第22話:島と波と風

 海で遊びすぎて、帰りのフェリーにぎりぎりの時間になってしまった。

 というのも、早瀬くんと渡部さんの二人と別れて砂浜に戻ると、祥子ちゃんと純水ちゃんが復活していた。

 私たちのいない間、二人は暇にあかして海の家の食べ物を、これでもかと食べていたらしい。

 それじゃあ休憩できていたのかなと心配になったけれど、見る限りは本当に元気いっぱいだった。


 それから「全力で遊ぶよー!」という祥子ちゃんの号令一下、本当にあれやこれやとずっと遊んだ。

 水中では二人と張り合わないと言っていたはずの音羽くんも、ビーチボールで水球みたいなことをして楽しんでいた。

 それですっかり、遅くなってしまったのだ。


「あーーっ! うさぎがー!」

「時間切れだね」


 この島は、うさぎがたくさん住んでいることでも有名だ。

 私も動物は好きなので楽しみにしていたのだけれど、時間がないのはどうしようもない。


「えー、まだ明るいよ」

「じゃあ祥子だけ、ここに泊まるんだね。コト、帰ろー」

「あ、うん」


 音羽くんは、二人が持ってきたたくさんの荷物を、崩れないようにしっかりカートに積んでくれている。


「コトちゃんまで冷たいー」

「えっ、ごめんね。でもまた来よう?」

「ほんとに来るー? 来週?」

「来週は無理だけど──ほんとにまた来たいね」


 私が言うと、座りこんでいた祥子ちゃんもしぶしぶ立ち上がった。

 シャトルバスは、乗った人がちょうどみんな座れるくらいだった。

 みんな私たちと似たようなところから来ているのだろうし、スケジュールも似てくるよね。


 いくつかの観光スポットを窓に見ながら、バスは進む。歩いている人はまばらで、観光客ばかりだ。

 白くて綺麗な道路周りや、南国風にも見える植え込み。すぐ目の前に迫っている山も雑然としていなくて、手入れしてあるんだろうなと思えた。

 でも代わりに、生活感はない。


 ここに住んでいる人も居るはずだけれど、買い物なんかはどうしてるんだろう。

 そんなことを考えている間に、バスは港に着いた。

 フェリーはもう待っていて、往復チケットを持っている私たちは、そのまま乗り込む。


「お忘れ物はございませんかー」

「お土産買う暇なかったね」

「あー! ほんとだ!」



 港の桟橋近くには、釣りをしているおじさんが何人か居た。バケツの中をちらと覗いて見たけれど、それほど釣れてはいない。

 でもみんな海を眺めて、風をゆったり感じているように見えた。ここが島だからか、今が夏だからか、私がよそ者だからか。


 この空気はいいなあ、って思った。

 私たちが乗って五分くらいで、フェリーは出港した。後ろのデッキで港を見送って、そのままスクリューの立てる白波に見入っていた。


「寒くないか?」

「あ、うん。大丈夫」


 夕方というにはまだ日差しも白かったけど、確かに涼しくはなっているかもしれない。

 気遣ってくれた音羽くんを振り返ると、一人だった。


「あいつらは中だよ」

「そうなんだ。疲れちゃったよね」


 フェリーの中は乗客の行ける範囲だと、車を載せるところと通路と船室しかない。車のところは船を降りるときまで入ってはいけないので、中というと船室になる。

 まあ船室といってもベンチばかりで、大きな客船みたいなことはないのだけれど。


「音羽くんは大丈夫?」

「ああ、平気」


 周りを見ると、祥子ちゃんたちだけじゃなく、音羽くんと私以外はみんな船室に入っているようだった。

 デッキは船室をぐるりと一周していて、その間の壁には、全面に透明な窓が付いている。だからお互いに丸見えなのだけれど、フェリーはエンジン音がかなり賑やかで、船室でいくら大きな声を出しても、こちらにはたぶん聞こえない。

 すごく距離が近いのに音がしないのは、白黒の無声映画でも見ているような、妙に隔絶された感があった。


「もう見えないなー」

「う、うん。そうだね」


 私がもたれている柵に、音羽くんももたれかかった。

 たぶん音羽くんが言ったのは、港だったり桟橋だったりのことだ。だいたいあの辺りというのは分かるけれど、もう周りの岸とはっきり区別はつかなくなった。

 海や島を見ていても、人の気配は感じられない。

 私たちの周りはフェリーのエンジン音で、少しくらい大きな声で話したとしても誰にも聞こえない。


 こういうのも、二人きりっていうのかな……。

 島で目撃してしまった、早瀬くんと渡部さんの仲睦まじい姿。私はなぜか、それを思い出してしまっていた。

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