第21話:出会いと笑いと幼馴染
「音羽と――織紙? お前ら、やっぱりそうだったのか」
対面した二人のうち、一人は知っていた。男の子のほうは、クラスメイトの
「そういうのじゃないよ。お前らこそ相変わらず仲がいいな」
「まあな」
「ちょっと、
女の子は音羽くんと私の顔を順に見て、最後に早瀬くんへ視線を戻した。
戻したというか、その子の顔が前を向いている限り、早瀬くんの顔以外は見えないだろう。
二人は抱き合っていた。
女の子は岩に背中を預けて、早瀬くんの腰に両手を回している。早瀬くんは片方の手を岩に突いて、もう一方は女の子の首に回っていた。
わ……。
こんなところで大胆……。
ああ――こんなところって言っても、一応は人目のないところなのに私たちが来ちゃったのか。
ううん。それでも屋外で、水着で。到底、私には真似できないけれど。
「ちょっと浩太。離れてってば」
「ん? あ、そうだな」
突然のことに驚いていたらしい女の子は、ようやく自分の腕がどこにあって、自分が早瀬くんにどうされているのか思い出したようだった。
取り繕う素振りさえ見せない早瀬くんの体と顔を押しのけて、乱れてもいない髪を整える振りをする。
「邪魔しちゃったな、悪い。織紙、行こう」
全く深刻ではない感じで謝った音羽くんは、また私の手を引いて来た方向に帰ろうとした。
「ちょっと待ちなさいよ」
女の子は顔を赤くさせながら、呼び止める。まあ確かに、そんな言い方をされても気まずいだろうなと思う。
「ん、どうした?」
「いや――あの、ええと。そう、その子は?」
呼び止めても用件がなかった女の子は、私のことを尋ねた。特に強く興味を持ったわけじゃないだろうけれど、ごまかしたいよねと同情する気持ちが湧いてきた。
「ええと、今のクラスの子だよ。織紙っていうんだ」
「そう。えっ、と――よろしくね」
自分の髪や頬をいじって、腕に触ってと落ち着かなかった女の子は、その短い会話の間に顔色を戻し、動作も普通に戻っていった。
立ち直りが早いなあ。私だったら、家に帰って、明日の朝になってもまだ恥ずかしがってそうだ。
「あ、はい。織紙言乃です。よろしくお願いします」
「――ぷっ」
なぜだか笑われた。
よろしくねと言われたから、頭を下げて、名前を言って、よろしくと言い返しただけなのに。
「く――くくっ。あははっ。面白いね。織紙さん? 面白いよ」
「えっと、ごめんなさい。そんなに面白いこと言いました?」
不快感なんかは全くない、親しみのある笑い方だったけれど、理由も分からず一方的に笑われると、どうしていいか分からない。
「ううん、ごめん。なんかさ――うふっ」
「ごめんな、こいつ笑い上戸でさ。笑い出すとなかなか止まらないんだ」
「いえ、それはいいんですけど」
早瀬くんが謝ってくれた。でも私は怒ったりとかしていないので、逆に申しわけない。
それからちょっと見ていても、女の子は笑いを堪えようとして苦しむばかりで、治まる気配がなかった。
「
「うふっ――ごめんね。あははは」
音羽くんが言うと、女の子は堪えるのをやめて思い切り笑い始めた。
でもそれから三十秒くらいか、それほど続くわけでもなくて、女の子の笑いは治まった。
なんだ。このくらいなら本当に、堪えたりしないで笑ってしまえばいいのに。
「あーすっきりした。ごめんね、気分悪かったでしょ。私の癖でさ、どうにもならないんだよね」
「いえいえ。ただ、なにが面白かったのか教えてもらえると嬉しいです」
笑いが治まらなくなったのはそういう性質なのだとしても、きっかけはあったはずだ。彼女もはっきり、私のことを面白いねと言ってもいたし。
「いやあ、なんかね。漫画とかで初対面の人に、いきなりフルネームを言う場面ってよくあるでしょ。普通は苗字だけでしょー、そんな人居ないって。って思ってたの」
そこで彼女はまた、ぷふっと吹き出した。
「おい」
「……大丈夫。堪えた」
早瀬くんが声をかけると、ほっぺをぱちんと叩いて、女の子はきゅっと唇を結ぶ。
うん、本当に悪気があるわけじゃないのね。
「それで私が本当にフルネームを名乗ったから、面白くなっちゃったんですね」
「うん、そう。ごめんね」
「いいえ。なにが面白かったのか知りたかっただけなので、謝らなくて大丈夫です」
嫌味っぽくならないように、気をつけて言った。そうしたら、今度は女の子の目が真ん丸になって、おやつを見つけたときの猫みたいな顔になる。
「織紙さんて、ほんと面白いねえ。私は
「よろしくお願いします」
もう一度頭を下げると、渡部さん――詩織さん? も、真似して頭を下げた。
上げた顔を見合わせると、二人して笑った。
「二人とも、小学校と中学校が一緒でさ。特に詩織は変な奴だけどね」
「変じゃないよー」
音羽くんに抗議する詩織さん。自分も変だと言われたことに気付いていない早瀬くん。それを笑って見ている音羽くん。
幼馴染ということかな。仲がいいって、こういうことだよね。
なんだかすごく羨ましくて、でも今は私にも祥子ちゃんと純水ちゃんが居るって思えることが嬉しかった。
でもそれとは関係なく、なんだか気持ちがもやもやした気がした。
「詩織はさ――」
音羽くんが詩織さんの名を呼ぶと、胸の奥になにか重い物が一つ落ちてきたような気がした。
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