第18話:砂と荷物とパーカー
「う! み! だーー!」
と、夏シーズンのアニメのような叫びを、本当に上げたのは祥子ちゃんだ。
周りの人たちの視線が一気に集まって、祥子ちゃんには悪いけれど、これは本当に恥ずかしい。
「ちょっと――祥子ちゃん?」
私が窘めようとあたふたしていると、純水ちゃんはするっと明後日の方向に歩いて行った。
他人の振りというやつかな? 私を犠牲にして、ひどいなあ――。
私が意識して真っ赤になっているのとは裏腹に、周りの視線はすぐになくなった。
今どきそれほど興味を引くことではなかったのか、関わり合いにならないでおこうと思われたのかは定かでないけれど。
さておき海は目の前だ。
もう着替えも終わって、更衣室から出た外は砂浜。そこから数十メートルには波が打ち寄せている。
電車を降りてからでも、港まで移動して、フェリーに乗って、島に着いたらシャトルバスに乗ってと、あれこれあった。
この島に来たのも初めてなら、お友だちとどこかへ出かけるのも初めてな私には、どれも新鮮で楽しい経験だったことは間違いない。
――でも、ここは海。
夏と言えば、海。レジャーと言えば、海。お友だちと遊びに行くなら、海。
「海だ!」
「織紙――?」
背後から音羽くんの声がした。
「あう……?」
振り返ると、たくさんの荷物を持った音羽くんが、ぽかんとした顔で立っている。
「あはは。張り切ってるなー」
「あ、ご、ごめんね!」
「なんでだよ。謝る必要ないだろ。謝るとしたら、こいつと、あいつだ」
音羽くんの指は、目の前に居る祥子ちゃんと、少し先で海の家を覗いている純水ちゃんに向けられた。
理由は、音羽くんの持っている荷物。その荷物のほとんどは、その二人のものなのだ。
キャリーカートに載っているから重くはないだろうけれど、荷物が満載のカートを一人で二台も引かされては、扱いに困っただろう。
二人が「荷物を任せた!」と押し付けた時、私は止めようとした。でも「まあまあいいから」と二人に更衣室へと押し込まれて、なにもしてあげられなかった。
「さっきはごめんね」
「いや。悪いのはこいつらだって」
「でも、それどうしたの?」
キャリーカートを押し付けられたはずだったのに、今の音羽くんの手にはバッグや敷物がたくさんある。
「二台いっぺんに引かされたら、そりゃあ難しくて。右往左往してたら、片方のゴムが解けた。そもそも積みすぎなんだけどな?」
音羽くんがぎろりと睨む振りをすると、祥子ちゃんは吹けていない口笛をしながら、素知らぬ振りをした。
「あは――あははっ」
「……なんだよ。笑うなよ」
音羽くんも祥子ちゃんも、相談したわけでもないのにそうやってふざけ合うことが出来て、すごく面白かった。
しばらく笑っている私に、音羽くんも苦笑いだ。
砂浜は、それほど広くない。
波打ち際の長さで言うと、百メートル――もうちょっとあるかな? というくらい。
でも海水浴に来ているお客さんも十組くらいしか居ないので、十分に広々とした空間だった。
砂浜を囲んでいる林の影になる場所に敷物を広げて、さっそく海に向かった。
音羽くんは、最初からサーフパンツタイプの水着になっていて、Tシャツを脱ぐだけだった。
祥子ちゃんと純水ちゃんも、パーカーを羽織っていただけなので、それをぽーんと脱ぎ捨てて走って行った。
「あれ、脱がないの?」
「ぬ、脱ぐよ?」
私は恥ずかしくて、前をきっちり閉めたパーカーも、揃いのハーフパンツも脱ぐことが出来ないままに波際に立った。
音羽くんは、それほどガチガチに鍛えているって感じではなかったけれど、男の子らしいがっしりした体格だった。水着もかっこいいと思う。
祥子ちゃんは、身長がそれほど高くなくてスタイルも――控えめ。
でも胸にだけフリルの付いた、ちょっと競泳用っぽくもあるおしゃれな水着が、すごく似合ってる。
純水ちゃんは――綺麗。
私より少し高い身長に、メリハリのあるスタイル。そこにビーチバレーの選手みたいなセパレートの水着が、とても映える。
「あたしらばっかり見てないで、さっさと脱ぐ!」
「や、やめて!」
一人で水着を批評して、現実逃避していたのに。無慈悲な純水ちゃんの手が、私のパーカーをはぎ取った。
ああ……南国系の花がデザインされたビキニが、公衆の目にさらされてしまった。
ううん、デザインはいいのだけれど、着ているモデルが悪い。
「おお、大胆だねえ」
「ええ!? だってワンピースなんて無理だよー!」
確かにビキニは、体形がそのまま出てしまう。水着売り場に行くまでは、私だってワンピースにしようと思っていた。
でも実際に見てみると、現実は逆だった――。
そこにあるワンピースは、どれもモデルさんが着ているようなデザインで、おしゃれだと思った。
でも――どれも相当に体形に自信がないと着られる物じゃない。
脚はすらっと長く伸びていて、胸やらお腹やら出るところはドカンと出て、引っ込むところはギュギュっと引っ込んでいないと。
タコ糸で縛ったお肉か、萎んだ風船を着ているのかみたいな感じになりそうだった。
ざっくばらんに言えば、セクシー過ぎる!
世の中のお嬢さんたちは、みんなこれを着こなせるのかな。すごいなあ……。
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