『血戦! 鉄底海峡!!』中

 1942年12月14日夜半、ガ島沖『鉄底海峡』。

 前衛隊旗艦、軽巡『クリーブランド』艦橋。


「敵はいるのか、いないのか……水上レーダーに反応は?」

「報告ありません」


 苛立った様子の艦長に、レーダー員が返答。

 周囲の視線が集中する。

 士官、しかも艦長が落ち着きを見せられないのは、大問題であることを、無論、彼とて理解している。しているが。何しろここは『鉄底海峡』。今まで行われた各夜戦や、小競り合いにおいて、前衛を任された艦は全艦沈没している。落ち着け、と言われてもこれが初実戦である彼にそれを求めるのは酷な話だった。


 ――第64任務群司令ウィリス・リー少将は戦訓を鑑み、部隊を二分して本作戦に挑んでいた。


 すなわち、軽巡二駆逐艦四を前衛。残りを本隊とし、自ら直卒。

 前衛に最新鋭軽巡であり、新型水上レーダーを装備する『クリーブランド』『コロンビア』を配置することで、敵艦隊を事前に発見。その後は、最新鋭戦艦三隻を有する本隊の火力で、勝利を得る布陣だ。

 昼間、敵飛行艇にこそ発見されたものの、都度進路変更をしたのが功を奏したのか、日本軍からの航空攻撃はなかった。

 ガ島沖に敵艦隊はいない、との航空偵察結果ももたらされている。

 

 しかし、リーは油断しなかった。


 今まで、油断と錯誤の結果、合衆国海軍は負け続けている。で、あるならば、敵艦隊が出現すると想定すべきだ。

 彼の判断が正しかったことを、後世の我々は知っている。少なくとも彼が前衛を配置したことは妥当であった。

 ……その努力は報われなかったが。


※※※ 


 突然、レーダー員が叫んだ。


「レーダーに反応! 敵味方不明。距離約15000」

「間違いなく敵だろう。前方の駆逐艦からの報告は?」 

「同じく、レーダーに反応。輸送船らしい」

「輸送船か……」


 クリーブランド艦長は迷った。

 普通に考えれば叩くべきだ。しかし……仮に、輸送船だった場合、砲火は敵艦隊が近くにいた場合、丸見え。

 日本海軍が、こちらのレーダーよりは劣るものの、レーダーを装備しているとの情報もある。先手を取られてしまう。そうなれば――副長が話しかけてくる。


「艦長、ここは一先ず、照明弾で目標を把握しましょう」

「……そうだな。良し。砲撃準備。弾種は照明弾だ」

「了解!」


 『クリーブランド』は急速に戦闘準備を整えていく。

 MK.16 47口径6インチ砲、三連装砲塔四基十二門が回転し、照準を開始。

 前方を進む『コロンビア』も同様だろう。


「砲撃準備完了!」

「よし、砲撃」


 艦長が命令を下そうとした――その時だった。

 眩い光が、上空で炸裂。前衛隊の各艦艇を闇の中に浮かび上がらせる。


「どうしたっ!」

「敵艦発砲! 巡洋艦らしい!!」

「畜生っ! こちらもただちに砲撃開始だっ!」


 罵声をあげながら、命令を発する。

 くそっ。こっちはレーダーを使ってたのに、先制を許すなんて。

 ……向こうの巡洋艦は何級だ? 

 5500t級の旧式軽巡なら、砲撃力で問題なく圧倒出来る。いや、きっとそうだ。奴等は今まで重巡を前衛に配置したことはない。今回もきっと。

 敵の砲弾が降り注いでくる。夜間にも関わらす、その照準は正確。船体が大きく揺さぶれられる。

 

 ――間違いない、6インチ以上の砲弾! 


「敵艦視認! 重巡二。駆逐艦数隻!!」 

「『フレッチャー』より入電。「即刻、最大速度で突撃命令を!」


 どうする。どうすればいい。敵重巡は二隻。こちらも二隻だから、対抗は可能。

 そして『フレッチャー』は『鉄底海峡』を幾度となく、行き来しながらも生き残ってきた歴戦艦。その艦が速度を上げて、突撃すべし、と言ってきている。そうすべきか。いや、近付けば、奴らの恐るべき魚雷――『青白い殺人者』の脅威がより、増す。このまま、砲撃戦で片をつけるべきだ。

 艦長の意思が固まり、再度、命令を下すべく口を開いた瞬間、轟音と共に激震が走った。床に叩きつけられ、激痛。


「な、何が……」


 頭を上げると、巨大な水柱が崩れていくのが見えた。

 ――魚雷が命中したのだ。

 艦がみるみる内に速度を落とし、傾いて行くのが分かる。

 激痛に耐えつつ、立ち上がり、叫ぶ。


「ダメージコントロール! 状況を報告しろっ!!」

「本艦、被雷2! 駆逐艦群にも損害っ!」

「『コロンビア』に敵弾集中っ!!!」


 前方を進む『コロンビア』が燃えていた。

 次々と降り注ぐ敵砲弾の嵐。このままでは。

 そこで、肝心なことに気付く。


「本隊へ緊急信を送れっ! 『敵艦隊、『鉄底海峡』にあり』」

「り、了解っ!」


 俺達はこの海で負けたかもしれない。

 しかし、情報を本隊が受け取れば必ず仇は――次の瞬間、彼の肉体は日本海軍の駆逐艦が放った5インチ砲弾の直撃を受け、飛散していた。

 彼が命じた本隊への緊急信も届かず。無数の砲弾を受けた『クリーブランド』が沈むのはこれから数時間後のことだ。

 

 前衛隊はこうして壊乱。

 

 生き残ったのは、単艦、勇猛果敢な突撃を敢行し一時的に、日本海軍前衛部隊を攪乱した駆逐艦『フレッチャー』のみ。

 しかし、この艦も被弾大破。よろめくように海峡を離脱していった。

 リーは、前衛隊が『輸送船を攻撃している』という情報だけを手に、本隊を『鉄底海峡』へ進入させることになったのだ。


 

 ――進入した闇の奥に、恐るべき鋼鉄の覇王と、解き放たれるのを今か、今かと待ってる猟犬の群れが待ち受けているのを、未だ彼は知らない。

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