ええ? どっちかな──」
祥子ちゃんの表情が忙しい。またさっきの、いひひ笑いが混ざり始めた。
「結局コトちゃんが、なにを聞こうとしてるのかは想像もつかない。でもうちたちのことを、すごく思ってくれてるのは分かった」
「う、うん! 思ってるよ!」
「だから、お任せするってこと。うちは、待ってればいいんでしょ?」
伝わった。
私の思っていること、そのままではないけれど。それはだって、私自身も、はっきり言葉に出来ていない。だから当たり前だ。
祥子ちゃんと純水ちゃんのために、なにかしたいんだって。それが伝わったなら、いいのだと思う。
「うん、待ってて。私ね、二人とずっと仲良くしてもらいたいの。だから頑張る!」
「……………………うん、待ってる」
それから私たちは、おとはのある商店街まで歩いて帰った。普段よりもかなりの時間がかかってしまったけれど、疲れた感覚は全くなかった。
祥子ちゃんはついでに買い食いでもして帰ると言って、別のお店に行ってしまう。私も一緒にと言いたかったけれど、お手伝いの時間がもうギリギリだった。
「言乃ちゃん、今日はいつもより気合いが入ってる感じね。いいことでもあったの?」
「いえ、そんなことはないんですけど」
おとはのお母さんに言われた。自分でも前向きに動けているとは思うけれど、そんなに見て分かるほどなのだろうか。
「そんな調子なら、なんでも出来ちゃいそうね」
うふふっと、朗らかに笑ってもらった。
その会話が聞こえていたのか、お父さんにもそう感じられたのか、賄いのうどんにエビ天が載っていた。お願いしたのは、とろろうどんだったのに。
はふはふと食べていると、お婆ちゃんが向かいの席に座る。今日はお昼も忙しかったみたいで、私が来てからは奥に行っていたのに。
「言乃ちゃん。おいしい?」
「はい、いつもおいしいですよ」
お話に出てくる田舎のお婆ちゃんて、こんな感じなのかなと思う。夏休みに帰ると、井戸や川で冷やしたスイカをくれる、みたいな。
にこにこと笑って、私が食べるのを眺めている。
「難しいことをする時にはね、深呼吸が大事よ」
「え?」
「それくらい落ち着いて、じっくりやればいいってことよ」
音羽くんが話したのだろうか。たぶん、それはないと思うけれど。
彼自身は別のテーブルで、雑誌を読みながらうどんを食べている。もの言いたげだったけれど、結局なにも聞かれなかった。
「ありがとうございます。でも、どうして──」
「あら、やっぱりそうなの? どうしてか、そういう風に見えたのよ」
鋭いなあ。人生経験で、そんなことが分かるようになるのかな。
私にも相談しなさいと、言ってくれているんだろう。押し付けっぽい空気はなくて、素直に頼りたくなる。
「ええと、音羽くんが相談に乗ってくれて。ちょっとがんばろうと思ってることが、あるんです」
「優人が? あらあら、お役に立てたのかしらね。そうだったらいいけれど」
「すごく助かったんです」
お婆ちゃんは「良かったわ」と、私が帰るまでそのまま見守ってくれていた。
家族の目があるから恥ずかしいみたいで、音羽くんは結局なにも言ってくれなかったけれど。
自転車で帰る途中、携帯電話に着信の気配があった。なんとなくそんな気がして見てみると、予想通りに音羽くんだ。
着信といってもメールで、本文はなかった。タイトルだけ『気をつけて』と書いてある。
お店を出てからもう十分くらい経つのに、たったそれだけの文面。その簡素さが、逆に色々と心配してくれているのかなと思える。
連絡は明日すればいいかと思っていたのだけれど、思い立ってメールを打った。
『明日:私だけでお見舞いに行ってもいいですか』
と、純水ちゃんに。
なかなか返事はなくて、会ってももらえないというトラブル発生かなと不安が過ぎる。
でもようやく私が布団に入る間際になって、返信があった。
『Re明日:一人でならいいよ』
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