第4話:昼休み、怖い顔

 音羽くんが復帰した翌日。私はお昼休みに、祥子ちゃんと純水ちゃんから誘われた。


「コトちゃん、屋上に行こ」

「え、あ、ご飯を食べるの? 用意するね」


 二人が誘ってくれるのは、毎日というわけじゃない。

 私は家からお弁当を持ってきているのだけれど、この二人はコンビニで買った物だとか、食堂に行って食べたりとか、色々だから。

 他に誘ってくれる人は居ないので、誘われればやはり嬉しい。


「それから……」


 純水ちゃんが首をぐるっと回して、教室の後ろのほうへ視線を送った。

 気のせいかな――なんだか表情が怖い。


「音羽、あんたも来なよ。お昼、食べるんでしょ?」


 その誘いは、祥子ちゃんのそれみたいに突然だった。

 なのに音羽くんは「ん、ああ」と、驚いて曖昧な返事ではあったけれど、了解したみたいだった。


「屋上ね」

「コトちゃん行こ」


 念を押すように言った純水ちゃんと、私の腕を取って引っ張っていく祥子ちゃんの態度が、いつもと違っている気がした。

 なんだろう。そもそも今までに、男の子を誘ったことなんてなかったのに。どうして音羽くんも「急にどうしたんだ」くらい聞かないんだろう。

 私が勝手に変だなと思っているだけで、普通のことなのかな?



 この数日は雨が降っていないから、屋上はすっきり気持ち良かった。転落防止のネットが光って眩しいくらいに、日が照っていた。


「あちいね、これ」

「あっち行こう」


 二人に手を引かれるまま、給水塔の陰に行った。四階建ての屋上の風は、涼しくて心地いい。

 お昼を食べるにはすごくいい環境だと思うのに、二人は腰を下ろさない。

 どうしたんだろう。これは気のせいじゃないよね。


「ご飯──食べないの?」


 先に座って、お弁当の包みを開けても、二人は立ったままだった。


「うん、食べる。でもちょっと待って」

「音羽が来てからだよ」


 祥子ちゃんまで――。

 揃って階段室を睨みつけているのが、怖いのと同時に、どんな大事件があったんだろうと心配でたまらない。


 それほど間を空けずに扉が開いて、音羽くんが姿を見せた。純水ちゃんが「音羽、こっち」と声をかけて、彼を呼ぶ。


「一応メシは持ってきたけど、やっぱりそういう雰囲気じゃないのな」

「そうだね」


 コンビニの袋の口を一回結んで、音羽くんはそれを足元に置いた。たくさん入っているらしいおにぎりやパンが、ガサガサっと音を立てる。

 純水ちゃんはその音さえも気に入らないという風に見て、また音羽くんを睨みつけた。


「そう睨まれても、なんだか分からない。説明くらいしてもらえると助かるんだけどな」

「はあ? 本気で言ってんの?」


 純水ちゃんは怒りが先走っているみたいで、会話にならないようだった。

 そういう時に誰かが補足出来ればまだいいんだろうけれど、事情を知ってるはずの祥子ちゃんは、そういうことをするタイプじゃない。

 もちろん私は、なにがどうなっているのかも分からなくて、オロオロするばかりだった。


「いや、だから。本当に分かんないって。頼むから教えてくれよ」


 音羽くんは、純水ちゃんのそんな態度にも怒らなかった。むしろ苦笑して「冗談でした」という雰囲気にしようとしていた。

 でもそれが、純水ちゃんを激怒させた。


「あんたね――なに笑ってんの!? 自分がなにしたか分かってんの!? あたしらが知らないと思って、とぼけてんの!?」


 純水ちゃんの見解では、どうも音羽くんは、なにか良くないことをしたらしい。それが原因で、怒ったところなんて見たことのない、純水ちゃんを激怒させるほど。


 本当になにかしたんだとしたら、昨日、学校を出たあとだろう。でも祥子ちゃんも純水ちゃんもバスに乗って先に帰ったのに、それからまた会う機会なんてあったのかな……。


「いや――ううん、俺が悪いんなら謝るよ。ごめん」


 会釈程度に頭を下げて、音羽くんは謝った。わけの分からないことを言うなと、逆に怒ったっておかしくないと思うのに。


「でも本当に分かんないんだよ。お前らからしたらそれも腹立つんだろうけど、なにが悪いのか教えてくれたら、忘れてたことも謝るから。教えてくれよ」

「はあ――?」


 冷静な言葉に、純水ちゃんも少し冷めてきたみたいだった。

 なにをか祥子ちゃんに目で確認して、祥子ちゃんは頷いた。


「あたしが言うと、また怒鳴っちゃいそうだから。交代」


 疲れた声で、純水ちゃんは座り込んだ。置いていたペットボトルのお茶を開けて、ぐびぐびと飲む。


「ほんとに分かんないの?」

「うん」


 交代した祥子ちゃんはもう一度確認して、「はあ」と呆れたようなため息をついた。でももったいぶるようなことはしないで、すぐに言葉を続ける。


「あんたさ、昨日、コトちゃんを泣かせてたよね」

「あ――」


 そのことか、と思ったんだろう。音羽くんの表情が止まった。

 私にとっても意外だった。二人がどうして知っているのか。


「ああ――泣かせた。ごめん」

「やっぱりとぼけてたんじゃない! 謝ってもすまないわよ!」


 音羽くんは深く頭を下げて、ずっとそれを上げなかった。

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