ソロモンの餓狼 中
――日没間近のソロモン海。
「……どうやら、ここまでは無事に来れたか」
「はい。後は――突撃あるのみです!」
日本帝国海軍第八艦隊旗艦重巡『足柄』艦橋に、三川中将の静かな言葉が響き、首席参謀がそれを聞き、大きく頷く。
出撃前、多少の混乱こそあったものの、第八艦隊はその後、無事にラバウルを出港。
ラバウル・ブインから出撃した基地航空隊の戦果報告を、第十一航空艦隊から受け取りつつ、一旦ブインに停泊。情報を収集し、その後ガダルカナル島を目指した。
……昼間に行われた航空攻撃は、残念ながらどうやら不首尾に終わったようだ。
ブインから出撃した零戦隊と艦爆隊、そしてラバウルから出撃した陸攻隊は、数隻の敵艦艇を撃沈破する事に成功したものの、敵艦隊そのものを撃破することには失敗。また、敵機動部隊捕捉、攻撃にも失敗した。
だが、MI作戦の戦訓詳報から、6月後半に急遽第十一航空艦隊直轄として配備された、偵察機隊――陸軍の百式司令部偵察機装備。二個中隊で、一個中隊はモレスビー進出中――によって、正確な敵情は得られるようになっており、その点では不安は薄い。
どうやら、敵水上部隊に戦艦はいない模様だが、その分、敵巡の数は当初の情報よりも多い事が判明しており侮れない。また、当初の予想よりも上陸してきた敵部隊であり、陸戦隊の逆揚陸は中止された。
周辺海域に敵機動部隊いることは間違いないものの……位置が分からない。
敵水上部隊を撃破、輸送船団を攻撃し、離脱するにしても、余り踏み込み過ぎれば、一方的な航空攻撃を受けかねないのだ。
敵空母艦載機の攻撃力が恐るべきものであることは、珊瑚海、ミッドウェーで証明されており、機銃等、対空火力を出来る限り強化している第八艦隊であっても、空母を持たない以上、大損害は免れないだろう。
だが……
「首席参謀、第三艦隊は来援しているのだろうか?」
「間違いありません! 第三艦隊司令は……我が海軍内で敵空母撃滅を叫ばれておられる急先鋒のお方です。このような機会、逃される筈はありません」
「そうか、では、我等は気楽な立場だな」
「はい。我等は夜戦にて、敵艦隊と輸送船団を撃滅し、ラバウルへ凱旋すれば良いだけです! 後の事は――第三艦隊が全て片付けてくれるでしょう!」
「そうか……艦隊陣形は」
「既に発令済みです。何分、我が海軍がこれ程の数で夜戦を挑むのは……日本海海戦以来。壮挙ですな!」
「うむ」
第八艦隊司令部は、本作戦を各戦隊司令及び艦長に対して以下のように説明している。
・第一目標は敵輸送船。
・複雑な運動は避け、単縦陣での突撃とする。
・翌朝までに、敵空母の攻撃圏内から離脱する。なお、帰路においては第三艦隊及び、ブインからの航空支援を受ける予定。
この判断は概ね好意的に受け止められており、各艦の士気は高い。
戦艦がいないことが最新情報で伝えられると落胆の声が上がった程だ。
第八艦隊の戦力は、重巡六軽巡四駆逐艦十一、の計二十一隻。
これを、四部隊に分けている。
・先遣部隊:第十一駆逐隊(駆逐艦四)
・主力部隊:重巡六 軽巡二
・雷撃部隊:第三水雷戦隊(軽巡一 駆逐艦三)
・護衛部隊:第五水雷戦隊(軽巡一 駆逐艦四)
先遣部隊は、全軍にとって『目』であり『盾』である。
残る三部隊は三つ又槍の形となって進撃し、先遣部隊と水偵隊の情報を下に、砲雷撃戦を行う。
月齢から考えれば泊地突入は深夜であり、日本海軍がここまで猛訓練によって磨き続けてきた夜戦戦技が試されることとなる。
……唯一気にかかるのは、ミッドウェーの戦訓詳報に書かれていた電探の情報だ。
ミッドウェーにおいて、我が艦載機隊は敵艦隊上空で明らかに、事前に捕捉それ、敵戦闘機隊の迎撃を受けた。
それを受け、戦訓詳報をまとめあげた旧第五航空戦隊司令部(ほぼ、第三艦隊司令部へ異動)からは、以下の推察が提示され、全軍に強い(と言うにも生ぬるい)注意喚起がなされた。
・敵艦隊は既に対空捜索電探を装備している。
※この点から、陸攻隊の肉薄雷撃に対して『今後は絶対制空権下でなければ、効果は薄いと認む』との記述がされ、今回の航空攻撃では爆装が選択された。
・対水上電探についても、遠からず装備(既に装備している可能性もある)する可能性大。
・早急に我が軍も同様の兵装が整わなければ、今後、間違いなく劣勢に陥るであろう。
……異例である。
だが、ミッドウェーの敗北の衝撃は、これらの戦訓詳報を全軍に受け入れさせるに足るものだった。
結果、電探及びそれに類する装備の開発、量産の促進は進んでおり、一部では既に艦艇装備が進んでいる。
流石に、対水上電探の装備こそ間に合わなかったが、先行試作型の一部が先遣部隊に配備されている。
「電探は確かに懸念材料ですが……『吹雪』に逆探を持たせる事は出来ました。第三艦隊司令の御推察通りならば、いきなりの奇襲を受ける事は避けられる筈です。内地での実験では、探知に成功し、実用に足るとされたようですから」
「うむ……期待している」
三川中将は重々しく頷いた。
――1942年8月8日1630。第八艦隊司令部は戦闘前訓示を発した。
『帝国海軍ノ伝統タル夜戦ニオイテ必勝ヲ期シ突入セントス。各員冷静沈着ヨクソノ全力ヲツクスベシ』
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