第2話:授業前、没頭する私
私の席は、廊下側の一番前。彼女たちは、窓側の一番後ろ。ひとしきりの話が終わると、祥子ちゃんと純水ちゃんは、自分たちの席へ移動する。
二人に話しかけてもらうことは、本当に、決して迷惑なんかじゃない。私なんかに声をかけてくれて、ありがたいなって思う。
それでもやっぱり二人が居なくなると、ほっと息を吐いてしまう。
うまく話せたかな。
変なことを言ってなかったかな。
二人に迷惑になるようなことは、なかったかな。
そんな風に自己採点をしてしまう私は、話すことが苦手なのだ。
私の席の目の前には、出入り口の扉がある。登校して最初にこの扉を使う人は、少ない。下足室から階段を上がって、近いほうにあるのは後ろの出入り口だからだ。
もちろん教室に入ってから、出入りする人は何人だって居る。その人たちが出入り口を使うようになる前に、私は結界を張る。
読みかけの、あるいはこれから読み始める本を取り出して、その世界に没頭する。それが私の結界だ。
読む本には、こだわっていない。
純文学でも、ラノベでも、ノンフィクションでも。文字が書いてあれば、私はなんだって読んでみたい。
だから私の持参する本は、ジャンルが多岐にわたっている。漫画でもいいのだけれど、それは校則違反になるので持ってこない。
結界と言ってはみたけれど、それで話しかけるなと牽制しているつもりはない。少なくとも私自身に、その意図はない。
でも本を読んで熱中しているなと見える人に、話しかけづらいというのは私も感じる。
つまり結界というのは、自分を客観的に見るとそういう風に見えるだろうな、という意味だ。
チャイムが鳴って、没頭していた別世界から意識を戻す。
担任の
ペンケースとノートを机から出して、新しいページを開く。これはどの教科用ということもなくて、重要なことを忘れないためのメモだ。
口数が少ない私を、しっかり者と見てくれる人も居るようだけれど、それは誤解だ。
私は相当の粗忽者だと自負している。
学校へ持って来る物は、前の晩と当日の朝、二回も確認しないと忘れ物をしていることがある。明日は学校帰りに買い物をして帰ろうと思った物は、メモをしていないと必ず忘れる。
自分はそういう性質なんだと自覚して、予防策を考えることで、何とか失敗には至らずに済んでいるという始末だ。
扉の車輪がレールの上を滑らかに回る音がして、三島先生が入って来た。その後ろに、祥子ちゃんたちの言っていた通り、音羽くんが続く。
「入学式の日にいきなりだったから、顔を覚えていないという人も居ると思うけど、今日から音羽が復帰することになった。感覚的には転校生みたいなもんだろうから、自己紹介でもやっとくか?」
三島先生がおはようと言わないのは、いつものことだ。
それはいいのだけれど、今の話は私の胸に少々痛い。
男性にしては当たりの柔らかい先生なので、先生方の中では好きなほうに入る。でもやっぱりデリカシーみたいなものは、女性の先生に及ばない。
そんな偉そうに言える私ではないのだけれど、こういう場面では勝手にもそう思ってしまう。
「
その挨拶に、みんな声を出して笑った。
私はそういう雰囲気に乗り遅れることが多いのだけれど、今回はクスッと笑うことが出来た。
――気のせいかな。
瞬きをして、目を開けた瞬間に音羽くんと目が合った。
でも彼の視線はすぐに移動して、今度は教室の反対方向に向けられた。
ああ、見回していただけなのね。
音羽くんの席は、廊下側から二つ目の列の、一番後ろになった。見ると確かに、昨日まではなかった机が置かれている。気付かなかった。
でもこれは私にとって、良いことなのかもしれない。
その席は私からすればほとんど真後ろみたいなもので、授業中にその姿が見えることはない。
これがもしも位置関係が逆で、自分が怪我をさせてしまった人がずっと視界に居続けるというのは、辛かったかもしれない。
授業が分からないという素振りがあれば、私のせいだと思ってしまう。どこか痛そうにしていれば、やっぱりそう思うだろう。
それをなかったことにしたいわけではないけれど、常にその現実に晒されるのでは、気持ちが持たない。
ホームルームが終わって、小休止があって、そのまま今日の一時間目の、三島先生の授業になった。
現代文の教科書を開く段になって、やっぱりさっきのは自分勝手な言い分だなと気付いた。
音羽くんにはタイミングを見て、もう一度謝っておこう――。
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