コトノシダイ~織紙言乃の事情〜

須能 雪羽

第一部:はじめのいっぽ

第1話:早朝、教室で

 きっと私は、バカなのだ。

 控えめに言っても、頭が悪い。

 高校に入って最初の夏休みも近いというのに、友だちも居ない、これといって学校に楽しみもない。

 何の取り得もなくて、私なんかが生きていて価値はあるのかなって、割と本気で考える。


 ううん。学校の成績という意味でなら、自慢するようないい成績じゃなく、いわゆる落ちこぼれということもない。

 現代文が少し得意なくらいで、平均的な成績だと思う。


 友だちが居ないといっても、ぼっちということもない。

 クラスに数人は、一緒にお昼を食べたりする人は居る。ただその人たちのことを、私なんかが友だちと呼んでいいのかなって思う。


 それは、きっと良くない。


 友だちっていうのは、学校でも、それ以外でも、一緒に時間を過ごして楽しめる人たちのことだ。

 それが出来ない、出来ていない私は、あの人たちを友だちなんて呼んではいけないと思う。

 毎朝、私が一番に来て誰も居ない教室。私一人だけが席に着いている。これが自然な私を表した姿なんだと思う。


「おはよーう。今日も早いねえ、コトちゃん」

「おはよう、コト」


 私の名前が言乃ことのだから、コトと呼んでくれる人も何人か居る。

 通学に使っているバスの時間の都合で、いつも私の次に登校するこの二人が、一緒にお昼を食べたりする人でもある。

 向こうから声をかけてくれる二人に答えるため、私も精一杯の笑顔で「おはよう」と言った。


「コトちゃんは知ってる?」

「うん、何を?」


 祥子しょうこちゃんは、いつも突然だ。のめりこむタイプだからか、熱くなりやすいタイプだからか、お話が一足飛びになることが多い。


「さすがにそれじゃ分かんないって。あのね、今日から音羽おとわが来るらしいよ。昨日、親と一緒に挨拶に来てたんだって」

「そうなんだ……」


 祥子ちゃんと一緒に居ることの多いその子のことを、周りに気遣いが出来て、私はいつも感心させられる。

 空気が読めるっていうのかな、鈍感な私が彼女のおかげで助けられたことは、何度もあると思う。

 でも彼女はそれを言ってくれないし、私はやはり鈍感なままだから気付かない。


 いつかなにかでお返ししなくちゃとは思うけど、一度それを口に出すと「やめてやめて、恩返しとか。あたしは鶴じゃないんだからさ」と拒否されたので、どうしたものか困っている。

 ちなみにこの発言のとき祥子ちゃんが「その場合、鶴はコトちゃんじゃない?」とツッコミを入れて、お昼のジュースをおごらされたという事件もあった。


 あ――いや。その女の子の名前は、その子でも園子でもない。

 本人は気にしていないと言うけれど、親御さんとはそのことで何度かケンカになっているみたいなので、どうも紹介めいたことはやりにくい。


 彼女の名前は、純粋の純に水と書いて、純水あくあという。


 いわゆるキラキラとか何とか、あまりいい言われ方はしない感じの名付け方だ。

 その語感は可愛いと思うけれど、やはり公の場所で呼ばれると笑われてしまうことも多いみたいで、それはつらいだろうなと思う。

 私は遠慮して名字で呼ぶことを提案したのだけれど、彼女が名前で呼ぶように強く言ったので、私もそう呼ばせてもらっている。


「大丈夫?」

「何かあるようなら、あたしたちに言いなよ」

「うん。でも、ちゃんと謝ったし。大丈夫だと思う」


 二人が言っているのは、昨日まで休学していて、今日から登校してくるという音羽くんのこと。

 何かあるかもと心配されて、私が謝らなくてはならないようなことが、入学式の日にあった。

 大丈夫と自分で言いながらも、それはやはり心配ではある。


 だって私が階段から突き落としてしまった人が、七月に入ってやっと登校出来るようになったなんて、気に病むなと言われても無理な注文というものだ。

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