第二部:ふたりのきょり

第14話:海と水着と携帯電話

 終業式が終わった。つまり、夏休みになった。

 これまで夏休みというと、これといってやることのない、だらだらとした日々だった気がする。


 でも今年は違う。

 おとはのお手伝いをしているから、ほとんど毎日の予定があることになる。でもそれ以上に、人生で初めて、自分自身で友だちだと思う人が居る。


「山にも居るよねえ!?」

「え、ええ?」


 祥子ちゃんと純水ちゃんが乗るバス停までの道を、一緒に歩いていた。

 前を歩く二人はずっと何かを話していて、不意に祥子ちゃんが振り返って言った。


「居るって、なにがかな」

「くらげだよー。居るよね」

「だからそれは違うって言ってるのに」


 なんとなく想像はついたけれど、一応聞いてみると、海と山とどっちがいいかと話していたらしい。

 でも途中でくらげは嫌いだという話になって、山にも居るし逃げ場がないよね、なんてことを祥子ちゃんが言ったみたいだった。


「山に居るのはキクラゲで、キノコかな」

「えー、でもお父さんのおつまみで透明なのがあったよ。なんだか聞いたら山に居るクラゲだって言ってたもん」

「うーん――それはもしかして、酢の物じゃなかった?」


 私も小さなころに同じ勘違いをしていたので、察しがついた。やはり祥子ちゃんは「うん」と頷く。


「スーパーのお惣菜なんかで、よくあるよね。あの中にキクラゲも入ってるから、お父さんはそっちのことを答えたんじゃないかな」

「えー、そうなの? お父さんめ」

「はいはい、分かったら前を向いて歩く」


 まだぶつぶつ言っている祥子ちゃんに、私はくすくすと笑ってしまった。でもその私に注がれている視線に気付いて、ぱっとやめる。


「あら、気付かれたか」

「そんなに見られると、恥ずかしいよ?」

「いや、よく笑うようになったなと思って」


 あははと笑い飛ばす音羽くんは、私の隣を歩いている。私は自転車を押しているので、その向こうだけれど。


「そうかな」

「あれ、俺が気付いてなかっただけ?」

「ううん、そうだと思う」


 自分でも笑うことが増えたと思っていた。でもそう言われてしまうとなんだか恥ずかしくて、ちょっと否定してみたかった。




 バス停に着いて、音羽くんが祥子ちゃんに話しかけた。


「いつも、いつごろ海に行ってたんだよ。俺はそんなにクラゲなんて見ないけど」

「いつごろとか関係あんの?」

「祥子はね、いつもお盆が近くなってからだよ。なかなか宿題やらないから」


 なかなかやらないと言っても、お盆近くには終わってるなら、早いほうじゃないのかな。私は一度にやってしまうのも疲れるので、二十日くらいまでかけるけれど。


「それで終わってるならすごいじゃん。俺は最後の二、三日で全部やるタイプ」

「終わらないのよ。逆に『海に連れていかないと、宿題やらない』って脅すの」

「ひどいな……」

「今年からはしないもん。海には、あーちゃんとコトちゃんと行くし」


 私も誘ってもらえるんだ。

 黙って聞きながらほくそ笑むのもどうかと思って、表情に出さないように頑張った。でもどうしても、頬が緩んでしまう。


「そうだね。コトもすごく行きたいみたいだし」

「えっ、どうして分かるの!?」

「そりゃあ、その顔ならね」


 笑ってしまっているのは分かっていたけれど、そんなに丸分かりだったのかな。もしかすると自分で思っていた以上に、海に行きたいと物欲しそうな顔だったのかもしれない。


「いつだったらクラゲ居ないのー」

「七月中なら居ないんじゃない?」

「そっかー。じゃあみんな、予定空けといてね」

「空けとけって。祥子から連絡来るまで、七月全部空けとけってこと?」


 純水ちゃんの質問に、祥子ちゃんは笑って答えなかった。「いい加減にしてよね」と言う純水ちゃんも、それ以上責めないし、怒っている風もなかった。

 二人はいい関係だなって思う。


 私も早く、同じくらいになれたらいいな。


「みんなって、俺も?」

「あえ? 行きたくないの?」

「そうじゃないけど、女同士がいいのかと思って」


 音羽くんも行くとか行かないとか、私はなにも考えていなかった。祥子ちゃんが言うように、みんなと言ったんだから、みんな行くんだと思っていた。


「あー、じゃあ音羽は行かないんだね。残念だね、あたしたちの水着も見られたのに」

「そんな風に言われたら、行きたいって言いにくくなるだろ」

「あーちゃんと、新しい水着買いに行くのにねー」


 そうか――水着。海に行くってなったら、水着が要るんだ。私も買いに行かないと、持ってない。

 というか水着を着たら、音羽くんにも見られるのか。それは――。


 ちょっと想像しただけで、恥ずかしくて顔が熱くなった。

 どんな物を買ってもあまり変わらない気がするから、スクール水着で行こうかな。あれなら着慣れてるし。


「コトも水着だよー」

「ああ、うるさい。行くよ。でもなるべく早く連絡してくれよ。店の都合があるからな」


 ああ――やっぱりお店のことも考えないとダメかな。

 夏休みでも基本は夕方からだから、日中に遊んで夕方からお店に行けばいいと思ったんだけど。

 音羽くんがああ言っているくらいだから、調整はなんとか出来るのかな。


「んじゃ、連絡先」


 ん、なんだろう。三人ともスマホを出して、なにか操作をしてる。あれで連絡先の交換が出来るのかな?


「コトちゃんもー」

「え? うん、どうするの?」


 カバンの中から携帯を取り出すと、三人とも驚いていた。


「ガラケー……」


 祥子ちゃんの絶句がなんだか怖かった。スマホじゃないとまずかったのかな。電話もメールも出来るし、パカパカ開け閉めも出来るし──。


「あー、じゃあメルアドと電話番号教えてよ。連絡するのに問題はないし」

「うん、待ってね。表示するから」


 純水ちゃんがそう言ってくれて、あとの二人も我に返ったような感じだった。

 三人がなにかしていたのはほとんど一瞬だったのに、私の連絡先を登録してもらうのには少し時間がかかった。


 ううん、どうにかしたほうがいいのかな――。

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