ソロモンの餓狼 下
――明朝、ソロモン海。軽空母『瑞鳳』飛行甲板上。
未だ、太陽はその姿を見せていない。だが――『瑞鳳』の飛行長は飛行甲板を見やる。
そこには零戦と誘導用の二式艦偵がずらりと並んでいた。
その数、零戦十二機、二式艦偵一機の計十三機。
おそらく、第三航空戦隊の僚艦である『龍驤』『祥鳳』でも同じような光景が見られることだろう。
各艦からは、既に二式艦偵と水偵が放たれ、敵情を探り、炎上している敵巡洋艦や輸送船を捉えている。
無電情報からは、昨晩、第八艦隊が派手に敵艦隊とやりあった事が朧気ながら分かっている。しかも、その大半は、敵艦から放たれた平文での悲鳴のような救援要請だった事が解析されている。
どうやら、思った以上の戦果を挙げたようだ。
ならば、我らの大親分がこの機会を見逃す筈もない。敵空母が、周辺海域にいないのは残念だが、それは次の機会にすればいい。今回は新戦術のお披露目もあるし、傷ついた敵艦は恰好の相手――見張り員が叫んだ。
「旗艦『瑞鶴』より発光信号! 『攻撃隊、発艦始め!』」
※※※
後世、『第一次ソロモン海戦』と呼ばれる一大夜戦において、日本海軍第八艦隊は字義通り、完勝を収めた。
その夜、ガダルカナル近辺には、海兵隊の揚陸を援護する為に、連合軍巡洋艦部隊が張り付いていたが、そもそも彼等のドクトリンに夜戦などない。
結果は……惨劇であった。
先遣部隊である、第十一駆逐隊は完璧な仕事を果たし、敵艦隊を先に発見(駆逐艦「吹雪」に装備された増加試作型の逆探だと伝わる)、以後、第八艦隊は終始優位に――否、敵艦隊にほとんど反撃らしい反撃すらさせず、次々と敵艦を撃沈破していった。
そして、ほぼ敵水上部隊を撃破した、と認識した旗艦『足柄』艦上の三川中将は、躊躇なく、反転を命令。当然、目標は敵輸送船団だった。
――そして、全てが終わり、敵機動部隊からの追撃から逃れる為に、三十ノットへ増速した第八艦隊が離脱した時、残されていたのは沈みつつある重巡洋艦と駆逐艦。そして、火災に包まれている輸送船団。
この時点で、連合軍側の損害は撃沈された艦船だけで、米重巡四、豪重巡一、輸送船八隻。他多数、撃破。という膨大なものとなっていた。
片や、離脱を開始した第八艦隊の損害は――皆無。数隻の艦が小口径の砲弾を被弾した他は被害なく、当然、沈没艦もなかった。
『これこそ、米海軍がかつて被った最悪の敗北の一つである』
と、合衆国公式戦史に記述された悪夢の夜はこうして終わりを告げた。
が……戦史は更にこう続けている。
『そして、恐るべき男に率いられた日本海軍機動部隊が撒き散らす『死』の舞曲の始まりだった』と。
※※※
日本海軍第三艦隊――MI作戦以後に新編された空母機動部隊は、強力な打撃力を誇っていた。1942年8月、という時期を鑑みれば『世界最強』と言っても間違いではないかもしれない。
すなわち――
第一航空戦隊:空母『瑞鶴』(旗艦)『翔鶴』
第三航空戦隊:軽空母『龍驤』『祥鳳』『瑞鳳』
を主力とし、護衛艦艇として、高速戦艦二重巡二軽巡一駆逐艦十六を指揮下に収めていたのだ。
そして、空母の価値を決める航空戦力は艦載機数約二百四十機に達していた。
第八艦隊の夜間襲撃成功を確信した第三艦隊司令は、敵機動部隊がいない事を確認すると、容赦なく全力攻撃を命令。
『周辺海域に存在する損傷している敵艦艇の悉くを必沈せよ』
という命令文にも、彼の強い意志が見てとれる。
また、本海戦においては、これ以降、日本海軍の常用戦法となり、米海軍を悩まる事になる新戦術――戦爆の採用が行われていた。
珊瑚海、そしてミッドウェーの結果から、九九式艦爆及び九七式艦攻の旧式化は明らか。早期に、二式艦爆及び一式艦攻への機種転換を促進することは自明。
が……艦載機発艦用カタパルトの開発を怠った(※MI作戦戦訓分析の場において、艦本の担当者は発狂寸前になるまで追い詰められた)結果、これら新型機は軽空母で運用が当分出来ない。
そこで考えだされたのが、零戦に二十五番を装備させ対艦攻撃に参加させる戦爆案だった。
当初、航空本部は抵抗しようとしたが……すぐに諦めた。
彼等もまた危機感を持っていたし、その前日に行われた艦本への『要請』の凄まじさは、当事者達を戦慄させていたからだ。
旧五航戦司令部と、三航戦司令部は、珊瑚海における被害状況から独自に、零戦の活用案を模索しており、ある程度の研究データが収集されていることも幸いした。
それらが合わさり――本作戦時、第三航空戦隊は、それぞれ三機ずつの二式艦偵及び対潜警戒用の九九式艦爆以外は、全機が零戦となっていた。
なお、第一航空戦隊は従来通り、艦爆隊と艦攻隊を編成していたが、装備機は全機新型へと換装されており、攻撃力は増大している。
結果――接敵している偵察機から齎される攻撃隊の戦果報告は、勝報だった。
『重巡二、駆逐艦二に命中弾多数。撃沈確実』
『炎上中の大型輸送船五隻に命中雷数それぞれ、二乃至三。沈没しつつあり』
『敵空母、発見出来ず』
次々と戦果を報せる情報に、各艦上では歓声が挙がったという。
――結局、この日、第三艦隊は、四次に渡って空襲を実施。
戦爆隊も戦果を記録し、十二分に戦場で使用出来る事が証明され、以後、各軽空母艦載機隊の主力となり、米海軍を悩ましていくこととなる。
少なくとも言える事は、第三艦隊は第八艦隊の落ち穂拾いを完璧に成し遂げ、米海軍に『日本機動部隊、健在!』という大衝撃を与えることとなった事実。
そして、第三艦隊司令部が呟いたとされる言葉である。
『……次は空母だな』
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