『鶴龍、未だ健在なり』中
1942年10月13日夜半から開始された日本海軍による、一連のガ島飛行場への夜間連続砲撃は、米陸海軍はもとより、同地にて飢餓と伝染病に悩まされながら必死に固守を続けていた米海兵隊に、字義通り一大衝撃を与えていた。
近代海軍の常識に、狭い海峡しかも真夜中に戦艦を含む水上艦艇群を突入させ、夜間砲撃を行う、などというものは何処にも書かれておらず、むしろ陸上砲撃を忌避する傾向にあった為だが……その効果は絶大だった。
・10月13日:戦艦『大和』『金剛』『榛名』及び第四戦隊を主力とする第二艦隊の一部。
・10月14日:第八艦隊(サボ島沖で小破した『青葉』を除く全力。重巡5軽巡1駆逐8)
・10月15日:第五戦隊(重巡『妙高』『羽黒』)と二水戦の一部。
・10月16日:四水戦(軽巡『由良』旗艦)。
・10月17日:第三艦隊指揮下、第七戦隊(『三隈』『鈴谷』『熊野』)及び第十戦隊の一部。
都合五日間に渡り継続された一連の夜間砲撃と、日本海軍基地航空隊による、昼間空襲の結果、ガ島飛行場は完全に沈黙。
これを受けて、本格的な奪還作戦の時期到来と考えた、日本陸海軍はトラック及びラバウルに待機していた第十七軍による揚陸作戦を立案。一挙に、米軍の追い落としを画策する。
第二、第三艦隊司令部からの強い意見具申により、取りやめとなっていた揚陸作戦が動き始めたのだ。
当然、この動きは米軍も察知することとなった。そして――同時に恐怖した。
既にガ島の第一海兵師団の士気は崩壊寸前であり、撤退するか大規模増援を送り込むしかない、と言う事は分かり切っていたからだ。
だが、開戦以来続く海戦での敗北は、米太平洋艦隊をこの時期半壊に追い込んでおり、特にソロモン海で水上艦艇部隊の主力とならなければならない巡洋艦戦力においてそれは余りにも顕著。
真珠湾において、重巡2大型軽巡1。南方作戦で重巡1。ミッドウェーで重巡1。第一次ソロモンで重巡5防空軽巡1。サボ島沖で重巡1大型軽巡1を喪失――合計、重巡10、大型軽巡2、防空軽巡1。
開戦時、米海軍が保有していた重巡20大型軽巡9隻であり、大西洋にもある程度の戦力が必要な事を考えれば、最早、これ以上の損害は許容出来なかった。
当然、喪われたのは巡洋艦だけではなく、ガ島近辺を巡る戦闘において、多数の駆逐艦、輸送艦もまた海峡――所謂『鉄底海峡』で、鋼鉄の骸を晒している。
それでも……ガ島死守が決定すると、日本海軍との戦闘には耐えきれないとされた旧式軽巡の動員すら決定しつつ、増援作戦を成功させるべく、米海軍は戦力を搔き集めた。
今や、2隻しかない正規空母『エンタープライズ』『レンジャー』。
英海軍から無理矢理借り受けた装甲空母『ヴィクトリアス』。
新鋭戦艦『サウスダゴタ』『ワシントン』。
残存重巡と大型軽巡。
防空軽巡『アトランタ』型3隻……。
正しく全力。
この時期に投入できる戦力全てを南太平洋へ投入した事は、ある意味英断だったと言えるだろう。
……が、その英断は同時に、日本海軍が待ち望んでいたものでもあった。
何しろ――。
※※※
「第十一戦隊、出港します! 続いて、三航戦もです」
トラック島泊地に停泊中の日本海軍第三艦隊旗艦空母『瑞鶴』艦橋に、見張り員の報告が響く。
既に、護衛戦隊は一足先に泊地を出、在トラックの航空隊と合同で対潜警戒に当たっている。
『―—米機動部隊、出撃の公算大』
GF司令部及び、第三艦隊司令部の無電分析班が掴んだ情報は、機動部隊所属将兵の戦意を一気に高揚させた。
ガ島攻防戦が開始されて、早二ヵ月。
当然、彼等はこの間、勝ち続けた膨大な数の敵艦艇を沈めてきたが……様々な理由が合わさり『決戦』に持ち込む事は出来なかった。
しかし、今回は違う。
米海軍は最早、退く事が出来ない状況に陥りつつある事は分かっている。
そして――二ヵ月前には未だ練成中だった、こちらの『切り札』も到着した。
今回は逃さない。必ず、米空母を全滅させてみせる。
将兵一同、その思いは極めて強い。
再び、見張り員の声。
「二航戦及び四航戦、出港します!」
二航戦『飛龍』『蒼龍』。四航戦『飛鷹』『隼鷹』。
この四空母こそ、つい先日来援した日本海軍の切り札である。
ミッドウェーでの敗北以来、内地で損傷修理及び、新型機導入と、旧一航戦の生き残りを受け入れつつ搭乗員の練成を進めた結果、その戦力は、完全に回復を果たしている。
この四空母に加え――司令官の声。
「艦長、本艦も出ようじゃないか」
「はっ! 前進微速!」
一航戦『瑞鶴』『翔鶴』も未だ健在。歴戦の三航戦『龍驤』『祥鳳』『瑞鳳』も意気軒高。
米海軍もその全力を振り絞ろうとしていたが、日本海軍空母機動部隊もまたそれは同じ。新型機へ艦載機を更新。『戦爆』及び他の新戦術も考案し。そして、稼働全空母を投入。各飛行隊の練度も真珠湾と同等か、それ以上までに向上している。
――戦争が継続する限り二度と望めないだろう状況が、現出していた。
ここに。日本海軍が、数と質で圧倒し得る最後の空母決戦―—『南太平洋海戦』が始まったのだ。
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