第17話:赤と青と緑

 祥子ちゃんと純水ちゃんも、途中の駅で乗り込んで来た。ホームに立っている二人を見つけて、向こうも気付いたから間違いない。


 二人の顔が見られて、嬉しかった。夏休みに入ってからも、ちょこちょこ会っているのに。なんだか久しぶりみたいな気分になった。


 でも同じ車両に乗ることは出来なかった。二人は乗車の列に並んでいて、それは私たちの居る車両の位置ではなかったから。




 その次の駅は、県名の付いている大きな駅だ。私たちはそこで電車を降りた。

 乗り換えなければいけないので、その駅のロビーで待ち合わせというのがそもそもの約束だった。


「思った以上だったね――」

「通勤電車怖いー」


 私は学校に、自転車で通っている。私以外の三人はバス。バスも混むのだけれど、電車のすし詰め状態とは違う。

 だから純水ちゃんはげんなりした顔をしていたけれど、なぜだか祥子ちゃんは怖いといいながらも楽しそうだった。


「あれ?」

「なんだよ」


 会って最初におはようと言ってから、なにもしゃべっていなかった音羽くんの顔を、祥子ちゃんが覗き込む。

 ちょっとうっとうしそうな、怪訝な顔をしながら、音羽くんはその視線を物理的に避けようとする。


 でも祥子ちゃんはそれもなんだか気に入ったみたいで、わざとニワトリのように首を動かして、視線を外そうとしない。


「ああっ! なんだよ!」


 遊ばれていると気付いた音羽くんが、両手で祥子ちゃんの顔を隠した。自分の顔ではなくて、祥子ちゃんの顔を。


「もごもごご?」

「なんだって?」


 顔を押さえつけられたまま、祥子ちゃんがなにやら質問したことだけは分かった。でも誰も聞きとれなくて、音羽くんが手を離す。


「なんで赤いの?」

「え――」


 すぐに純水ちゃんが、音羽くんの顔を覗き込んだ。音羽くんはさっきよりひどく、これをよけようとする。


「ほんとだ、赤いね。どうしたの」

「え、ほんとに?」


 赤いって、熱?


 純水ちゃんまで言うので、心配になって私も見た。観念したのか、今度はよけられなかった。


「ほんとだ。首からほっぺまでが赤いよ。熱でもあるの?」

「ないない。電車の中が暑かったからだろ」


 音羽くんはそう言うと「顔を洗ってくる」とトイレに行った。


 大丈夫かな――。


「熱中症とかかな。休憩したほうがいいかな」

「いやあ――大丈夫なんじゃない」


 祥子ちゃんは、にやあっと笑って言った。それを見ていた純水ちゃんもなにかに気付いたみたいで「ああ――そうだねえ」と同意する。


 また二人で分かり合って。


 私がなにかと気付けないのは自覚しているけれど、そんな風にされるとちょっと妬けてしまう。


「どうしてだか分かったの?」

「ん? さっき、コトちゃんが押しつぶされないようにしてたでしょ? そのせいだよ」


 ああ……そういうことか。


 二十分足らずではあったけれど、やっぱり混雑に耐えるのは疲れるよね。なにか運動し続けていたと思えば、二十分はまあまあの時間だもの。


「悪いことしちゃった――。やっぱり休憩したほうがいいかな」


 予定が少し変わってしまうけれど、体調を悪くさせたらそれどころじゃない。そう考えていったのに、二人はきょとんとしている。


「――いやいや。大丈夫だよ」

「心配なら、コトちゃんが見ててあげなよ。あたしたちも見てるけど」


 失笑、というのかな。二人は笑いながら言った。

 でも私が「ほんとに?」と確かめると「病気じゃないから」と強く言ってくれたので、それは信用することにした。




 トイレから戻ってきた音羽くんは、元気そうだった。赤かったのも治っている。


「体調悪かったら言ってね」


 あまりしつこく言うのも良くないけれど、もう一度だけと思って言った。すると音羽くんは「あれ?」という顔をして、すぐに笑った。


「大丈夫だよ。心配してくれてありがとな」


 うーん。よく分からないけど、やっぱり私はなにか思い違いをしてるのかな。

 でもそう感じるのが思い違いということもあるだろうし、気持ちを切り替えることにした。




 路線の違う電車に乗って、海に近い線路を走っていく。

 通勤とは反対方向なので、さっきまでが嘘みたいに空いていた。ちょっと古い感じの、布張りのベンチ型の座席。四人で並んで座った。


 降りる駅までは、二時間以上もかかる。だから乗り換えた時に買った朝ご飯を食べたり、おしゃべりをしながら過ごした。

 トランプも持ってきてはいたけれど、話題が尽きなくて使うことを忘れていた。


「海だよー!」


 あと二、三駅というところまで来たところで、座っていたのと反対の座席に祥子ちゃんが移動して言った。叫んだと言ってもいいくらい、大きな声だった。


 建物の陰になったりもしていたけれど、ずっと海は見えていたのに。反射的にそうも思ったけれど、祥子ちゃんの指さす海を見たら、そうじゃないと分かった。


「ほんとだねえ――」


 いつもならそんな祥子ちゃんを窘める純水ちゃんも、窓越しの景色を眩しそうに見つめている。


 祥子ちゃんが、電車に特有のあの窓を上に開けた。微かに潮の匂いがする風が、びゅうびゅうと音を立てて入ってくる。


 午前中の白い日差しが波にきらめいて、その向こうで交わる空と海。それに島の緑が、溶け合っているように見えた。


「海――だね」


 私は生まれて初めて、夏と海とを感じた気がした。

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