第9話:五時間目の終わり、誘い

「二人がって、純水ちゃんと祥子ちゃん? 二人に思ってもらえてる、私がじゃなくて?」


 思ってもらえてると口に出すのは、とても勇気が要った。

 そういうことだと音羽くんに言ってもらえて、自分でもそうだと思いはしたけれど、言葉にすれば取り戻せない。

 もし自意識過剰だと言われたら、なにも言えない。


「織紙のことをそれだけ思えるのが、かな」

「ええ? それはやっぱり私にじゃないの──?」

「まあ、いいじゃん」


 よく分からない。

 でもなんだか音羽くんは恥ずかしそうで、それ以上は言いたくなさそうだったので、聞くのをやめた。


「なんで持ってきてくれたの?」

「え、迷惑だったかな……」

「いや、そうじゃないよ! ありがたかったよ」


 本当は持って来なくて良かったのにと、疎まれているかと思った。

 でも音羽くんは、慌ててそれを否定する。


 それなら良かったと安心する私と、それもまた気を使わせてるのかなと勘ぐる私と、心の中で同居しているのが少し苦しい。


「そうじゃなくて。織紙って、頼んだことはものすごく丁寧にやってくれるけど──なんていうか、遠慮するよね」

「気が利かないってことかな──」

「それも違くて。うーん、なんて言うのかな」


 言いたいことは、なんとなく分かっていた。

 たぶんそうじゃないと分かっていて、でもそうだったとしたら嫌だなっていう可能性をわざわざ聞いた。


 そう聞かれたら、聞かれたほうはそう受け取られたのかと考えるのも分かっていて、それでも聞かずにいられない。

 私は、こんな馬鹿な私が嫌い。


「うん、遠慮してる。私なんかがやったら、かえって迷惑じゃないかなって思うことが、たくさんある」

「──だよな。だからちょっと意外だったんだ」


 分かってもらえてた。

 そう思えたのは、いつぶりだっただろう。と思ったけれど、実際にはほんの少し前にあったばかりだった。


 展開が目まぐるしくて、あわあわとなにも考えられなくて、しっかりそうだと思えなかっただけで。


「うまく説明出来ないけど……嬉しかった、のかな」

「嬉しかった?」

「純水ちゃんも祥子ちゃんも、私がなにも言わないのにあんなことまで考えてくれてて。嬉しかった」


 それで分かるはずはないのに、音羽くんはうんうんと納得したように頷いてくれる。

 これで納得されたら私はすごく酷い人になってしまうから、早くきちんと説明したいのに、言葉がうまく出てこない。


「嬉しかった、んだけど──でもそれで音羽くんは悲しそうな顔になって、つらそうで。でもお昼くらいは食べないとって思って」

「なんか説明、飛んだ?」

「あっ、ほんとだ──ええと、なんて言えばいいんだろう」


 どうして二人があんなことを言ったのか、理由を聞いて嬉しかった。でも、その二人は苦しそうだった。

 そのうえ、音羽くんまで悲しくなるのは絶対に違う。


 それがどうしてお昼ご飯を届けようになるのか、考えてみると自分でも分からない。


「ごめんなさい、やっぱりうまく説明出来ない」

「ああ、大丈夫。なんとなく分かった」

「ほんとに?」


 気持ちって、こんなあやふやなことで伝わるの?

 音羽くんがウソを言っているとは思わないけれど、なんだそうかと素直に信じるのにも抵抗があった。


「ほんとだって。全部すっかりってわけじゃないけど、たぶん分かる」

「そうなんだ──」


 根拠のない保証だけど、逆にそれが信用出来るかもしれない。余計な飾りのない言葉が、そう思わせてくれた。


 そこで間が空いて、手の止まっていた音羽くんは残りのご飯を全部平らげた。私も急かされた気がして、慌てて食べた。


「あのさ、急で悪いんだけど。今日、俺の家に来てくれないかな」

「えっ……ぐっ……!」


 本当に急で、思いがけない誘いだった。サンドイッチが喉に詰まって、息が出来ない。

 音羽くんが飲みかけのお茶を渡してくれて、それでなんとか流しこんだ。

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