『鶴龍、未だ健在なり』下

 昭和17年10月26日。ソロモンの覇者を決める日米機動部隊決戦の日である。

 前日来、互いに敵部隊を追い求め積極的な索敵を行っていたが、会敵に至らず。

 両軍共に思っていた『今日こそは』という念が通じたか――早朝から事態は動いた。

 前衛を務める日第二艦隊と本隊である第三艦隊。そして、ブーゲンビルに展開する第十一航空艦隊司令部直轄下の偵察機部隊による、濃密な索敵網(二式艦偵、水偵、百式司偵等計三十七機)に米機動部隊が捕捉されたのだ。

 

 ―—この時点で、日本側は圧倒的優位に立ったと言える。


 既に各空母艦上では、攻撃隊が発艦準備を整えており、また逐次攻撃とならぬよう発艦タイミングすら調整されていたからだ。

 第一次攻撃隊の陣容は以下の通り。


一航戦:戦十八 爆四十八 偵二

二航戦:戦二十四 爆三十六 偵二

三航戦:戦十八 戦爆二十七 偵三(※戦爆は航法に難がある為、誘導機が随伴)

四航戦:戦二十四 爆二十四 偵一

 

 合計 戦八十四 戦爆 二十七 艦爆百八 偵八。第一次攻撃隊総計二百二十七機。真珠湾攻撃第一次攻撃隊の機数を上回る、日本海軍史上最多の空母艦載機による攻撃隊である。

 本来であれば、雷撃機を含めての編成となる筈だが、第三艦隊司令は、本作戦においてそれを採用しなかった。


『第一次攻撃隊は最も敵軍からの反撃が激しい。一式艦攻への更新が完了し、新戦術の訓練も完了した雷撃隊といえど、二式艦爆よりは鈍重だ。ならば、濃厚な索敵で敵を先に発見し、まずは飛行甲板を潰す。全ての片は、直掩機がいなくなった後につける』


 無論、反対意見を多かったが、真珠湾以来勝ち続けている司令に対して、航空戦術を説いたところで、釈迦に説法であり――本海戦の第一段階において、彼の策は完全に機能した。

 第一次攻撃隊が全機発艦し、第二次攻撃隊の準備が完了、発艦が開始された段階においても、米機動部隊は、第三艦隊を発見する事が出来ず、前衛の第二艦隊へ攻撃隊を放ってしまっていたのだ(しかも、ここまでの戦闘で多数の熟練者を失っていたこの攻撃隊の大半は、機位を失い攻撃出来ず、大半が不時着水するか、行方不明になった)。

 

 後世の目からすれば、この錯誤は致命的だった。

 

 米機動部隊司令部が、自分達の過ちに気付いたのは何時だったのかは、米公式戦史ですら沈黙しているが、少なくとも状況として分かっている事は――。



※※※



『各隊へ。突撃準備ツクレ。事前の作戦通りに行くぞ!』


 第一次攻撃隊隊長、高橋赫一中佐の命令が、各機の無線機に届いた時、敵直掩機の姿は前方になかった。対空砲火は既に上がり始めているが、心なしか動揺しているように感じられる。

 敵は、戦闘機を上げていないのか? 


「隊長! 三航戦、先行する模様です」

「おう! なら、俺達も行くぞ! 一航戦と四航戦の露払いをしてやらんとな」


 空母『蒼龍』艦爆隊隊長、江草隆繁少佐はそう叫ぶと、二航戦艦爆隊の先頭を突き進む。

 開戦時に乗っていた九九式と違って、今の乗機となっている二式は、各機へ無線も通じるし、速度も武双も防弾も搭載量も、全てにおいて段違いだ。

 『飛龍』艦爆隊を率いる小林大尉が、言っていた意味が分かる。『MIの時、九九だったら今頃、靖国でしたよ』。 

 ―—結局、突撃隊形を取るまで、敵戦闘機の迎撃を受けることなく二航戦艦爆隊は、所定の位置まで辿り着いた。

 眼下に見えるは、輪形陣を構成する、敵護衛艦艇群。濃密な対空砲火を張り巡らしている。


『突撃開始』


 合図と共に――ミッドウェーでは、その鍛えぬかれた技量を発揮することなく退場を余儀なくされた『艦爆の神様』率いる、この時点において世界最強の艦爆隊が、一斉に突撃を開始した。

 目標は――以後の海戦においても、次々と沈む運命にある呪われた姉妹こと『アトランタ』級防空巡洋艦だ。



※※※

 

  

 『南太平洋海戦』と呼ばれる本海戦において、日本海軍は完勝を収めた。

 まず、第一次攻撃隊は、敵の誘導管制失敗により戦闘機の大規模迎撃を免れた結果、戦力を殆ど損なわず、攻撃開始地点へ辿り着いた。

 

 そして、圧倒的な技量を再び戦史に刻み込んだ。

 

 二航戦艦爆隊に狙われたのは、アトランタ級防空巡洋艦『アトランタ』『ジュノー』と大型軽巡『ヘレナ』だった。

 投弾後……退避する江草隊は大炎上する『アトランタ』『ジュノー』『ヘレナ』の姿を確認、撃沈確実を報告している。   

 当然、他攻撃隊も負けじと戦果を積み重ねた。

 

 ―—『艦攻の神様』こと、村田重治少佐率いる第二次攻撃隊が到着した時、既に米空母『レンジャー』の姿はなく、『エンタープライズ』英空母『ヴィクトリアス』ですら、多数の五十番により飛行甲板を貫通され炎上していたというから、実際の戦場は阿鼻叫喚だったろう。

 村田少佐率いる雷撃隊は本海戦において、以後、日本海軍の主要戦術となっていく、高速雷撃(時速400キロ以上。後年になると更に、高速化)を実行。『エンタープライズ』『ヴィクトリアス』に止めをさしている。


 ここにおいて、米海軍は撤退を開始。

 米英機動部隊は壊滅。日第三艦隊は、ミッドウェーの屈辱を幾分か濯ぐこととなった。ガ島を巡る戦いはこれ以降も継続されるが、空母を一隻たりとも喪わず、艦載機隊の被害も局限された、日本海軍優位のまま、米軍ガ島撤退へと進んでいく事となる。


 

 ―—が、明年以降、日本海軍空母機動部隊は米新型空母との対決において、血塗れの歴史を歩む。本海戦は、開戦以来の栄光の終わり。そして、苦闘の始まりを告げるものであったのだ。

 それでもなお、第二次攻撃隊を収容した第三艦隊司令部が放った無電は戦史に燦然と輝いている。



『当隊、敵空母殲滅。作戦を終了す。ソロモンにおいて、『鶴龍』未だ健在なり』

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