第33話:祥子のおもい、純水のおもい出
「祥子とは、中学で会ったの。一年生で、同じクラスだった」
私の家は市街地から外れて、西のほうにある。通っている高校は、市街地の中の西のほう。
純水ちゃんの家や通っていた中学校は、市街地の中の北にある。
「最初から賑やかでね。あたしはちょうど親にイライラしてた頃だったし、近付きたくないなーっていうのが第一印象」
純水ちゃんは海を見たまま「聞いてくれる? 長くなるかもだけど」と言った。
もちろん私は「聞かせて欲しい。長くなっても」と答えた。
「祥子が一人で居るところって、見たことなかったんだよね。
あー、友だち多くて楽しそうね。こっちに来ないでね。って思ってた。
まだ一ヶ月経ったかどうかくらいの時に、部活が終わって教室に戻ったのね。そうしたらクラスの子が、あたしの名前のことを話してた。
最初の自己紹介の時にちょっと笑われたけど、そのあとはなかったし。その子たちも、それほどバカにしてる感じじゃなかったんだよ。
あんな名前だとかわいそうだよねって、いかにも人ごとって感じ。
いやいや。別にそれで傷付いたとかでもないの。ただ、ああまたか面倒だなって思っただけ。
だってそこにあたしが入っていったら、その子たちは気まずいでしょ? でもあたしは早く荷物を取って帰りたい。
どうしたもんかなあって、なるでしょ?
仕方ないからトイレにでも行って、ちょっとだけ時間をずらそうと思ったの。それで振り向いたら、そこに祥子が居た。
祥子はあたしにはなにも言わずに教室に入っていって、中の子たちに聞いた。『なんの話?』って。
その子たちも悪気はないから、そのまま言うよね。純水って可愛いけど、かわいそうだよねって言ってたんだよ──とかなんとか。
祥子は『もし本人が聞いてたら悲しいよ。どうせ話すなら、可愛いってとこだけにしとこうよ』って言って、あたしのカバンを持って出てきたの。
ん? うん、まあそうだよね。
たぶんその子たちにも、あたしが外に居るってバレてると思う。
その時はそれに気付いてなかったけど、祥子はカバンを持ったまま歩いて行っちゃうから、とりあえず着いていくよね。
どこまで行くのよって思いながら、言い出せなくて。結局、下駄箱のとこでやっと祥子のほうからカバンを返してくれた。
ついでに『一緒に帰ろうよ』って。
うん、そう。祥子はあたしのカバンしか取って来なかったの。自分のまで取りに行くと間が持たなかったのかな?
それは聞いてないから、知らないけど。
でも『普段からあんまり持って帰ってない』って言うから、あたしもしつこく聞かなかった。
帰り道で、特にこれっていう話はしなかったね。暇なときはなにしてるかとか、服はどこで買うのかとか。
気にするなみたいなことでも言われたら、また面倒だなって思ってたから、拍子抜けだったけどそれで良かったよ。
宿題? 次の日の朝に、友達のを写させてもらってたよ。今とおんなじ。
それから祥子は他の友だちと同じような感じで、あたしの周りにも居るようになった。
いや違うの。めでたしじゃないの。
話してみたら、たいていなんでも乗ってくれるからさ、あたしも思ってたほどうざったくないなって。
なんだかおやつが余ったからって、よくくれたりしたしね。
でも、だんだんそれがうざくなった。
くれるお菓子が、言ってもないのにあたしの好きなのが多くなってさ。
ノド乾いたって言ったら、ジュース買ってきたりさ。パシらせてるみたいになってた。
だから言ったの。もう面倒だから、傍に寄るなって。どうして色々調べてまで、あたしにそんなことするのか。気持ち悪いって。
そうしたらさ。あたしと小学校が一緒だった子たちから、ちょっとずつ聞いたの白状して、謝ったよ。
教えてくれた子たちに、怒らないでって。
自分のことを謝るんじゃないのかよ、って心の中で突っ込んじゃったよ。
じゃあ怒らないから教えて、って聞いた。どうしてそこまでするのかって。
『だって、あーちゃん。うちのこと嫌ってたでしょ? でもうちは、あーちゃんのこと見てすぐに分かった。絶対あーちゃんのこと好きだって』
いやそれもあたしじゃなくて、自分の気持ちかよ。ってね。
わけが分かんなかったけど、聞かされたよ。あのおっきな目に涙を浮かべてさ、いつもの行きあたりばったりの要領で。
それで色々言われたけど、結局こういうことだったんだよ。
『うちはバカだから、うまく気に入られる方法なんて分かんない。でも嫌われてることと、あーちゃんのことをどうしようもなく好きなのは分かる。だから思いつくことを全部やったの』
でっかく口を開けて、唾を飛ばして言うの。困るでしょ? そんなこと言われたってさ。
もうこの子のこと、どうしたらいいんだろうって。その場で正直、ちょっと悩んだよ。
前のめりに力説する体勢もね。
それで目をそらしたらさ。あの子、その状況でお菓子持ってたんだよ?
なんだこいつって。怒ればいいのか笑えばいいのか分かんなくて、その箱を盗ったよね。
うん。奪い取ったの。
それで中のクラッカーを、祥子の口に放り込んだ。そうしたらおいしそうに食べるんだ、これが。
そう、あの顔。
ハムスターとかウサギとかだよね。
結局、あの顔にやられたのかな。
あたしそれまで、男も女も恋愛がどうこうって考えたことなかったんだけど。いつの間にか、考えるようになってたんだ。
ああ、好きだなあって。
もちろん、コトのことも好きだよ。でも種類が違うの。コトとは一緒に遊んで、色々喋ったりたくさんしたい。
でも祥子とは……ちゅー、したい」
純水ちゃんはそこで「わはははは」って笑った。
全く感情のない、棒読みも甚だしい笑いで、色の変わった顔を自分の腕の中に隠してしまった。
私には、これこれこういうことだよね、と完璧に理解できる部分はほとんどなかった。
でも分かる。通じると言ったほうが、いいかもしれない。
そんな気持ちを自分に向けられたら、きっとものすごく困って、心の底から暖かくなれるだろうって。
ずっとそのまま顔を上げない純水ちゃんを、私もずっと見つめ続けた。
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