第19話:水かけと砂遊びと水泳勝負
しばらく波打ち際でちゃぷちゃぷと、四人で遊んでいた。それこそ水をかけあったり、追いかけっこをしたりとベタなことを。
そのうち祥子ちゃんが純水ちゃんに海の底の砂を頭からかけて、ケンカが始まってしまった。
と言っても本気のではなくて、いつものじゃれあいみたいなものだけれど。
「じゃあ端から端まで往復! 勝負ね!」
「返り討ちよ!」
ついに泳ぎで勝負になったらしい。
端というのは、ブイで囲われた遊泳区域の両端のことみたいだけれど、そこを往復だと三百メートルくらいになる。
大丈夫かな?
「用意――ドン!」
審判役の音羽くんが、岸壁の上から号令をかけた。
ブイにつかまっていた二人が、すごい勢いで反対の端に向かって泳いでいく。
なにをやっても平凡な私は、あの競争に混ざっても、あっという間に置いていかれるだろうな。
「――あ、もう向こうに着いちゃった」
「速いなー、二人とも。ああでも、天海がちょっと速いかな」
離れている私たちからは二人の差はほとんどないように見えた。でもブイに触れて戻ってくるのには、五秒くらいの差があった。
祥子ちゃんのペースは、全然落ちない。このまま行けるなら、祥子ちゃんの勝ちだと思った。
でも勝負はまだ分からない。
「うわっ、なんだあれ!」
「純水ちゃん、すごいすごい!」
そこまで純水ちゃんの泳ぎは、そこにある流れに乗っているだけかのように、静かで滑らかだった。
それがターンしてすぐに、がらりと変わる。
純水ちゃんのかく腕とバタ足との後ろに、白い泡がたくさん出て来た。それはたくさんなんて言葉だと全然足りなくて、猛烈に、強烈に湧いていた。
それでも泳ぎの苦手な人が立てるようなムダな波は全然なくて、モーターボートみたいな加速で祥子ちゃんに追いついた。
「あいつの体には、エンジンでも付いてるのか!?」
音羽くんも意外な光景に、わははっと興奮した声を上げていた。それを見る私にも、なんだかとても楽しい気分が湧いてくる。
「あー、抜かれちゃう! 祥子ちゃんも頑張って!」
「いいぞー! 行けー!」
祥子ちゃんも追いつかれたことに気付いて、速度を上げた。でもゴールの十メートルくらい手前で、体半分くらいの差をつけられてしまう。
「ああ――負けちゃった。純水ちゃんすごいなあ」
「いや、ほんとにすごいわ。俺、あいつらと水の中じゃ勝負しない」
ブイにつかまって悔しがっている祥子ちゃん。ぷかぷか浮いて、涼しそうな顔の純水ちゃん。
その二人に、砂浜から盛大な拍手が送られた。ここで初めて会う人たちばかりなのに、海の家のおじさんまで。
「わあ、みんな拍手してくれてる」
「すごかったからな」
音羽くんと私も、岸壁の上から拍手した。
すると二人は顔を見合わせて、なにか話をしている。
あれ、戻って来ないのかな?
「一回で決まるわけないでしょ! もう一回!」
拍手があったからと、目立とうと思ったんじゃないと思う。
二人の性格的には、むしろ目立ってしまったからやめようかと、相談をしたのだと思う。
それでも祥子ちゃんは、このままでは終われなかった。
そんな二人に、また砂浜から盛大な拍手と歓声が贈られた。
「大丈夫?」
「――はあ――だ、だいじょぶ――はあ」
「――あたしもだいじょ――ぶ」
二人は結局、六回も勝負をした。
結果は前半三回が純水ちゃんの勝ち。後半三回が祥子ちゃんの勝ち。スタミナでは祥子ちゃんが勝っているということみたい。
勝負はまた別の機会ということになったけれど、とりあえずすぐに動く気にはなれないみたいで、二人はそのまましばらく休憩していることになった。
「いいよいいよ。ゆっくりしてて」
「――ごめんねー。あ、ちょっと音羽」
寝転んだまま、純水ちゃんが音羽くんを呼んだ。すると近寄った音羽くんに耳を貸すように言って、なんだか内緒話をした。
なんだろう? 私に聞かせないようにってことよね?
聞き耳を立てるのもお行儀が悪いので、私は海を見て待っていた。それでも途中から、音羽くんの声だけが聞こえてくる。
彼は「そりゃ、そうするけど」とか「はあ?」とか「なに言ってんだお前」とか言っていた。
うーん、どういう会話なんだか全然想像がつかない。
――興味なんてないけど。
「しねえって!」
「期待してるよー」
最後にそういう言葉を交わして、話が終わったらしい。
すぐ隣に寝転んでいた祥子ちゃんには会話が聞こえてたみたいで、なんだか意味ありげな表情の二人に、音羽くんは「うるさいうるさい」と言った。
「どうしたの? ケンカでもした?」
「いや、そういうのじゃないから。静かにしといてやろう」
私の手を音羽くんの手がさっと握って、さっさと歩きだした。
どこかに連れて行ってくれるのかな? ただ誘導してくれてるだけかな?
音羽くんの言うように、私たちが居ると二人が気を遣って休めないかもしれないから、離れているのはいいことだと思ってついていった。
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