『血戦! 鉄底海峡!!』上

 ニューカレドニア島、ヌーメア。

 その軍港に、ガダルカナル島を巡る危機的な戦況を覆すべく、多くの軍艦が集結しつつあった。

 『ノースカロライナ』、『サウスダゴタ』級新鋭戦艦。太平洋上から数を急速に減らしながらも、復仇を誓う重巡群。未だペンキが綺麗な新鋭軽巡。相次ぐ巡洋艦部隊の壊滅により、急遽南東戦線に投入された大型軽巡。ガ島沖に無数の躯を晒しがながらも、敵中に孤立し餓死者の発生すら懸念される海兵隊を救うべく、制海権、制空権がない中、懸命に任を果たしている水雷戦隊。

 おそらく――太平洋ではなく、大西洋であれば対抗出来る枢軸側海上戦力は存在しない、と断言出来る程の水上戦力だった。

 

 が、ここは1942年12月の南太平洋。


 昨年12月の開戦以来、ミッドウェー以外の戦場で未だ巡洋艦以上の大型艦艇をただの一隻も損耗していない大日本帝国海軍相手では、たとえこれらの水上艦艇群であっても、真正面から挑むのは自殺行為。

 昼間、ソロモン諸島周辺に踏み込めば即座に捕捉され……全滅に近い打撃を受けることになるだろう。既に、ガ島の航空基地は一部が稼働し厄介極まりないジーク(零式艦上戦闘機)と偵察機の展開が始まり、対岸のツラギには日本海軍の水上機部隊も再進出している現状では更に危険度が増している。

 何しろ――依然として強大極まりない日本海軍空母機動部隊は健在なのだ。

 

 10月26日のサンタクルーズ島沖海戦は字義通り悲劇だった。

 

 日本海軍の損害皆無に対し、米海軍の稼働正規空母は全滅。

 その結果を受け、行われた日本軍によるガ島への逆上陸は防げず、戦艦、重巡による艦砲の支援を受けた二個師団規模と思われる、敵軍の大攻勢に士気崩壊寸前だった海兵隊は対抗出来ず。ヘンダーソン飛行場は奪回されてしまった。

 再奪回したくとも、合衆国本土では『エセックス』級空母や、巡洋艦改造の『インディペンデンス』級軽空母のが進みつつあるにせよ、それらが戦力化されるのは早くても来年春以降。

 依然として真珠湾の生き残りであり日本人が『鶴龍姉妹』と呼んでいる正規空母四隻と『ヒヨウ』級二隻、そして各種軽空母三~四隻を有する日本海軍機動部隊に、対抗可能な戦力を合衆国は有していない。

 しかし……それでも。


「我々は、行かねばならん。何しろ、海兵隊の連中は我々行くのを待っているからだ。合衆国は決して海兵隊を見捨てない、ということを示さねばならん」


 米南太平方面軍司令、ウィリアム・「ブル」・ハルゼー大将は会議室で断言した。

 居並ぶ将官、佐官、各艦の艦長達の表情は様々だ。

 淡々とそれを聞く者。我が意を得たりと頷く者。未だ実戦経験がなく蒼褪める者。何度もガ島沖――余りにも多くの連合軍艦艇が沈んだ結果、『鉄底海峡』と揶揄されている――への輸送任務をこなしてきた、駆逐艦艦長達は諦念を浮かべる者が多い。

 言いたいことは分かりますがねぇ……御大将。相手は狂ってやがる日本海軍なんですぜ? 誰しも口にこそしないものの、未だ米海軍がまともに水上戦闘で勝った試しがない連中。加えて、昼夜問わず、陸上攻撃機や水上機が飛び回り、潜水艦もうじゃうじゃ。大兵力で動けば、トラック島にいる機動部隊まで出張って来る可能性だってある。そうじゃなくても、水上部隊は絶対に――静かな口調で一人の将官が尋ねた。


「作戦目的は何になるのでしょうか?」

「決まっている。ガ島の敵飛行場撃滅だ。奴等、我が軍が撤退時に残したブルドーザーを使って、飛行場を予想よりも素早く復旧しやがったが、戦艦の艦砲射撃を受けて、我々のように復旧させることは出来まい。ガ島周辺の制空権を空白に出来れば、海兵隊への補給も今より容易になる筈だ。奴等に出来たんだ。我々に出来ない道理はあるまい。戦力も用意した」


 ハルゼーが会議室から見える軍港を見やる

 そこにいるのは以下の戦力だった。


戦艦:『ノースカロライナ』『ワシントン』『サウスダゴタ』

重巡:『タスカルーサ』『インディアナポリス』『ミネアポリス』

軽巡:『フェニックス』『サバンナ』『クリーブランド』『コロンビア』

駆逐艦:八隻


 合わせて戦艦三、重巡三、軽巡四、駆逐艦八。部隊名称は第64任務群。

 駆逐艦戦力こそ、ガ島周辺の消耗で手薄なことは懸念されたが、強大な戦力だった。同時に――この部隊が撃破された場合、米太平洋艦隊に残される主力艦は旧式戦艦数隻。他は中小艦艇と、数を増やしつつ護衛空母のみとなる(と、言っても、既に二隻がガ島を巡る戦闘で沈んでいるが……)となる。

 これらの戦力は各所から相当な無理をして引き抜いた結果であり、最早、後詰はない

 ハルゼーが再度、告げる。


「飛行場。ここさえ潰せば我々はまだあの海域で逆転を狙える。ウィリス、君の考えは?」 

「仮に、敵機動部隊に到着する以前の段階で捕捉された場合ですが」

「……即時作戦中止する他あるまい。忌々しいが、奴等、サンタクルーズ沖(日本側通称『南太平沖海戦』)で深手を負っていない。その後の、輸送船団襲撃事例から見ても健在だ。海兵隊航空兵力は北東豪州の航空戦で溶けた。陸軍航空隊の連中の腕利きも同じくだ」 

「敵水上部隊が存在した場合はそれを積極的に叩いても構いませんか?」

「無論だ。むしろ、敵戦艦が出現した場合、それを沈めてもらいたい。我々は、空母だろうと戦艦だろうと、来年以降、続々と戦力に加わるが、あいつらは一隻も喪えば、替えはあるまい」

「了解しました。最善を尽くすことといたします」


 質問した将官――第64任務群司令、ウィリス・リー少将はハルゼーへ頷いた。

 この決断の結果、ガ島沖最大の夜戦と後世称されることとなる、第三次ソロモン海戦発生が確定した。してしまった。

 

 ――未だハルゼー、リーを含めた各指揮官、艦に乗り込む米海軍将兵達は、ガ島沖に「何が」待ち構えているかを知らない。 

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