第34話:かた思い、かたる現実
空が明るくなり始めたころ、純水ちゃんも私もあくびが出てしまって、また眠りに就いた。
純水ちゃんは横になる前に、隣ですやすやと眠っている祥子ちゃんの顔を見た。ほんの数秒のことだったけれど、溶けたわた菓子みたいな笑顔がすごく印象的だった。
二日目の夕方まで、祥子ちゃんは宿題を写すのに精を出した。その時間までになったのは、私がおとはに行かなければいけなかったから。
全部を写しきることは出来ていなくて、次の日も日中ならいいよと言ったのだけれど遠慮された。
なんでもそれは「あまり完璧にやってもおかしいから」と、あえて適当なところで切り上げる判断らしい。
そこまでの時間を祥子ちゃんと純水ちゃんと過ごすのは、なんとも変な居心地だった。いや別に二人に対して、良くない感情を持ったとかではなくて。
あれは深夜の魔法みたいなものなのか、純水ちゃんの告白を聞いた時には「そうなんだ、素敵だな」という肯定の感想しか抱いていなかった。
でも夜が明けてあらためて二人の顔を見ていると、一方がもう一方のことを好きで、そちらは全然気付いていないということ。
ただ好きっていうだけじゃなく、ちゅーしたいと言っていたこと。
やはり一般的とまではなっていない、女の子同士だということ。
それらが私の、発達していない乙女な部分を刺激した。
ああ――恋愛系の小説を読むのは好きなので、偏って発達していると言うのが正確かもしれない。
その辺りはまあともかくとして、やはり片思いという言葉にときめかない女の子は少ないと思う。そうしたい、そうなりたい、とかでなくて。そういうシチュエーションが素敵なのだ。
それから、ちゅー。
そういうお話に私は疎くて、高校生の女の子にとってどれくらいしたことがあるのが標準なのか分からない。でもまあ私のなけなしの知識でも、ちゅーの先がなにやらあるらしいくらいは知っている。
純水ちゃんは、手を繋いで歩きたいとかじゃなくて、ちゅーしたいと言った。
たぶんその先も思い浮かべているんだろうなと、察しがついた。
それがいやらしいとか、はしたないとかは思わない。
そんなことを言っていたら、人類なんてとうに滅びていなければならないはずだから。
本当にはしたないのは、そういうことを相手も場所も考えずに、言動として出してしまう人だと思う。
女の子同士ということについては、もしかしたら私は、興味本位で素敵だと言ってしまっているのかもしれない。
小説やらの物語の中ではそれほど珍しい話ではなくて、現実でも実際にそういう恋愛をしている人たちがたくさん居る。
誰がなにを好きになっても、好きになれなくても。そのこと自体は、その人の自由だと私は思っている。
ただそれが恋愛のお話になると、私には全くそういう記憶のないことなので、発言してもいいのだろうかとは思ってしまう。
私の好きなお友だちの純水ちゃんが、私の好きなお友だちの祥子ちゃんのことを好きだと言った。
それがたまたま女の子同士で、私はそこに対しての違和感はそれほど覚えなかった。ゼロだったとは言えないけれど、それは偏見なんかじゃなく、単に確認だったと信じたい。
でもその辺りのことを、私は自分のこととして置き換えるだけの記憶がないので、実は無責任なだけなんじゃないかという不安は拭えなかった。
ううん。二人が仲良くしている姿を見るのは好き。それが友情でも愛情でも、二人ともがそれをいいと感じるのなら、やっぱり素敵なことに間違いない。
でもあんまり熱々過ぎたりすると、目のやり場に困るかもしれない。
そう考えて、内心で「きゃあ」と声を上げてしまう私は、はしたないのかもしれないと反省した……。
それから二人とは電話で話す程度で、一週間ほどが過ぎた。
夏休み、最後の週。おとはもお休みの水曜日に、私は純水ちゃんから呼び出された。
「ごめんね。音羽と遊びに行くんだろうに」
「え? そんな予定はないけど。音羽くんが言ってた?」
「ないの? やっぱりあいつ、ヘタレだねえ」
話の筋からして、そもそも音羽くんは関係ないのだと思うけれど、それでどうして貶されているんだろう。
その辺りは、そういう悪口めいた軽口というコミュニケーションらしいので、私はあまり触れないようにしている。
むしろ音羽くんのことを言う時には喜々とするはずの、純水ちゃんの顔に元気がないことのほうが気になった。
「ええと――本題はそれじゃないのよね?」
「あー、うん。そうなんだけどさ……」
呼び出された駅ビルの中にある、カフェの飲み物をずずずっと吸って、純水ちゃんは大きく息を吐いた。
なにか心配ごととか、困りごととかかな?
相談なんてしてもらっても、うまく答えられるかどうか心配だった。でもそれよりも、そうだとしたら駅ビルに来る必要がない。
「どこかに座ったほうがいいのかな」
「いや、尾行しないといけないかもしれないから」
「えっ、尾行?」
なんだか不穏な言葉が飛び出した。
聞き間違いだろうか、それとも純水ちゃんはなにかとんでもない事件にでも巻き込まれたのだろうか。
狼狽する私に、純水ちゃんは「あそこ」と指さした。
エスカレーターや立て看板などの設置物は関係ないとして、通路のかなり先のほうまで目を凝らす。
「――お兄ちゃん?」
紳士服や男性向けの小物を扱っているテナントの辺りに、見知った二人の姿があった。
一人は私のお兄ちゃん。
その隣に並んでいるのは――見間違いだろうか。どう見てもそれは、他でもない祥子ちゃんだった。
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