『鶴龍、未だ健在なり』上

 ガダルカナル島の攻防が始まり、早二ヵ月が経過した。

 戦況は、全般的に日本軍優位で推移している。

 これは以下の三海戦を、日本海軍が勝利した事に起因する。


・第一次ソロモン海戦(S17.8.8~9):言わずと知れた、第八艦隊によるガ島『殴り込み』と、その翌日に行われた第三艦隊の追撃戦である。この戦闘の完勝により、日本海軍はアドバンテージを握った。

・第二次ソロモン海戦(S17.8.23~24):第一次ソロモン海戦の結果、ガ島へ米第一海兵師団は、揚陸前の物資の大半を喪失。飛行場こそ確保したものの、連日執拗に行われた日本海軍第十一航空艦隊による空襲と、第三艦隊による海上封鎖の結果、飛行場を稼働させる事が出来ず、飢餓に苦しんだ。

 それを打開する為に、米海軍は虎の子の空母機動部隊を前進させるも、指揮官の慎重過ぎるパーソナリティから、第三艦隊との決戦を忌避。偵察爆撃隊を攻撃に向かわせるも、予期していた零戦隊により、約三十機を喪失。撤退した。

・サボ島沖海戦(S17.10.11~12):物資欠乏に苦しみつつも、ようやくガ島飛行場の一部稼働(航空機約十数機)に成功した米軍は、重巡と大型軽巡を含む有力な水上部隊護衛の下、貴重な高速輸送船を用いての、輸送作戦を立案。一挙にその拡大を目論んだ。

 しかし、事前偵察と無線傍受でそれを察知していた日本海軍は、第八艦隊を急遽派遣。サボ島沖で捕捉に成功しそれを失敗に追い込んだ。なお、この夜戦の際、第一ソロモンにおいても、敵艦発見を報じた駆逐艦『吹雪』の逆探がまたしても、敵を発見した逸話は有名である。この夜戦により、米海軍は数少ない稼働重巡をまたしても喪失。大型水上艦不足に拍車がかかることとなった。


 そして、今日――昨日の夜戦勝利を完璧なものとすべき、ガ島沖にはある艦の姿あった。


「前衛部隊より報告。『逆探、感無し』。どうやら、事前偵察の通り、敵艦隊は いないようですね。これならば。残留兵による灯火も確認出来ておりますし」

「砲術参謀。油断は禁物だ」

「……はっ」

「とはいえ……だ。わざわざ、この艦をここまで持って来たんだ。第三艦隊司令にあそこまで啖呵をきった手前、そろそろ始めるとしよう」


 その言葉を聞いた真っ暗な艦橋内が慌ただしくなっていく。

 おそらく、先を進んでいる二隻――金剛型高速戦艦『金剛』『榛名』で編成されている第三戦隊や、この艦の後方を進んでいる、第四戦隊―—高雄型重巡『愛宕』『高雄』『鳥海』『摩耶』でもそうだろう。

 本隊を護衛する二水戦も、ここからでは見えないが、前衛と直接護衛隊とに分かれ、今か、今かと、命令を待っている筈だ


「長官、本艦合戦準備完了しました」


 艦長が、長官――GF司令長官山本五十六大将へと報告する。

 夜戦艦橋内にいる全員からの視線が集中。


「撃ち方始め」


 その一言により遂に鋼鉄の覇王は今まで繋がれていた鎖から解き放たれ、戦う船としての本領を発揮すべく、主砲を咆哮させた。


 ―—この船の名は、大和型戦艦一番艦『大和』。


 以後、停戦至るまで、太平洋の各地で米海軍に恐怖を撒き散らす事となる彼女の初陣は、建造当初に予想されていた対戦艦ではなく、ガダルカナル島、という、日本海軍が戦前にまったく想定すらしていなかった島相手のものとなったのだ。 

 ……だからといってこの晩、彼女と僚艦達の成し遂げた偉大な戦果には、何ら影響しないのだが。



※※※



「この艦を――『大和』をガ島砲撃に用いるですと!?」


 その晩を遡る事、二日前。本海軍の本拠地であるトラック島に停泊している『大和』の作戦室に悲鳴が響いていた。 

 室内がざわつく。それを、何時もと変わらない微笑を浮かべたまま眺めているのは、発言者――この日、作戦の打ち合わせにやって来ていた第三艦隊司令だった。


「そんな……そんな事は出来ませんっ!」

「ほぉ」


 頬を紅潮させてGF首席参謀が、怒りの形相を浮かべ机を叩く。

 彼だけでなく、他の参謀達も皆、同様だ。唯一違うのは、山本大将のみ。

 三艦隊司令が口を開いた。


「何故かね?」

「何故……この艦は、米艦隊と雌雄を決する為に建造された、我が海軍の切り札です。その艦を、ガ島沖の海峡に突っ込ませるなど……そんな勿体ない使い方出来ますかっ!」 

「……つまり、君は戦争に勝つ気がない、と? そういう訳だな。了解した。長官、本作戦に我が三艦隊から、十一戦隊と八戦隊及び十戦隊を出す許可をいただきたい」

「なっ!? な、何を言って……」

「何を、だと? 戦争とは数だよ、君! 第一戦隊投入を、なぞというGF司令部の自慰行為でしないというのだろう? なら、手持ち戦力でやるしかないじゃないか。……と言うかだな。君等は何しに来たのだ? 作戦指導なら、春島でも十分出来る!!!! 戦力面で劣っている我々が最強戦艦を遊ばせておく余裕があると本気で思っているなら……とっとと、軍人を辞めたまえ。ああ、言っておくが、ニミッツ(米太平洋艦隊司令官)はハワイの陸上から指揮を執っているそうだぞ」

「~~~~~!!!!」


 憤怒の表情を浮かべ、掴みかかろうとする首席参謀を近くにいる参謀達が抑え込む。それを見る、三艦隊司令の表情は冷徹そのもの。

 そもそも、彼は『大和』『陸奥』のトラック進出にも反対していた。

 ……艦隊用燃料が足りないからだ。

 どうせ、使われない戦艦よりも、彼は巡洋艦や駆逐艦を進出させるべきだと、何回も意見具申をしており、またそれは前線将兵の想いそのものでもあった。


「……貴官等、この艦が何と、前線将兵達から呼ばれているか、知っているか? 『大和ホテル』だ。言っておくが、ソロモンの戦況はGF司令部が考えている程、甘くはない。ガ島の飛行場が本格稼働すれば――あそこは、我が艦艇にとって、地獄と化す。防止する為には、局地的戦力集中をするしかないのだ。それを」



「――――分かった。参謀長。僕が砲術参謀と一緒に『大和』でガ島へ行くよ」

「長官!」

「これは決定事項だ。空の心配は」 

「我が艦隊に万事お任せあれ」 



 ……後年、この場に居合わせた第二艦隊某参謀はこのような感想を回顧している。『あれは、長官と三艦隊司令の寸劇だ。最初から仕組まれていたんだ』と。 

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