第23話:焦りと優しさと夕暮れ

「ええと――早瀬くんと渡部さんとは、ずっと仲がいいの?」

「え? うん、そうだよ。小学校に入った時、同じクラスでさ。あの二人はずっと同じクラスで、俺は三年と四年の時だけ違ったんだったかな」


 あれから時間も経っているのに、特にそういう話題でもなかったのに、急にどうしたかと思われたかな。

 でも幼馴染がどういう人なのか興味があるのは、おかしなことじゃないよね。きっと。


「ふうん。二人は――ええと、その。あれよね、だから」

「ああ、付き合ってるよ。見ての通り」


 恋人とか交際とか、なんて呼ぶのが適切なのか、考えてから話せば良かった。口を開いてから「あれ?」ってなって、言いあぐねていたら音羽くんが助けてくれた。

 私は人と話す経験値が足りてないんだなって痛感するけれど、音羽くんはちゃんと察してくれて嬉しいと思う。


「早瀬とは話したことあるの?」

「ううん。ないと思う」

「そっか。良かった」


 うんと答えて、ちょっと引っ掛かった。


「良かった?」

「……ああ、いや。なんでもない。言葉の綾ってやつ?」

「そうなんだ」


 ちょっと言葉が途切れて、次はなにを言えばいいか分からなくなった。

 海面を見ると碧の色が濃くなって、深いんだろうなって感じだった。でもこの航路はそれほど長くない。たぶんもう、半分を越えているだろう。


「詩織って呼んでるんだね」

「え?」


 もっとなにか話していたくて、なにか言わなくちゃって思っていたら、そんなことを聞いていた。

 どうしてこんなことを言ったんだろう。確かにあの時「へえ、そうなんだ」みたいな気持ちにはなったけれど、取りたてて聞くようなことでもないのに。


 ほら音羽くんも「どうして聞くの?」っていう顔になってる。

 答えなきゃ。

 答えなきゃ。


「えっ――と、ええと。あのね、音羽くんは音羽で、早瀬くんは早瀬なのに、どうしてかなって」

「ああ、そういうこと。なんだ」


 よくやったぞ私。ほら、別におかしな質問じゃなかったんだ。

 って――どうしたんだろう。なんだか私、焦ってる。


 ほっとして、焦った気持ちに自分で驚いていると、音羽くんもなんだかほっとしたような気まずいような、妙な表情になっていた。

 なんだろう。でもこのタイミングで聞けるわけがない。


「三人で――三人だけじゃない時もあったけど。よく近所で遊んでてさ。俺も早瀬も、詩織は年下だと思ってたんだ。背が小っちゃかったから。だから妹みたいに思ってたのかな。あいつは名前で呼んでくるけど」

「浩太って呼んでたね」

「――うん」


 そっか。恋人だからじゃないのか。じゃあ音羽くんも、優人って呼ばれてるんだ。

 私は音羽くんで、音羽くんは織紙で。

 幼馴染と最近知り合っただけっていうのは、やっぱりずいぶん違うんだなあ……。


 それから二人とも黙ってしまって、ずっと海か空を見ていた。

 そのうちに、ずっとドンドンドンドンって一定のリズムを刻んでいたフェリーのエンジンが、ドゥルルルルルって言って音が低くなった。


「降りるよー」

「コト、ずっとここに居たの? 寒くなかった?」

「大丈夫。まだお日さまが暖かいよ」


 フェリーの狭い階段を、音羽くんが二度往復してくれた。

 祥子ちゃんと純水ちゃんの荷物は大きくて、女の子が持ってこの階段を降りるのは確かに危ないと思う。

 それを言い出してくれた音羽くんは、本当に優しいと思う。


 でも私まで待ってろっていうのは、必要なかったんじゃないかな。私も大きめのバッグではあるけれど、中身はほとんど布製品だからそれほど重くない。


「いいから。持たせてよ」

「う、うん。ごめんね」


 階段を先に降りる音羽くんは、こっちを見ようとしなかった。たぶん私がスカートだから、気を遣ってくれていたんだろう。急な勾配ではあったけれど、それで見えるほど短くはなかったのだけど。

 それでも私の降りる遅いペースには合わせてくれて、どうやってるんだろう、どうしてそんなことに気付けるんだろうって、私はなんだか感動さえしてしまった。


 駅に行くと、一時間に一本の電車が発車する間際だった。

 また四人で横並びに座って、楽しくおしゃべりをしながら帰る――のかと思っていたら、三人は眠ってしまった。

 起こす理由なんてもちろんなくて、段々と暗くなっていく窓の外を見ながら、私は帰りの時間を物思いにふけった。

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